25判明から逃走
どうしてミーシャが偽物だと断じられてしまったのか。
ミーシャが本物のリリスミア・ファーラ・ダグワーレン第五皇女であるということを前提として、判別機が偽物であるという結果が出てしまった理由はわからないが、どうして偽物と言われてしまったのかははっきりとした。
イオとヴィルダが仲直りをして一時間もしない内に、リリスミア皇女を名乗る者による檄文動画が帝国全土に送りつけられたからだ。
支社長からの通信でそのことを知ったイオたちはさっそくその動画を確認した。
そこには皇女の身分を表すのだろう儀礼的な正装をしたミーシャそっくりの少女が立ち、なにやら喋っている。
喋っている内容そのものは、イオからすれば陳腐なものだった。
攻める理由を求めて適当にこねくり回されただけであって、これから自分たちのやることは正しいことなのですよと言いたいだけなのは明らかだ。
かつてのイオルード将軍が忠誠を誓っていた国でも使っていたし、使われてもした。そんな内容だ。
「故に、私は心ある星系国家の王と共に立ち上がり、帝国に対して独立を宣言するのです」
要は、それが言いたいだけなのだ。
「反乱かぁ」
センダナルはうんざりとした口調でそう言った。
「あまり驚いていないな」
「そりゃあね。帝国は広大だからね。現在進行形で反乱をしている国もいくつかあったりするよ」
「そんなにか」
「だいたいは、安全圏航路や領域ゲートで隣り合った星系国家同士のやり合いを帝国が仲裁するのがほとんどだけど、中には帝国そのものに喧嘩を売っているところもあるね」
「それでは、今回のは?」
「その中でも大掛かりな反乱といえるだろうね。七つの星系国家が皇族を巻き込んで起こしたんだから」
「それなら……」
と、イオは視線をそちらに向けた。
「うむ」
箱なセンダナルの視線は外からではわからないが、頷いたところからそちらを見ていることはたしかのようだ。
「あれはどうしたらいいと思う?」
ホロモニターに映るリリスミア皇女(?)に向けてイスを投げつけようとするミーシャと、それを止めるヴィルダとママスカヤという光景がそこにはある。
「……わからないねぇ」
「私の方が本物ですから!」
「ああ、いや、そちらに関しては我々にはどうしようもできないよ」
「なんで、どうして判別機は……」
「まぁ、生体認証のデータを書き換えられた。こちらの都合で考えるなら、そういうことだろうね」
「なら、偽物はクローンなのか?」
「そうだろね」
「あるのか、クローン」
「そりゃあね。遺伝子の模倣と再現ぐらいできないと、こんな広大な宇宙空間ではやっていけないよ」
「それなら、クローンかどうかを見分ける方法は?」
「それはねぇ、難しいよ。一応、帝国法ではクローン技術の使用は臓器提供などの医療行為のため一部分再生しか認められていないんだけどね。闇ではやっているらしいけど」
「方法はなしか。それなら、記憶は?」
「記憶の保存と再生はできないよ」
「それなら、本人かどうかは、そこで判断できるな」
「あります! 記憶あります!」
イオの言葉に縋り付くように、ミーシャは叫ぶ。
「幼い頃のことも、父上や母様、姉様や兄様たちのことだって覚えています!」
「それなら、ミーシャが本物だな」
「はい!」
イオに言われて、ミーシャは涙を浮かべて喜んだ。
「問題は、それをどうやって上の人たちに認めさせるかだね。あちらさんは皇帝一族の生体認証に手を出せる可能性がある」
「あのね」
と、ここでヴィルダが手を挙げた。
「データバンクそのものを弄るよりも、ミーシャに使われた判別機のデータに手を付ける方が簡単じゃない?」
その意見にセンダナルが頷く。
「もちろん、その方が確実だ。しかしとなると、星守の船に、しかもこのコロニーにやってくる星守の船に内通者が居合わせたことになる。そんな偶然があり得るとでも?」
「ううん……データバンクに侵入するよりは可能性がありそうだけど……でもそんなに高くもないからなぁ」
「すいません。ここは原因の究明よりも、まずは安全の確保を優先すべきと思います」
今度はママスカヤが意見する。
「そうだね。支社長殿が我らを庇うのも限度がある。ここはさっさと逃げるとしよう」
「そういえば、星守とかいうのと喧嘩をしたことになるが、問題ないのか?」
「このコロニーはアクセンブル社の所有だからね。まぁ、我が社の領土のようなものだ。ここまでなら弁護士団がうまくやってくれるだろうが、この放送の後ではどうなるかわからないからね。いまは逃げるとしよう」
思考から行動へとターンが移る。
しかし、この場の包囲を止めてはいるが、星守専用艦から派遣された兵士たちはコロニーの各所でイオたちの行動を見張っている。
工房から出ていくことさえも容易ではないように見えるが……。
センダナルとママスカヤ、そしてミーシャはすんなりと工房艦グランダラに到着していた。
アクセンブル社の所有コロニーであるだけ、上層部しか知らない秘密の通路というものが存在する。
特にセンダナルは創業者一族であり社内での地位もある。
そういうものを使う資格は所有していた。
次の問題は、工房に置かれた戦闘機の方のヴィルダだ。
「さて、やるか。ヴィルダ」
「うん、みんなを驚かせてやろう」
こちらは力尽くということになる。
戦闘機に乗り込んだ二人はシャッターを開けるとコロニー内部に飛び出した。
コロニーの天井部分にはメンテナンス用の外部へ通じる通路がある。
管理システムに侵入したヴィルダは飛び出すと同時に天井部分のハッチを開いて機体を滑り込ませると、後は順次にハッチを開き、一度も速度を緩めることなく宇宙空間に飛び出すことができた。
タイミングを合わせて工房艦グランダラも出港する。
しかし、合流する前に問題が起きた。
星守専用艦が砲撃してきたのだ。
「逃亡犯を捕まえるつもりか?」
イオはそう考えた。
偽物の皇女を連れた一団が逃げ出したのだ、それを捕まえようと攻撃を開始するのはおかしな行動とは思えない。
「いや、でもちょっと変だよ」
しかしヴィルダは戸惑っていた。
続く砲撃を回避しながら、イオはヴィルダの話を聞く。
「軍用チャンネルから向こうの通信を拾ってるんだけど、艦橋周辺で混乱が起きてる。この攻撃は総意じゃなくて、誰かの独断みたい」
「星守か?」
「あの人はまだ治療中。艦橋に誰も入れなくなってるみたい」
「なにが起きてるんだ?」
戦艦からの攻撃が意思決定のしっかりしたものであるなら、イオは反撃することに躊躇はなかった。
だが、一部の独断専行で混乱しているというと事情が違ってくる。
「それは、さっきの可能性のせいじゃないか?」
「さっきの?」
「判別機の方を弄ったっていうのだ」
「でも、あれは……あっ、そうか」
「俺たちを追跡していた奴が、コロニーで戦艦のクルーに紛れ込んだ」
「でも、そんなことをできる奴が?」
「魔法が使えればそう難しい問題じゃないが」
姿を変える魔法は、幻を重ねる程度から、周囲の認識に影響を与えるもの、肉体そのものを変化させるものといくらか思いつく。
だが、こちらに魔法はない。
しかし、イオはこちらでもできるのではないかと思っている。
ファンタジーからSF世界に紛れ込んだような気分のイオだが、ファンタジーにできることはSFでもできると信じている。
ただ、現象に至るまでの過程に違いがあるだけだ。
「ううん。データバンクを使えれば該当するものを見つけられそうだけど」
「ともあれ、いまの方針だ」
すぐ側を巨大な光条が駆け抜けていく。
主砲から放たれる一撃は、機体そのものを飲み込みそうな太さをしている。掠っただけでもシールドのエネルギーがかなり削られる。すぐに補給できているとはいえ、直撃を受ければどうなるかわからない。
試してみたいものでもない。
「このまま逃げるか、それとも中に入って内通者を捕まえる協力をするか」
内通者を捕まえて、改めてミーシャに判別機を使えば、本物という判定が出るかもしれない。
「ああ、でも、そんな暇はないかも?」
「どうした?」
「星守が治療ポッドから出てきた。あ〜あ、まだ怪我も治ってないのに」
「大丈夫なのか?」
「怪我は知らないけど、なんとかするでしょうね」
星守だからと、ヴィルダさえもそう言いきる。
その信頼感はかなり高いのだなと思っている内に、戦艦からの攻撃が止んだ。
こうなると戦艦に反撃を加えたり中に乗り込んで内通者を捕まえるのもおかしいということになる。
イオたちは工房艦グランダラと合流し、この場から脱出した。




