11箱入り博士
「戻ってきてくれましたか」
ミーシャがドックで待っていた。
その顔が明らかにホッとしているのを見てイオは苦笑した。
「このまま逃げるとでも思ったか?」
「どう考えても、私は厄介事でしょう?」
「わかっているなら謙虚だな」
「まさか、あなたたちが逃げていたら末代まで呪っていましたよ」
「呪いかよ」
こんな宇宙に至るような時代でも呪いは存在するのかと驚いていると、ミーシャがクスクスと笑った。
「冗談ですよ。呪いを信じるなんて、イオ様は迷信深いのですね」
「呪いを馬鹿にしたものじゃないぞ」
「あら」
「だが、まぁいいさ。約束したことは守る。心配するな」
「はい。頼りにしていますね」
微笑んだミーシャはその後にイオの背後にあるヴィルダの機体に目を向けた。
「それにしても、珍しい形の戦闘機ですね」
戦闘を見ることができなかったミーシャはヴィルダが人型に変形するところを見ていない。
「そうか?」
「はい。私もいくつか戦闘機を見ていますけど、こんな形は……まるで形態を変えることを前提にしているような?」
よくわかったなと感心したイオだが、教えることはなかった。
「とにかく、移動するための船が来てくれたから引っ越す準備でもするか」
「私は身一つですのでいつでも大丈夫ですよ」
「俺もだ。なら、食堂で休憩しながら待つとしよう」
「はい」
一時間ほど待っていると工房艦グランダラが到着した。
即座に引越しが開始される。
すでに船に持ち込む予定のものはヴィルダによってパッケージされているので、基地で放置されているのは持ち出さないものだ。
そういう物の中で高価そうな物をヴィルダに選んでもらいアイテムボックスに放り込んだ。
特に酒などの嗜好品は自分で飲んでもよし、売ってもよしと判断してボスの部屋にあったものは全て手に入れた。
まだ現金化していないが、このままヴィルダと二人でやっていくのなら、宙賊の基地を襲撃して物資を全てもらうという生活も有りだなと思いつつ、工房艦への移動を済ませる。
「やあ、いらっしゃい。よく来てくれた」
引越しが終わり、工房艦グランダラに移動してイオとミーシャは驚いた。
出迎えに現れたのは、メイドを従えた金属の箱だったのだ。
箱には手足となる細いマニピュレーターがいくつもあり、機械仕掛けの蜘蛛というような雰囲気もある。
そのメイドも額の中央と頭皮の一部にかかって水晶のような結晶体が張り付いている。
「私がセンダナルだ。後ろにいるのはアンドロイドのママスカヤ」
「ママスカヤです。気軽にママと呼んでください」
「いや、それは呼びづらい」
日向ぼっこが似合いそうな柔らかい笑みのママスカヤがそんなことを言うが、通称でも他者を『ママ』を呼びたくはない。
いや、メイド姿のアンドロイドをママと呼ぶ光景を、そしてそれが他人に見られることを想像し、渋面を浮かべた。
「では、スカヤでもかまいませんよ」
「そうさせてもらうよ」
「私も」
「誰もママスカヤをママと呼んでくれないな。悲しいことだよ」
金属の箱から残念そうな声が響く。
こちらから聞こえてくる声も、若い女性のものだ。
「それで、博士はその中にいるのか? それとも他の場所に?」
「もちろん、この優美なる箱がこの私、センダナルだよ」
箱に付いているマニピュレーターを動かし、わずかに斜めになる。
あるいは胸を逸らしているのかもしれないその様子に、イオは首を傾げた。
「まぁ、さっさと本題に入るとだね。子供の頃に事故に遭って脳だけになってしまったのだよ。それ以来、私は医療ポッドを兼ねたこの箱越しに世界を見ているのさ」
「そうなのか? いまの医療技術なら、仮初の肉体ぐらい用意できそうだが」
イオは異世界から魂だけを召喚され、この肉体を与えられた。
そしてこの肉体は、当時の技術者たちが集って開発した魔導的義体ともいうべきものだ。
あの世界との文明的連続性がないとはいえ、一万年先の世界、しかも宇宙に広大な版図を築くほどの文明と技術を持つのであれば、そういうことも可能ではないかと思っての質問だ。
「ああ、もちろんできるとも」
と、センダナルは認めた。
「成長期に合わせて肉体を用意するのはさすがに大変なので、大人になったところで体を用意しようということになっていたのだけれどね。もうその頃にはこの体に慣れてしまったものでね。普通の人間の体は維持が大変だし、できることは少ないし、その上、食事や睡眠なんかで無駄な時間を取られるしということでやめてしまったのさ」
「ああ……そういうタイプか」
「そういうタイプ?」
「研究馬鹿ってことさ」
イオがミーシャの疑問に答える。
様々なゴーレムを開発していた手前、また自分の肉体のメンテナンスなどのためにそういう技術者にはたくさん出会っているイオだが、脳内麻薬だけを摂取して生きているようなタイプがそこにはたくさんいた。
食事なんて砂糖水を飲んでいればいいじゃない、とか平気で言うような連中によってイオの肉体は作られているのだと知って、逆に心配になった。
ある日突然、重大な欠陥が見つかるんじゃないかと不安になることもあったが、裏切られたあの日以降もおかしなことにはなっていない。
「そういう方たちもいるのですね」
「そう、銀河にはいろんな人がいるものなのだよ、お嬢さん。さて、立ち話もなんだし、またどこからか襲われてもたまらない。移動しようじゃないか」
センダナルに促され、イオたちは工房艦の奥へと入っていった。
すでに戦闘機形態のヴィルダ本体がドックには収まっている。
「いや、しかし。何人かのテストパイロットを雇ったが、君ほどヴィルダを使いこなせた者はいなかったよ! 本当に素晴らしい!」
「ああ、それはどうも」
「できれば医療ポッドを使って君の肉体のデータを取りたいのだが、どうかな?」
「医療ポッドか」
「おや、嫌かね? あの機体を使った際の肉体的な負荷も調べておきたいのだけどね」
イオが答えに困る。
前述の通り、イオの肉体は魔導的義体であり、生物として正しい形になっているかどうかわからない。
自分でもどうなっているかよくわからないものを他人に見られるのか、という悩みと、いまのうちに調べておいてもらった方がいいのではないかという気持ちがせめぎ合う。
「……ふむ、心配しなくともちゃんと報酬は用意するよ。それに君の境遇もすでにヴィルダから聞いているから、君の戸籍の件も解決してあげよう。どうかね?」
「よろしくお願いします」
そんなに美味しい条件があるなら従わざるを得ないとイオは頭を下げた。




