35夜と謎物質
就寝時間となった。
とはいえ、夜だから寝るというわけではない。
戦艦には生活管理のシフトが存在し、全員の活動が管理されている。
客分のイオたちはリリスミアの生活リズムと同じになるように調整されていた。
軍人ならば厳守しなければならないが、戦艦の中で明確な役割があるわけではないイオは無視していい。だが、睡眠が必要ないヴィルダやママスカヤはともかく、リリスミアやセンダナルと生活リズムがずれていくのはよろしくないと守っていた。
夜更かししてまで熱中しているものもなかったのも原因だっただろう。
ただ、寝る前にドアを入念にロックすることだけは怠らなかった。
「ぐふふふふふ……」
抜き足差し足忍び足。
フォクサは人気のない通路を進んでいく。
向かう先にはイオの部屋がある。
戦艦の乗員スペースにはかなり余裕があり、イオの客室はあえて他よりも離れたところに設定した。
多少は怪しんでいたようだが、皇女で女性なリリスミアと隣り合わせとなどあり得ないと言えば納得した。部屋の配置にそのものんは興味がなく、顔見知りと引き離されたことに疑問を抱かれたのかもしれない。
センダナルはドックに収納した工房艦グランダラから動く気はないと断っている。
リリスミアもセンダナルもどうでもいい。
いまは、イオだ。
「やっと、この時間に動けるようになったわ」
イオとの訓練の後はだいたい医療ポッドで六時間睡眠コースだったので、いままで睡眠中の彼の部屋に近づくことができなかった。
だが!
だがついに今日は、医療ポッドの世話になる必要がなかった。
星守のNo.はランキング制となっており、ちょくちょく変動する。
フォクサは二百人いる星守の中でまさしく上位陣であり、ここまで圧倒的な敗北となると一桁代の連中に挑戦した時に経験して以来だ。
そんなイオとの訓練を毎日行い、そしてついに今日、訓練後も動けていた。
「うふふふふふ」
なにかを企んでいるなら訓練をしなければいいと言う説もあるが、フォクサにその選択肢はなかった。
強くなることに貪欲なのは、星守として当然だと思っている。
強者と訓練できる機会を見逃すことはできない。
だが、それはそれとして……。
「今夜こそ、想いを遂げさせて貰うで」
そう。これは恋であった。
バーンズ星系のコロニーでのあの一騎打ち。
装備に状況、全てがフォクサに有利であったはずなのに、その場に現れたわずかな時間で状況をひっくり返した。
その圧倒的な強者感。
思い出すのは内臓を掻き回す衝撃だ。
フォクサが勝者の側であったなら、きっと真っ二つになった胴体は即座にミンチの状態になっていたはずだ。
だが、イオは結晶刃に込められた破壊力を操作し、フォクサがそうならないように調整してみせた。
その精密な技術力。
そして、星守のようで星守ではない謎。
全てがフォクサの心を掴んで離さない。
「うふふふ〜子種を頂戴〜〜や♪」
鼻歌混じりにイオの部屋に到着し、ドアを開ける。
この戦艦はフォクサの専用艦だ。
全てのロックはフォクサの生体認証の前では無意味となる……はずだった。
「? うん? どういうことや?」
だが、ドアは沈黙したままだった。
「サンジョウ! どういうことや⁉︎」
「こちら制御でのロックは解除されていますが、正体不明の方法でドアの動きが止められています」
「なんやて」
戦艦を管理する機械知性に質問するとそういう答えが返ってきた。
「なんとかならんか?」
「なりません。物理的にはなんら障害になるものは存在していません。正体不明です」
「んんんんん〜〜っ!」
サンジョウの返答に、フォクサはその場で地団駄を踏み、それから顔を上げた。
「素敵やん!」
目をキラキラと輝かせていた。
「ここまで謎多き男って、ほんまそそるわ! これはなんとしてでも……」
こうなったら実力行使でドアを破壊してでも……。
「マスター」
「なんや」
「何者かがシステムに潜入……」
と、サンジョウの言葉をそこまで聞いたところで、すぐそこになにかが接近していることに気が付いた。
見えたのは、アンドロイドの証である額に輝くマキナクリスタル。
怒りに染まったヴィルダの表情。
「イオに手を出すな!」
「セボンッ!」
脇腹に掌底を食らったフォクサは肋骨を数本骨折し、そのまま医療ポッドに運び込まれることとなった。
なにやら睡眠中に部屋の外でなにかあったようだが、イオは知らないふりをした。
リリスミアとの朝食を済ませると工房艦グランダラに向かう。
護衛を遠ざけることのできないリリスミアは寂しそうに遠慮する。
「おはよう」
「やぁおはよう!」
センダナルのハイテンションな返事は徹夜していたことを意味している。
「あと十分です」
とママスカヤが笑顔で耳打ちした。
センダナルの前には、直径にしておよそ5mほどの紫色の結晶体がある。
以前に戦ったアクマを倒したときに手を入れた物だ。
王子と一騎打ちをした後、星守でもあるリリスミアの姉カリスティアは、この謎物質を手に入れたかどうかの確認と、もし手に入れているのならと、回収しようとしたのだ。
帝国に嘘を吐く事もできないので手に入れたことは告げたが、取り上げられることにはセンダナルが拒否を示し、イオも他者の戦利品を奪う行為に嫌悪感を示した。
ヴィルダとママスカヤが即席弁護士となって法律面での援護攻撃をし、リリスミアもこちら側に回ったことでカリスティアは諦めることになった。
そして、帝国が独占を狙っている物質であることが証明され、センダナルの好奇心が大爆発し、あれからずっと調査を続けている。
「なにかわかったか?」
「うん、なにもわからない」
もしもそこに表情があれば、満面の笑みが浮かんでいただろうことは疑いない声色だった。
ただし目の下はクマで真っ黒になっていたことだろう。
「あらゆる検査方法を使ったがなにもわからない。なんらかのエネルギーを発生させる物質ではないかと思っているのだがね。もしかしたら星守の結晶刃や星殻装攻に使われているのだとしたら、あの圧倒的出力の理由もわかるのだけど……」
もう何度目かわからない説明をセンダナルが繰り返す。
「もうここで調べられることは調べ尽くしてしまったよ。後は……」
と、そこまで言ったところで、突然に電池が切れたように箱なセンダナルの体が動かなくなった。
「矯正休息モードに移行しました。最低六時間は目覚めません」
「もっと寝かせろ」
「はい。このまま十時間は寝かせるつもりです。では、これで」
「お疲れ」
ママスカヤがセンダナルの箱ボディを抱えて去っていく。
「で、どうなんだ?」
と、イオは隣で黙っていたヴィルダに聞く。
「うん、本当になにもわからないよ」
「そうか」
「各種センサーでの検査、熱、衝撃、光などで外部に影響を与えてみても反応なし。とてつもない硬度だから、研磨とかするのもかなり大変」
「なるほどな」
ヴィルダの報告を聞きながら、イオはノックをするように叩いてみた。
岩を叩いたような感触がある。
それでなにかがわかると思っていたわけではない。
ただ、その後、イオはなにかを思い出したように手を乗せて意識を集中させた。
「イオ?」
「魔法からのアプローチはまだだったな」
センダナルが離さなかったので、イオが個人的に調査をすることはこれまでなかった。
「なにかあるの?」
「とはいえ、俺はゴーレムの素材をたしかめるためにしか使ってなかったからなぁ」
その素材・加工された合金が持つ特性などを調べるために使っていた。
魔法によって再現された熱気、冷気、電撃、衝撃、斬撃、貫通などへの耐性を調べたりするために使っていたが、ここではほぼ意味のない行為だ。
なにしろ、この世界で魔法を使えるのはイオだけだからだ。
だが、地に足の着いた場所での戦いならばともかく、宇宙規模の距離感ではイオの射程距離で役に立つ場面はあまりにも少ない。
これをすることにも意味はないと思いつつ、しかし他にやることもないのでいまやってみた。
なにか起こったとしても、ヴィルダが側にいるのだからセンダナルへの報告も正確に行えるだろうという考えも、イオにはあった。
あまり期待せずに使ってみると、反応があった。
「おや?」
「うわっ」
謎物質が光った。




