13ミーシャ
イオの答えは決まらないまま、医療施設での時間は終わった。
解決する問題は他にもある。
イオとヴィルダに関する問題は、工房艦グランダラと合流できた時点で一段落が付いた。
次はミーシャの件だ。
工房艦グランダラの生活空間にあるリビングに集まったイオとセンダナル、そしてミーシャはテーブルに着いた。
ヴィルダも防犯カメラ越しにリビングの状況は見守っている。
ママスカヤがフードプリンターを操作し、ドリンクを二人の前に置く。
ドリンクは三つ。
もう一つはママスカヤの前に置かれた。
「私はママスカヤから感覚のフィードバックを受けることができてね」
ストローに口をつけるママスカヤを二人が不思議そうに見ていると、センダナルが説明した。
「この体だから必要ないのだけど、時々、こうした人間的な感覚が欲しくなる。そういう時にママスカヤに代わりをしてもらっているのさ。さて、ミーシャさんの希望は通信ができる場所へ運ぶことだったね」
「あ、はい」
ママスカヤから目を離したミーシャが頷く。
「悪いが、私の船はこのままパルミナエル星系を離れる。寄り道はその後になってしまうよ」
「それは……なぜでしょうか?」
「君がどこまで我々の事情を聞いているかわからないが、私の雇い主であるアクセンブル社はパルミナエル星系国家に対していたく御立腹でね。私にもできる限り早急の帰還を命じている。そんな状況だから、星系政府からの足止めを避ける意味でも寄り道なしで移動したいんだ」
「そうですか。では、立ち寄れるとしたら?」
「そうだね。まずは近くの安全圏航路から領域ゲートを使ってバーンズ星系に移動してからだね。その先の交易コロニーで補給をする。連絡をするならそこで、ということになるだろうね」
「わかりました。よろしくお願いします。あの……」
「うん?」
なにかを言いかけたミーシャだけれど、箱の角度で微妙なニュアンスを表現するセンダナルを見て、言葉を飲み込んだ。
「厄介事が待ち構えているなら、早いうちに教えてくれるとありがたいな」
そう言ったのはイオだった。
「すでに何度か、君の関係らしい襲撃には遭遇した。全てを話せなくとも、話せることはあるだろう」
「そうだねぇ。ヴィルダの装備にも関わることだ。いくつかの兵装バージョンはあるけれど、必要なら別でも作っておいたほうがいいかもしれないし」
「ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません」
「それはいまさらだろう」
申し訳ないという顔のミーシャにイオが苦笑する。
「本気で迷惑だと思っているなら君を基地に置いていった。そうしていない以上は、できることはする。自衛のためにもな」
「はい」
「で?」
「……私は誘拐されました。目的は父の権力を揺るがすこと……だと思います」
固有名詞がないとはいえ、それだけで偽装された軍艦に襲われた理由がはっきりとする。
有力者たちの政治闘争が、すぐにイオとセンダナルの頭に浮かんだ。
予想通りのことではあるのだが、問題は有力者という単語だけではそこに収まる範囲が広過ぎて、問題の規模がわかりにくいということだ。
少なくとも、軍人に匹敵するプロを多数用意経済力がある程度の有力者ということになるのだが……それでもまだ範囲は広い。
「だとすると、連絡先は父親のところ?」
「はい」
「その父親がどこにいるかは聞かないけれど、連絡したとしてもすぐに届く場所とは限らないね」
センダナルの質問にミーシャが頷く。
数多の銀河を版図に置く銀河帝国ともなれば、最も早い超光速通信を使用しても、数日を要することは当たり前となる。
「そんな状況では、連絡できたとしても君をその場に置いておくということは難しいね」
「おそらく、五日は必要になるかと」
「ふむ。なら、連絡を受けて動き出して、そこに到着するにはもっと時間がかかる。早くて十日。まぁ、倍の二十日は見ておいた方がいいかもしれないね。君はその間、逃げ切る自信はあるのかな?」
その質問に、ミーシャは答えられない。
「……ないよねぇ」
「あの……成功後とはなりますが、報酬はお約束します。ですので」
「ふむ。……イオ君、どうかな?」
「どうとは?」
話を振られて、イオはセンダナルを見た。
「実際に矢面に立つのは君だよ。君がこのお嬢さんを二十日間守り切れるというのなら、受けてもいいと思うのだけれど?」
「俺が決めるのか?」
「君に決められないなら、次の交易コロニーで降りてもらうだけだよ。私は殴り合いができないからね。鉄火場での活躍なんて期待されても困る」
センダナルの言葉は正しい。
それに、ミーシャを連れていく判断をしたのはイオだ。
ならば、その善意を続けるかどうかを決めるのもイオであるべきだ、とセンダナルは言っている。
「俺だってここでの戦いに慣れたわけではないんだがな」
と言いつつ、イオは頭の中でどのように戦うかを考えていた。
現状の戦力でなにができるのか?
情報量と同じぐらいにできることも少ないが、その少ない選択肢の中で、どこまで戦えるのかを考えてみる。
「まぁ、いままで通りの襲撃規模なら、どうとでもなるだろうな」
戦力が戦闘機しかない状態での発言としては大言壮語にも程がある。
だが、イオは誇大妄想に囚われているわけではないし、自分の実力を見誤っているわけでもない。
できると、本気で考えての発言だ。
「では、大きく状況に変化がない限り、ミーシャ嬢を護衛するということでいいのかな?」
「ああ」
「では、そういうことで。ミーシャ嬢。作戦会議をするので、先に部屋に戻ってくれないかな?」
「はい。……どうか、よろしくお願いします」
席から立ち上がったミーシャは、イオたちに深く頭を下げた後、ママスカヤに先導されてリビングを出た。
「ううん、イオ君」
「なんだ?」
「もう少し、かっこいい騎士らしいことは言えないのかい?」
「騎士らしい?」
「君の安全は俺が守るとか、決して君に触れさせたりしないとか、そういうロマンチックな言葉だよ。女の子は、そういう言葉に弱いんだよ」
「博士だって、現実的なことを言っていたじゃないか」
なぜか責められていることを不思議に思いながら、イオは言い返した。
「私はどう考えたって騎士になれないさ。だが、君は能力として騎士になれるんだ。なら、騎士役を引き受けてくれたっていいじゃないか。だめだよ、二人揃って現実的なことしか言わないなんて。もう少し役割分担を考えてくれないと」
いつの間にそんな役割が決まっていたのか。イオは天を仰ぎ、重くため息を吐いた。
「俺は騎士にはなれないさ。それに、そういうのは相棒に向けるだけで、いまは限界だ」
「うふぅ」
イオの「相棒」という言葉にスピーカーから反応があった。
そんなヴィルダの声を無視して、イオはセンダナルを見た。
「それより、博士にお願いしたいことがあるんだけど」
「ほう、なんだい?」
「これを」
と、イオはあらかじめアイテムボックスから出しておいた物をジャケットのポケットからテーブルに移した。
それは小指の先程度の金属片だ。
ただし、その表面には精緻な模様が施されている。
「こいつ、まだたくさんあるんだが、これをヴィルダに取り付けてほしい」
「これはなんだい?」
「まぁ要は、俺が戦いやすくするためのツールだな」
そう言ってから金属片の説明をすると、センダナルは大興奮で箱を上下させたのだった。
その頭には、すでにミーシャの心配は露も存在していなかった。




