17アクマスレイヤー
ヴィルダに乗り、工房艦グランダラから出発する。
『イオ様!』
通信機からミーシャの声が響いた。
『その戦闘機は結晶刃を所持しているとのことですが』
「そうだ」
『ですが、有効打にならないかもしれません』
「どういうことだ?」
ミーシャの説明はこうだ。
星守の使う結晶刃や星殻装攻は帝室占有技術で作られている。
その技術が外部に漏れたことはない。
ヴィルダを開発したアクセンブル社他、多くの兵器開発企業が技術の模倣を行なっているが、いままでのところ、帝室が注視するほどの再現に成功した企業はない。
『アクマに対して、星守の結晶刃のどの要素が有効打となっているのかはいまだ判明しておりません。そのことは念頭においていて下さい!』
「了解した」
「いきなり暗雲だね」
「戦闘で命を保証されたところで、信用なんてしないのが普通だ」
塹壕で一休みしていても、油断すれば隣で笑っていた仲間の頭がなくなっていたりするのが戦場というものだ。
あの光景をもう見なくてもいいのならと、イオはゴーレム兵構想に手を出した。
「できることをやるし、通じなければ逃げるだけだ。いくぞ」
「もちろん!」
すでにアクマは宇宙空間を高速で滑り、こちらに近づいてきている。
もとより向こうに逃す気はないようだ。
操縦を神経同調操縦に移行する。
コックピットの全天周囲モニターがカットされ、機体センサーからの情報が視界と皮膚に再現されると、真空を貫くアクマの気配を感じた。
アクマは、長い帽子と法衣を纏い身長を超えた杖を持つという、神官のようにも見える出立ちだ。
帽子の下に隠れているのか、目のようなものは見えない。だが、どこか女性みを感じさせる唇が笑っているように細く引き延ばされている。
サイズは人型形態になったヴィルダと同じほどはある。
「五秒後に戦闘距離!」
「おうっ!」
ロックオンセンサーが反応したと同時に重レーザー砲を放ち、その後に人型に変形する。
アクマは重レーザーの光を、手に持った杖のようなもので受け止めた。
そのお返しが杖の振る動作と共に放たれた数本の光条だ。
イオも、お返しとばかりに発現させたばかりの結晶刃で光条を切り裂く。
お互いに停止して攻撃動作を行ったわけではない。
慣性のままに前進を続け、杖と結晶刃が衝突する。
真空の宇宙空間に音が響いた。
甲高いガラスの割れるような音は、結晶刃が砕け、杖の上半分が消失した結果、発生したようであった、
どちらが原因なのか。
正体不明の存在であるアクマの物質が破壊されたからと考えるべきだろう。
二者はそのまますれ違い、曲線を描いて再び衝突する。
その時には結晶刃は復活し、杖も同様だった。
再び、破壊の音が響く。
その音は工房艦グランダラにも届いていた。
「アクマに通用している?」
戦艦の主砲さえも艦隊を揃えて雨のように撃たねば意味をなさない存在に、模倣された結晶刃が効果を発揮している。
そのことに、ミーシャは驚いていた。
「素晴らしい!」
その隣ではセンダナルは大興奮で箱の体をガシャガシャ揺らしている。
「宇宙空間で近接戦なんぞナンセンスなことに変わりがないが、それが実現できる存在がいるのだからやってみようという試みだったが、まさかこんなにハマるとは! ははははは! イオ君はまさしくヴィルダの運命の相棒だね!」
人型兵器というものはロマンの塊だ。
この宇宙にもエンターテインメントは存在し、アニメもある。
その中にはロボット物やヒーロー物も存在し、人型ロボットが活躍する内容もある。
だが、現実でのロボットのようなものは、メイドロイドやセクサロイドなどの、人の形であることで有形無形の実利が発揮される場所でしか存在しない。
戦場に人型ロボットの居場所はない。
複雑な関節機構はメンテナンスコストを増大させ、また被弾面積も無意味に増える。
つまりはそれだけシールドにエネルギーの割合を割かねばならなくなり、エネルギーマネージメントの問題から、火力が低下する。
エネルギーの問題を解決しようとすればより巨大化し、しかし同時にシールドの負担も増えるので、開発費と運用コストは指数関数的に増大する。
結果、そのコストを既存の戦艦などの兵器に回した方がそれ以上の結果を出すということになる。
パワードスーツのような物は人の活動を補佐する存在であり、人のサイズを超越してまでその形を残しておく意味はないと結論が出ている。
戦闘機から人型に変形するというシステムは、それらの問題に対して一つの解を示したのではないかと、センダナルは思っていた。
普段は戦闘機として活躍するのであれば、関節部への負担やエネルギーマネジメントの問題は解決する。
ゼロ距離的な近接戦の瞬間にだけ変形し、対応することで、結晶刃という破壊力を発揮することもできる。
逆に人型への変形タイミングという瞬間的な判断をパイロットに強いるため、操縦方法は神経同調操縦という特殊な方法を使わなければならなくなったが、イオはそこにうまくハマってくれているようだ。
「あのボンクラ王子ではどうせ使いこなせなかったんだ。これは、まさしくなるべくしてなった結果というものかな?」
結論として、人型ロボットは通常兵器としては不要だと、センダナルは思っている。
だが、イオという異常な存在がヴィルダという存在をブリリアンカットされたダイヤのごとく輝かせている。
やはり、イオとヴィルダという組み合わせが正解なのだ。
「あの方は、やはり星守になれる方なのですか?」
ミーシャがそう呟く。
「ふむ」
センダナルもその可能性を否定はしない。
しかし、すでにいる星守たちとイオが同種の存在であるのかどうかは、事情を知っている身としては素直に同意できなかった。
「さて、どうなのかな?」
そう言った後で、「いや……」と思う。
もしそうであったなら、イオの持つ魔法という技術が他者にも使用可能ということになる。
そしてそれをいずれ、選ばれた者だけでなく、誰でも使えるようにしていくことができれば?
それはそれで、興奮する未来ではなかろうか?
「彼はまさしく希望だな」
「はい」
ミーシャが頷く。
二人の心の中は決して同じではなかったはずだが、出てくる言葉は同じになってしまっていた。
ヴィルダとアクマの衝突は続く。
「やかましい相手だ」
ぶつかる度に発生するうるさい音で耳が痛くてたまらない。
杖を壊すだけでは埒が開かない。
本体に切り込みたいのだが、イオの無重力空間での戦闘は、いまだ熟練の域に達しているとは言えない。
どうしてもぶつかり、離れ、ぶつかるというような単純行動の繰り返しになってしまう。
そのために結晶刃と杖との打ち合いも避けられない。
結晶刃が壊れなければ二撃目を打ち込むこともできるのだろうが、いままでのところ相打ちの結果は変わらない。
「地面でもあればまだ戦い方はあるが、これからの俺の舞台は宇宙だ」
ないものに頭を捻るぐらいなら、いまある手札でどうにかしなければ。
それに、手札の全てを晒したわけでもない。
「ヴィルダ。アレを使うぞ」
「え? アレ? あっ、了解!」
「テストはしてあるがぶっつけ本番だ」
「私とイオの合わせ技だね!」
「ああ!」
再びの打ち合いのタイミングとなる。
「いくぞ」
「うん!」
「付与・炎」
その瞬間、ヴィルダの手にある結晶刃の色が変化した。
いままで青だったものが、赤く変わり、その周辺に揺らぎが生まれる。
炎を纏った結晶刃は杖と衝突し、そして砕けることなく斬り割った。
刃はその向こうにあるアクマの頭部を斬り、口から上の部分を分かつ。
アクマは動きが鈍ったものの元に戻るような動きを見せた。だが、それよりも早く戻ってきたヴィルダが炎の刃を浴びせ、とどめを刺した。
「成功だな」
「やったぁ……」
交易コロニーに入る前に、ヴィルダの機体にはイオの魔法を機体の外に向けて使うためのチップを追加した。
だが、テストの結果、機体の外に魔法を使うのはあまり有効ではないかもしれないという結果になっていたのだ。
それは、魔法の有効射程が関係している。
イオが射撃魔法を使った際の有功射程距離はおよそ1kmになる。
個人として魔法を使うのであれば達人すらも凌駕する距離なのだが、宇宙空間の戦闘では1kmなど一秒もかからずに通り過ぎてしまう距離だ。
これでは使えないので、攻撃魔法以外の物に限定すればどうなるのか……試した結果、とりあえず形になったのが結晶刃に一時的に属性を付与するという魔法だけだった。
とはいえ効果は未知数。
実戦でいきなり試すのは危険な行為だったのだが、あのままでは時間ばかりを浪費してしまっていた。
「結果的に成功、ということだな」
イオとしてはあまりやりたくない勝ち方ではあるが、仕方がない。
落ち着いた拠点作りさえもままならないままなので荒事ばかりが続くのだ。
テスト中だろうとなんだろうと、使えるかもしれないなら使うしかない。
「はやく落ち着きたいもんだ」
「それね」
神経同調操縦を解除したイオは背もたれに体を預け、頷くヴィルダに笑いかけた。




