04パイロット登録
オブシディアンドラゴンはヴィルダのスラスターから吐き出されたエネルギーの線を眺め、目を細める。
ラヴァナール異常重力帯と名付けられたこの周辺宙域から逃げ出そうとする小さな機体を、無数の宇宙怪獣が追いかけていく様子は面白い。
オブシディアンドラゴンの感覚器官には、コックピットで繰り広げられる二人のドラマがはっきりと伝わってきていた。
「やっぱり、動かないと楽しいことは起きないんだよね」
それこそが世の真理なのだと改めて思い、大きな頭を何度か揺する。
「僕も、そろそろなにかしようかなぁ」
そう呟きはするものの、生まれてからこの七千年、この宙域から出たことがないのが実情だ。
これまではずっと、『兄さん』と呼んでいた赤い結晶体で眠るイオルードや、たまにこの宙域に迷い込んでくる宇宙船や宇宙艦、あるいはその残骸に残る人々の記憶などを覗いて暇を潰していた。
そして、これからもおそらくはそうするのだろう。
「まぁ、もうちょっといいかな。兄さんが戻ってきてくれたら、また面白い話をしてくれそうだし」
その『兄さん』はオブシディアンドラゴンとの付き合いなど覚えていないのだが、そんなことは気にした様子もなく、「ふふふ」と呟いて、目を閉じた。
静かだったコックピット内がいきなり騒がしくなった。
座席周りのあちこちが点灯し、周辺にホロディスプレイが展開される。はるか昔のアニメの記憶を引っ張り出されて感動していると、唐突なGが襲いかかり背もたれに受け止められた。
「逃げるのか?」
「そう!」
「戦わないのか?」
「戦いたいけど、パイロットがいないと武装の大半が封印された状態なのよね」
「なるほど」
安全装置のようなものだろうかと思いつつ、では自分がパイロットになればいいと考えた。だがイオにパイロットの経験も知識もない。もちろん技術もないのでなにかできるとは思えなかった。
だが、イオの感覚はこのままではまずいと告げている。
ホロディスプレイに表示された計器類的な情報はほとんど理解できないのだが、各種の伸び縮みするバーの中で、ただ一つ最低値に近い状態を維持したままのものがあることに気付いた。
「ヴィルダ、これは?」
「それは、保有エネルギー残量」
「ほぼ空だな」
「テスト状態で逃げ出したから、補給が十分じゃなかったの!」
そういえばお互いの事情もまだ話し合っていないなとイオは気付く。
「マナ粒子を吸収変換すればいいから、時間をかければ貯めることもできたんだけど、イオを送り込まれたからその時間もなかったのよね」
「それは……すまなかった?」
イオとしては俺が悪いのかと思わないでもないが、いまの状況が自分のせいなのなら謝るべきなのかもしれない。
「悪いのはオブシディアンドラゴンだから! イオは気にしなくていいんだけど! さすがにこの状況はなんとかしないとまずいわけで……」
「質問なんだが……マナ粒子っていうのは、これか?」
ふとした疑問でイオは掌から魔力を発生させてみせた。
センサーが感知した情報にヴィルダは驚いた。
「なにその高濃度のエネルギー!」
「魔力だが?」
「なんで人間がそんなエネルギーを発散してるの? 怖っ!」
「ひどい言われようだが、必要なんだろ?」
「必要! 原理はわからないけど、出せるなら流し込んで!」
「どうやって?」
「んん……とりあえず、操縦桿に手を置いて流してみて」
「こうか?」
操縦桿というのは肘掛けの先にある逆関節の手のようなもののことだろう。
そこに乗せて魔力を流し込んでみる。
「うわ、うわわ!」
見る間に、先ほどまで消えるかどうかギリギリの状態だった保有エネルギー残量が瞬く間に一杯になった。
「これで逃げられるな」
「いや、もう止めて! 止めてぇぇぇっ!」
ヴィルダの悲鳴がコックピットに響き、イオは操縦桿から手を離す。
「フレームが焼き切れるかと思った! やめて! 百%の先なんてないんだからやめてよね!」
「おっと、悪かった」
魔力を放出させる感覚さえも初めてのような気分になっていたので、思わず試してしまっていた。
エネルギータンクが破裂なんてすれば大事故だ。
せっかく生き延びたのに、また死ぬところだったと反省する。
「一万年が事実かどうかはともかく、かなり長い間寝ていたのだろうな。どうもなにもかもに違和感がある」
「ううん、のんびりね! いまけっこうピンチなんだけど?」
「エネルギーも満ちたし、スピードを上げればいいのでは?」
「パイロットがいないから機能制限がかかっているの!」
「武器だけじゃないのか」
「そうよ! エネルギーが満タンで機能制限がなかったら、こんな危険地帯に逃げ込まないで余裕でぶっちぎってたわよ!」
「乗っているだけでいいなら、俺をパイロットにするか?」
「え?」
「わかっていると思うが操縦経験もなにもないが、いるだけでいいなら俺でもいいだろう?」
機体に搭載された機械知性だけでこれだけ飛べているのだから、パイロットなんて添え物で構わないのではないかと考えての発言だ。
実際にはそうではないのだが、この時点のイオにそんなことがわかるはずもない。
「そんな……まだ私たち、出会って間もないのに」
「いきなりめんどくさいこと言い出したな」
「なっ! めんどくさくないし!」
「非常事態に思春期の男女みたいなこと言い出したら、そんな感想にもなるだろう」
「イオは私のことを知らないからそんなことを言うのよ!」
「知らないのはお互い様だ」
「それなら教えてあげるわよ! 私はね……」
そんな余裕があるのかとイオは思ったが、ヴィルダは話すのをやめなかった。
とある国の王子の専用機になるために機体のフレームから装備、機械知性、全てを一から作り出したと言うのに、ぽっと出のライバル社の戦闘機にその地位を奪い取られた。
奪い取られた理由は明確だ。
あれこれ嘘の理由を積み重ねていたけど、真実はたった一点のみ。
一度だけ、王子はポツリとそれを漏らしたのだから。
「『さすがに人型への変形はなかったな。ガキの妄想だ』よ! それで私は捨てられたのよ!」
「人型? 人型に変形するのか?」
「そうよ!」
「そうか」
「たしかにね! 『人型に変形する意味は?』って聞かれたら『ないですけど?』って答えるしかないわよ。でも、あいつがそうして欲しいって言ったんじゃない! なら責任取りなさいよね!」
「いいじゃないか」
「……ほら、あんただって私のこと……え?」
「いいじゃないか、人型。人型変形ロボなんてロマンの塊だろう」
それを恥ずかしがるなんて、件の王子というのは成長してないんだな。
イオがそう言うと、さきほどまでうるさかったヴィルダが沈黙した。
「俺もな、向こうで使っていた兵団のためにゴーレムを色々改造したからな。わかる。機能性とロマンの兼ね合わせというのはなかなか難しいんだ。装甲の被弾面積を考えれば戦車形状にするのがベストだっていうことはわかっているんだが、それだけだと面白くない。同時に人型である意味っていうのも考えたりな……」
「人型のこと、嫌いじゃないの?」
「嫌いじゃないが? むしろ最高だろう」
「最高……」
「しかし人型になる理由か。人型になるなら格闘戦だな。この操縦席の使い方もよくわからないが……手があるなら俺と意識をリンクしてそこから魔法でも撃つか?」
できるのか?
という疑問は脳内にある魔導知識から答えを導き出す。人が乗るタイプのゴーレムも作ったことはあるので、その応用としてできるのではないか?
現在の技術のことはわからないが、コックピットから魔力によるエネルギー補充ができるのなら、多少の細工をすればそういうことも可能かもしれない。
「する」
「うん?」
そんなことを考えていると、ヴィルダが口を開いた。
実際にはどこかにあるスピーカーから音が届けられただけで、本当に口を動かしているわけではない。
ではないが、その時のヴィルダは喋るということを無理に意識しなくては実行できないほどに緊張していた。
もしかして、また、拒否されたら……イオの言葉を聞いても、そんなもしかたらの恐怖を覚えていた。
機械知性とて、恐怖するのだ。
それでも……とヴィルダは叫んだ。
「受け入れする! イオ、私のパイロットになって!」
「……了解した。それなら俺たちはいまからコンビだな。よろしく相棒」
イオの口から自然とその言葉が出た。
一方のイオも、当たり前のように出てきた言葉の後で、手が震えているのを感じていた。
異世界に召喚されて、戦い方が軌道に乗ってからはずっと一人で戦ってきた。
いまさら、誰かに自分の背中を任せるような気にはならない……そう思っていたはずだが、なにもかもが勝手の違う世界に来てしまえばそうも言っていられない。
かといって、誰かを頼りにするとしてもその場限りのものだ。
最初にパイロット登録を申し込んだときは、そういう気分だった。
だが、ヴィルダの話を聞き、そして人型に変形すると聞いて……同情と共感、そして少年心の三つが共鳴してその言葉が生み出され、吐き出された。
「相棒か」
自分の言葉を繰り返す。
それは、あの世界でイオがずっと欲しかったものだ。
「相棒」
ヴィルダも呟く。
それは、もう二度と手に入らない存在だと思っていたものだ。
「「いい言葉だ(よね)」」
二人は同時にそう言い、パイロット登録は完了した。




