21バーンズ星系支社とライセンス
バーンズ星系国家には居住可能惑星はなく、居住エリアは全てコロニーである。
首都コロニーは惑星型要塞であり、その周辺に衛星のように幾つもの筒型コロニーが従っている。
その従っているコロニー郡の一つがアセンブル・バーンズ星系支社だった。
工房艦グランダラが入港申請を行えば、即座に許可が降り、コロニーの港湾部分に吸い込まれていく。
船を降りれば、瞬く間に出迎えの車が到着し、センダナルとイオ、ミーシャがそれに乗った。
ヴィルダは戦闘機なので外に出ることはできないし、ママスカヤは工房艦のメンテナンスや物資補充などを監督をする。
車はコロニー内にある支社ビルに入っていった。
「ようこそセンダナル特殊開発部長」
バーン星系支社長は五十代ほどの痩身の人物だった。
「よろしく支社長、お世話になるよ」
「いえいえ、いくらでもご滞在ください。ご用命の工房もすでに一つ開けております」
「たすかるよ。それと……」
「はい……」
会議室のような場所に通されての面会だったのだが、センダナルがテーブルにあるソケットにマニピュレーターの一つを差し込むと、支社長のかけていたメガネがなにかの反応を示した。
イオやミーシャからではそれがなにかはわからないが、受け取ったデータをメガネレンズをモニターにして確認しているようだ。
「そちらの件もお任せください。バーンズ星系内にいる限りは、警備艦隊はいつでも」
「うん、よろしく。忙しいだろうから、これぐらいでいいね」
「かしこまりました」
支社長との会見はそれで終わり、イオたちは再び車に乗せられ移動する。
「ここは工場か?」
「いやいや、ここは工房がいいところだよ」
「そう……か?」
イオには使用用途のわからないさまざまな機械が置かれており、工場にしか見えない。
「それで、ここでなにをするんだ?」
「まぁ色々とだよ。イオ君の登録とかパイロット試験とか、ヴィルダを君の操縦に最適化するための色々とか。私はしばらくここにいるし、ヴィルダとママスカヤもその内ここに来る。君たちは超光速通信施設でまた連絡をしてきてはどうかね?」
ミーシャの現在位置を逐一報告する意味でも、超光速通信施設がある場所では連絡を送っておいた方がいいとセンダナルが言うので、従うことになった。
イオが護衛としてついていく。
今回は施設を出ても誰かに襲撃されたり、D事故が発生してアクマが出現したりすることはなかった。
問題なく通信は終わり、工房に戻って来た時にはヴィルダの姿があり、ママスカヤもいた。
「これが君の社員証だ」
と、渡された。
「生体認証系は私の船で健康診断をした時に取らせてもらっていたからね、それを使用した。そのカードをなくしても生体認証で確認はできるけど、あった方が簡単だから、無くさないようにね」
「わかった」
後でアイテムボックスの中に入れておこうと決め、いまはポケットに放り込む。
それからセンダナルの考える新装備の構想を聞いてイオが助言したり、パイロットライセンス試験に挑戦したりで数日が過ぎた。
パイロットライセンス試験には筆記試験、シミュレーター試験、それから実機試験の三つがあった。
シミュレーターだけでは、やはり現実での操作に誤差が生じたりするためという理由である。そのため、実機試験の段階に至ればほぼ合格したようなものだった。
「筆記試験80点、シミュレーター試験150点ね。叩き込み教育としては十分以上の成績だね」
「傭兵ギルドに入れば高ランク傭兵になるのもすぐかと」
「あっちは実力主義だからね。でも、こっちだってそれは変わらないよ」
「それで……」
と、皆がミーシャを見る。
「筆記試験100点、シミュレーター試験73点」
ミーシャも同じ勉強をしていたので試験を受けた。筆記試験は満点だったのだが、シミュレーター試験で惜しくも不合格となってしまった。
どちらも合格点は80点だ。
ちなみにシミュレーター試験は100点で満点判定だが、それ以上の点を取ることが可能となっている。
そのため、イオは150点を獲得できた。
「つ、次は合格してみます!」
シミュレーター試験まではネットワーク上で可能なのでどこでも受けることができるが、一度不合格になると再試験までは最低でも一週間は空けなければならないというルールがある。
順調に進めば、ミーシャは迎えが来ているはずなので、試験を受けることはできないだろうと、皆は考えていた。
ミーシャが本気で悔しがっていたので口にはしなかったが。
「さて、後は実機試験か百時間フライトだよね?」
「ああ」
気を取り直したセンダナルの言葉にイオは頷く。
「むむむうぅ……イオが他の戦闘機に浮気してる。でも……ここは我慢んんんん……」
「いつの間にか戦闘機の性別が決定しているが?」
「まぁ、船を女性扱いする文化も存在するしね」
ヴィルダの苦悩も聞こえない振りをすることになった。
実機試験は実際の仕様のコックピットが搭載された戦闘機に連続搭乗時間で百時間を達成することで終了となる。
休みなしなら、およそ四日と少し乗り続ければいい計算だ。
長距離航行をすればすぐの話だが、本来の戦闘機にはそんな機能はない。
手っ取り早く訓練時間を稼ぐため、強化訓練に参加することになった。
強化訓練は近くにある小惑星帯に赴き、そこで十日間訓練を行う。
それでも一日十時間は戦闘機の乗り続けるというハードスケジュールだ。
しかしイオの心配は、自分よりもミーシャの安全だった。
十日も離れて大丈夫なのかと思ったが、センダナルは安全だと太鼓判を押す。ここは星系軍の守備が厚い首都コロニーの側であり、支社の警備艦隊もいる。
D事故への対策も十分にされているため、問題ないだろうということになった。
ミーシャも「自分のことを優先してください」というので、参加することになった。
強化訓練のための戦艦に乗り込み、担当教官に挨拶する。
「お前が新人か!」
「よろしくお願いします」
軍隊の雰囲気はどこも同じだなと思いつつ、イオは直立姿勢で応じた。
「俺が戦闘機教官のロベルト・アンダだ。特別枠の採用のようだが、技術に貴賎の差はないぞ!」
「はい!」
教官の念押しにおとなしく従う。
実機での練習が始まった。
普通の戦闘機は、イオの元の世界にあった戦闘機に比べれば計器の類はかなり少ない。そういうものは人工知能……陽電子頭脳より下、機械知性に至っていない演算装置によって管理され、パイロットがいま必要な情報だけを計器用モニターに表示するようになっている。
窮屈なコックピットの股の間に操縦桿が一つあり、脱出などの生命を保護するための機能は物理的なスイッチでまとめられて配置されている。
兵装交換などは搭乗者の癖によって音声やホロモニターでの操作、思考操作など操作方法が選べる。
この辺りはシミュレーターで散々にやって来たので、イオは迷うことなく思考操作を選んだ。
コロニー外の小惑星帯に専用の戦艦で運ばれ、そこで障害物を潜り抜ける訓練や、ドッグファイト、戦艦を相手にした模擬戦などを行っていく。
「……イオ社員? お前は初心者だと聞いていたが?」
一日目を終えて戦闘機を降りると、ロベルト教官が不思議そうな顔をして質問してきた。
「はい、通常の戦闘機の経験はありません」
ヴィルダは特殊枠なので、この質問には該当しない。
自身の経緯がどの程度教官に流れているのかイオにはわからないので、そう答えておくしかない。
「そうか。まぁ、素人ではなさそうだが……まぁ、よろしくな。頼むから変な揉め事を起こすな。ここは正規の軍ではないが、下手なことをしたら星系軍に睨まれる前に、上の危ない連中が出て来たりするからな」
「わかりました」
上の危ない連中というのがどういうものかわからないが、綱紀粛正のための特別な部隊のようなものがあったりするのかもしれないと受け取っておくことにする。
そして、教官のこの反応はすでにイオの実力を認め、教えることがないと言っているも同然だった。
それからひたすらに戦闘機に乗る日々を繰り返し、イオはパイロットライセンスを手に入れた。




