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冤罪魔王と悪役令嬢ロボの銀河騒動記  作者: ぎあまん


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12/21

12医療検査



 工房艦グランダラの医療区画は、脳だけで活動するセンダナルを緊急時に保護するために普通の船よりも設備が充実している。

 その施設がいまイオに使われる。


「博士、イオは……」

「君から聞いているんだから、わかっているよ」


 スピーカーから響くヴィルダの心配げな声に、センダナルは朗らかに応えた。

 ヴィルダの心配は医療ポッドの中で眠るイオに注がれている。


「ラヴァナール異常重力帯で一万年間眠り続けた遺失文明の生き残り……まさしくロマンの塊だ。秘密にしたがるのも、警戒されるのもわかるさ」


 工学博士であるセンダナルも好奇心の塊だ。

 分野違いとはいえ、そんな希少な存在が目の前にいれば興奮や好奇心を隠せない。

 人の表情などない箱の形であったことをいまほど幸運だと思ったことはない。

 そんな表情を見られていたら、きっと信用されなかったことだろう。


「とはいえ、あくまでも私の知的好奇心を満たすだけの話でしかない。そんなことのために彼を敵に回すようなことはしないさ。それに、現代の医療技術が彼に適用できるかどうか、いずれは試してみなくてはいけなかったと思わないかい?」

「それは、そうだけど」

「ならば早いか遅いかだよ。彼の信頼を勝ち取るのはなかなか難しそうだけどね」

「そうですか?」


 ヴィルダには戸籍と報酬で簡単に折れていたように見えていたのだが、センダナルには違う面が見えていたようだ。


「私は彼が折れるきっかけを提示しただけだよ。根幹にはヴィルダへの信頼があるんじゃないかな? そうでなければもっと渋っていたと思うよ」

「私への……信頼」

「君たちは良いパートナーになれるということさ」

「う、うふふふ……」


 上機嫌なヴィルダの様子を見て、センダナルは金属箱の中で本当に良い人物に出会えたのだなと安堵していた。

 ヴィルダは普通の機械知性ではない。

 陽電子で思考する機械知性が次のステージへと上がるための新要素、霊子が使用されている。

 新しく発見されたこの霊子が、機械知性をどのように導くかはいまだ未知数だ。


「王子の仕上がり次第では普通の陽電子頭脳に切り替えるつもりだったが……これは案外、いい方向に物事が流れたということかな?」


 人型に変形する戦闘機が欲しいという、子供の頃の妄言といえばそうだが、自分の言葉の責任の取り方も教えられていないような王子では先が知れている。

 王子……といえばと、センダナルは控えているママスカヤに尋ねた。


「で、預かり物の姫様はどうしているかな?」

「はい、割り当てられた部屋で大人しくしているようです」


 ママスカヤは工房艦グランダナのシステムを掌握しており、いまこの瞬間も艦の操縦を担当している。


「ふうむ。監視は怠らないように」

「はい」


 あのミーシャと名乗る娘のことも気になる。

 宙賊に偽装したと思しき軍人たちが、執拗に身柄を確保しようと動いている。

 これにはなにかがあるのだろうが……思いつく可能性に、内心で苦笑した。


「やれやれ、こういうことには貧困な想像力しか働かないね」


 だが、世の中というのは高度な想像力や狂気だけで動いているわけではない。社会の動きというのは、多くの人間の、雑多で貧困な想像力や狂気が折り重なった結果でしかないのだとセンダナルは知っている。

 だから、この想像もおそらく間違っていないだろうと確信していた。





 医療ポッドの中で目覚めた。

 簡易との違いは医療用溶液にしっかりと漬け込まれているところなのだそうだ。

 簡易ポッドなら入るだけでいいらしいと聞き、それはそれで味気ないなとイオは思ったものだが、やや緑がかったこの溶液がしっかりとシャワーを浴びなければ取れないことを思い知らされた後は、簡易医療ポッドは偉大だと考えを変えた。


 新しい服に着替える。

 この服は工房艦グランダラにあるプリンターによって作られた、テストパイロット用の普段着だ。

 とはいえ、このまま乗り込んで操縦したとしても十分に使用に耐えることができる性能を持っている。また、このまま上にジャケットなど羽織れば、傭兵ファッションの出来上がりだと教えられた。


「さて、検査結果だが……普通だったよ」

「普通?」

「うん。……いや、骨が特殊だね。謎の合金製だったけれど、それ以外は普通だったよ。血液型も既存のものだし、特別な内臓があるわけでもないし、かといって足りないということもない。君の皮膚を一部取ってから治療テストをさせてもらったけど、反応も普通。医療ポッドによる治療も、ナノマシン注射による治療も受け付けることができる。うん。おめでとう。君はこの銀河帝国文明を生きることができるよ」

「それはよかった」


 本当に良かったと、イオは安堵の息を吐いた。

 この世界で君は完全な異分子だと言われると、生き辛いことこの上ない。

 そうでないというのだから、それは喜ばしいことだ。


「できればこのまま各種ワクチン接種などを勧めたいけれど、話が通りやすいからうちのグループの医療部門を紹介したいね。それまでいいかな?」

「ああ、もちろん。任せるよ。それで……」

「わかっている。戸籍の件だね。これは簡単だよ。我が社……アクセンブル社の社員として一度登録すればいい。そのまま在籍してくれてもいい、仕事は色々紹介できるよ? すぐに退社して、別の仕事を探してもいい、その場合は自由民フリーマンという立場だ。どちらにしてもヴィルダは持っていってくれて構わないし、メンテナンスなんかは引き受けるよ。自由民になった場合は有料になるだろうけどね」


 イオは首を傾げた。

 戸籍の件もそうだが、ヴィルダの扱いだ。

 あらゆるものの規模が違う宇宙時代とはいえ、戦闘機を開発する資金がそこまで安いはずもない。

 簡単に持っていっていいなどと言えるものなのだろうか?


「もちろん、こっちだって計算があるよ。まず、ソフトハードの両面でヴィルダの面倒をみれるのは我々しかいない。君がヴィルダを相棒としている限りね。そして、君の類まれな操縦と戦闘センスに、魔法という要素、君は未知のデータの宝庫だ。ヴィルダを通して、我々はそのデータを手に入れることができる。どうだい? 我々にいいことばかりだろう?」

「そうかも知れないが、それにしても、そんな決定をすぐに下せるのか? 上への説明は?」

「まぁ、そこはなんとかするよ。私はヴィルダ開発の責任者でもあるし、なにより経営者の一族だからね。会長にも社長にも顔が利く」

「……なるほど」

「ああ、後……この情報は君というよりヴィルダに聞かせるものなんだが、アクセンブル社はパルミナエル星系国家からの事業撤退を決めた。五年以内に全ての会社と工場を引き上げるそうだ」

「ほんと!」


 スピーカーからヴィルダの嬉しそうな声が響く。


「本当だよ。さすがに今回の件は会長も社長も激怒していてね。交渉担当していた者のクビも飛んでしまったし、関係修復のためのホットラインももう存在しない」

「ざまぁ! だね!」

「いやぁ、まだまだ。主犯の王子が没落してこそざまぁの完成だよ」


 そこからヴィルダとセンダナルは「悪役令嬢とは」という謎の議論を始めてしまい、イオは手持ち無沙汰にママスカヤを見た。


「なんでしょう?」

「ああ……良かったら自由民というものについて教えて欲しいんだが?」

「わかりました。では、戸籍の件も含めて宇宙民コロニストというものについてご説明しますね」

「それはたすかる」


 礼を言い、イオはママスカヤの説明に耳を傾けた。


 まず宇宙民コロニストとは宇宙で活動する人々の総称である。

 そしてダグワール銀河帝国には全人口をカバーする戸籍制度というものは存在しない。

 その代わり、宇宙民にはどこに所属しているかを明確にする登録証制度が存在する。成人とされる十八までは生まれた病院の出生登録証、学校に入ればその学校の学生証が戸籍に相当する。

 そして成人すると自由民フリーマンという立場になる。これはいわば自営業のような存在であり、自分自身を所属元とする。

 自由民を明確に管理する組織は存在しないが、あえて上げるとすれば銀行ということになるだろう。マネーを多く動かす存在であれば、それだけの信頼度が通帳に付与される。

 各星系国家で微妙に扱いが違うが、大体において自由な経済活動を行うことができる反面、各企業やギルドなどが勝ち得てきた特権がないため、自由民は全体的に掛けられる税金が多くなる傾向にある。

 そのため、多くの自由民は最終的に国家や各企業、あるいはギルドに所属することになる。


 では、ギルドとはなんなのか。

 大雑把に言えば、個人の能力と活動傾向によって大きくカテゴライズされた互助組織である。

 銀河帝国全体にネットワークを持つギルドは、大きく分けて三つになる。武力、経済、生産である。

 国家や企業は各組織における方針に従った行動をしなければならないが、ギルドの場合は三つの方針のどれかに特化することで、それに準じた行動であれば当人の意思が尊重される。


「より自由にご自分の能力を行使したい方はギルドに、多少の窮屈さと定額の報酬を代償として安全と安心を得たい方は国や企業に所属するという流れとなります」

「ああ、つまり、自由民のままでいるというのはリスクしかない?」

「起業をするなどの目的があれば自由民もよろしいでしょう。しかし、目的がないまま自由民でいるというのはあまりお勧めできません。非常に中途半端でデメリットしかないと判断します」

「なるほどな」

「私としてはこのままアクセンブル社に所属することをお勧めします。ヴィルダを運用するための最高のバックアップが約束されますので」

「ふうむ」

「あなたならきっと、高給も約束されるでしょう」


 ママスカヤの言い分はもっともだとイオにもわかっている。

 だが、この宇宙にやってくる前のあの扱いを思い出すと、なにかに所属するという行為には二の足を踏んでしまう。

 しかしそれでは、ヴィルダに不便な思いをさせてしまう。


「さて、どうしたものかな」


 と思い悩むイオだった。

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