18謎物質と謎癒し
アクマとの戦闘が終わり、工房艦グランダラに帰還する。
……前にあるものを発見した。
発見したのは工房艦のセンサーで、センダナルが通信で「確保! 絶対確保!」と叫んでいるので持ち帰ることになった。
アクマが消滅したと思しき場所に残っていたもの、それは直径でおよそ5mほどとなる結晶体だ。
「アクマ消滅後に残っていたもの。これは間違いなく他次元物質だ!」
ヴィルダのトラクタービームで運び、共にドックに持ち込まれた物を前にセンダナルは大はしゃぎだ。
もちろん近づく前に、浄化措置やさまざまな検査を済ませている。
放射線などの人体に有害なものは発していないということで、イオも近付いてみる。
濃い紫色で、アメジストのような雰囲気がある。
だが、わかるのはそれぐらいだ。
「わからないな」
「そうか、君ならあるいはと思ったのだが」
「いや、あっちもそこまで不思議金属はなかったぞ」
封印前の魔法世界で見てきた様々な金属のほとんどは、錬金術師によって作られた合金だった。
オリハルコンやミスリル、ヒヒイロカネなんて聞いたことのある名前の金属が、錬金術師の手で作られていたのだから当時は驚いたものだ。
ましてや、伝説の金属を求めてみたいな冒険をしたこともなかった。
ゴーレム部隊を作った時も、イオに支給される予算や物資や鹵獲品を流用していた。
そういうわけで、イオにはこの紫色の物質に覚えはない。
「まぁ、わからないものを解明するロマンがあるからヨシッ!」
「さようか」
わかっているものを組み合わせて作るのは楽しいとわかるイオだが、研究そのものはそこまで熱心ではない。
「とにかく、休ませてもらう」
「そうしたまえ。この船はこのままアクセンブル本社まで行くつもりだ」
「そうか」
「それまでに皇女様の救援部隊と合流できればよし、できずとも本社にまで辿り着けば敵もそう動けまい。アクセンブル社の警備艦隊もなかなかのものだよ」
「期待しているよ。ではな」
コロニーからの連続戦闘で疲れてしまった体を引きずって自室に入り、ベッドに潜り込む。
一瞬だけシャワーが先かと考えたが、睡魔に負けてそのまま眠った。
無重力空間での戦闘は、これまでとは違う部分が緊張していたのだろう。体のよくわからない部分が凝っているような感覚があり、眠りが浅い。
ロックしたはずのドアが開く音には、すぐに気付いた。
身を起こした時にはドアが再び閉じ、常夜灯のオレンジ色の光がわずかにその姿を映す。
「ママスカヤ?」
「はい」
薄闇の中に、ママスカヤの朗らかな笑顔が浮かんでいた。
「どうした?」
「お疲れが過ぎて眠りが乱れているようなので、マッサージに参りました」
「いや、大丈夫だ」
この船はママスカヤが管理しているそうなので、イオが寝ている様子もわかったのだろう。
とはいえ、よくわからない提案だったので拒否した。
「そんなことおっしゃらず」
「おい」
ズイズイとやってきたママスカヤはベッドに上がってくる。
「大丈夫ですよ。マッサージだけですから」
「……わかった」
工房艦の主人はセンダナルであり、ママスカヤはそれに仕えるメイドロイドだ。
別におかしなことになりはしないだろうと、任せることにした。
実際、マッサージはありがたい。
そう思っていると、思わぬ衣擦れ音が聞こえてきた。
「おい」
なぜか、ママスカヤは服を脱いでいる。
「はい?」
「なんで服を脱ぐ?」
「マッサージですから。服はいりませんよね?」
「いや、マッサージに服は関係ないだろう?」
「ええ、ですから脱いでもかまいませんね」
「どういう理屈だ?」
薄闇の中で浮かぶママスカヤの服の下は普通の女性の肌だった。
額の結晶体。アンドロイドを示すマキナクリスタルがなければ、人間の女性そのままだ。
ベッドの上で正座する姿、ウエストにある緩やかに余った肉の見た目なんてとてもリアリティがある。
「さあさあ、服を脱いで」
「おい!」
だが動きの素早さはやはり機械仕掛けの正確さがある。
イオが油断した隙を的確に突いて、上を脱がされた。
さらに胸を押されて転がされ、ズボンまで引っ張られてしまう。
「やめろ……」
「ご心配なく、ヴィルダはメンテナンス中ですから、こちら気付くことはありません
「そういう問題か?」
「それに、戦いのパートナーがこちらの役目までこなす必要は、ないと思いません?」
「そもそもあいつは、戦闘機だ!」
「では、さらに問題ないですね」
ズボンを脱がされた。
「さあ、おとなしくマッサージを受けてください」
ママスカヤの変わらぬ朗らかな笑みが迫ってくる。
いろいろ、マッサージされた。
翌朝。
イオは不本意ながら爽快な目覚めを迎えた。
事後、ママスカヤはちゃんと普通のマッサージも施術していったため、凝りがほぐれて深い眠りに落ちることができた。
とはいえ……まさか自分が押し倒されるような目に遭うとは。
この肉体になってから……肉体前にはそんな経験はなかったとはいえ、初めてのことだ。
なにか、納得いかない感覚を抱きながら、シャワーを済ませて食堂に向かう。
すでに先客がいた。
「やあ、おはよう」
テーブルにはセンダナルがいて、ママスカヤがフードプリンターから生成された朝食の乗ったトレイを運んでくる。
トレイは二つ。
ミーシャはまだ来ていない。
「どうぞ」
「……ありがとう」
一つはイオの前に置かれた。
もう一つは、センダナルの隣に座ったママスカヤの前に置かれ、彼女が朝食を摂り始めた。
ママスカヤが食事をするところはもう何度か見ているので、センダナルがそういう気分になったのだろうと思い、イオは深く考えずに食事を始め……気付いた。
「まさか……」
「ふっふっふ……」
イオの視線に気付いて、センダナルが笑う。
「企んだな?」
「企んだとはひどい。君も楽しんだだろう? それに私だって好みではない男にあんなことは命令しない」
箱の中に脳だけで生きるセンダナルは、時に人間の時の感覚を求めてママスカヤに食事などをさせ、その感覚をフィードバックとして受け取っていると言っていた。
食事《《など》》だ。
つまり、昨夜の体験もセンダナルに届いている、ということだ。
「ママスカヤは私が将来こうなりたいと願った姿だ。どうだ? よかっただろう?」
「そういう問題か?」
「そういう問題だよ。ママスカヤ、私の命令は嫌だったか?」
「嫌ではありません」
「ほら」
「機械知性は人権が認められた個として扱われているんじゃなかったか?」
移動中にそんな説明を聞いたことをイオは覚えていた。
「もちろん。だから私とママスカヤはちゃんとした契約関係だよ。食事はともかく、ああいうことはお互いが気に入った男とでなければしないと取り決めている」
「はい、その通りです」
センダナルの言葉にママスカヤが頷く。
「それに、勘違いしてもらっては困るが、私は女だ」
「……」
「その反応……私をどっちだと思っていたのかな?」
「…………箱だ」
イオは明言を避けた。




