10工房艦グランダラ
ミーシャという第三者の登場で、イオは魔法を使うのを控えるようにした。
彼女がいつまで行動を共にすることになるかわからないが、信頼できるかどうかわからない。
ならば自分の素性はただの身元不明人にとどめておいた方がいい。
ミーシャを連れてきた、そして連れ去ろうとした二隻の船を調べたが役にたつ情報は残っていなかった。
活動中であったにも関わらず漂白されたかのような痕跡のなさは、この社会に馴染みのないイオにしても、宙賊のような雑多な悪とは違う、洗練さを感じさせる。
この場に残るのは得策ではない。
早めの移動が望ましい。
では、迎えにきてくれているというのはどんな人物なのか?
ヴィルダの説明ではその人物はセンダナルという。
機体開発を担当し、人型への変形機構や戦闘機でありながらの重装備と高機動を実現できる天才工学博士なのだそうだ。
今後もヴィルダと組んで行動するのであれば、センダナルには自分の素性は語らないといけないだろう。
特別な戦闘機であるヴィルダには専門家のメンテナンスが必須であるだろう。また、イオは考えていることがあり、それを施してもらうにはどうしても開発者の協力が必要だからだ。
「イオ、ドックに来て!」
魔法が使えないのでもっぱら無重力下での訓練を繰り返していた。
その日もトレーニングルームで宙に浮いてレーザーガンの練習をしていると、ヴィルダの切羽詰まった声が響いた。
「どうした?」
「博士の船がこっちに向かっていたんだけど、宙賊に襲われたみたいで」
「わかった」
ヴィルダの話を聞いてすぐにトレーニングルームを飛び出し、機体に乗り込む。
「ミーシャに説明は?」
「まだ。いまは部屋にいるから、説明して出ないようにしてもらう」
「わかった」
ドックが開き、機体が飛び出す。
十分ほどで到着した現場では、大きな船が宙賊艦に囲まれていた。
四角い筒のような形をしたその船はシールドを張り、反撃を行わず亀のように徹底的な防御姿勢で耐えている。
「あれか?」
「そう、博士の工房艦」
工房艦というのはその名の通り工房機能を有した艦のことだ。
サイズは様々だが、その役目は軍事行動中の艦隊に随行し、巨大プリンターを用いて、戦艦の修理やミサイルなどの物理弾薬を製造する役割を持つ。
目の前にある博士の工房艦は中型艦程度のサイズとなっている。
戦闘能力はほぼないようで、障害物を排除するためのレーザー程度の装備しか見える場所にはない。
そんな工房艦を五隻の宙賊艦が囲み、シールドを破るべく攻撃を続けている。
「では、ヴィルダの親に挨拶をするとしよう」
「え? そういうセリフ!」
神経同調操縦に移行し、宙賊艦に襲いかかかる。
攻撃に集中している宙賊艦の背後を突き、重レーザー砲を撃ち込んでいく。
『なに⁉︎』
『もう来たのか!』
「そういうことだ、沈んでくれ」
シールドを貫通した重レーザー砲が二隻の宙賊艦を沈める。
爆光が発生した時にはヴィルダはすでに別の宙賊艦に接近し、パルスレーザーの連射を浴びせかけてシールドが破り、装甲を穴だらけにさせて沈める。
『なんだ!』
『速すぎる!』
『戦闘機の攻撃力ではないぞ!』
予想以上の速さと攻撃力を備えるヴィルダに宙賊艦は対応できず、さらに重レーザー砲で一隻が沈み、最後の一隻はあえて人型になり、結晶刃による一閃で真っ二つにした。
「ヴィルダ。向こうに通信を繋いでくれ」
「了解」
周囲に他の宙賊艦がいないことを確認し、工房艦グランダラへの通信を繋げてもらう。
「ヴィルダだ。救援に来た。工房艦グランダラ、聞こえているか?」
『工房艦グランダラのセンダナルだ。救援に感謝する。それからヴィルダ、素晴らしい戦いだった。パイロットに会えるのを楽しみにしている』
妙に甲高い声が返ってきてイオが意外に思っていたのだが、ヴィルダが「でへへ〜」と照れているので聞く雰囲気ではなかった。
そのまま工房艦グランダラのドックに入るのかと思ったが、そうはならなかった。
「基地に接近する反応あり」
いきなりキリッとなってヴィルダが告げる。
「戻るぞ。工房艦グランダラにはそのまま来るように伝えろ」
「了解。伝えた」
戦闘機形態に戻ったヴィルダはそのまま基地に戻る。
基地では、内部へ侵入しようとする宙賊艦とそれを防ぐ自動防衛システムとの戦いが繰り広げられていた。
「なんでこんなにいるの⁉︎」
「ミーシャが狙いだろうな」
攻城戦部隊の背後を突き、薙ぎ払いながらイオが答える。
「あの子なんなの⁉︎」
「俺が知るわけがない」
工房艦を狙われたことが、すでにヴィルダを引き摺り出す作戦だったのだろうとイオは考えた。
こちらの戦力が戦闘機一機であることもすでにバレている。その上で工房艦への救援に向かうのであればミーシャは置いていくと判断し、引き摺り出し、基地を攻めた。
ミーシャを手に入れ損ねたのがつい先日なのに、この対応の速さは異常だ。
かなり周到に準備していたということだろう。
ただ、向こうの誤算は、ヴィルダがこんなに早く戻ってくるとは思わなかったこと、そして異常な戦闘能力だ。
「シールドが硬いな」
重レーザー砲の連射でようやく一隻沈められたことでイオは遠距離射撃での勝負を捨てた。
「結晶刃で切っていくぞ」
「え? 残り全部⁉︎」
「戦闘機なら突っ込んでなんぼだろう」
「いやいやいや、限界があるから!」
「この間の宇宙怪獣の群れよりは楽勝だから心配するな」
シールドへのエネルギー流入を増やしつつ、人型に変形して結晶刃を持って突っ込んでいく。
『おい、なんだあいつ!』
『人型ぁ⁉︎』
『ふざけんな! 惨めに落ちやがれ!』
接近してくると漏れ聞こえてくる通信は罵倒で溢れている。
『星守気取りが! 落ちろよ!』
「それでは落ちれないな」
宙賊艦……シールドの硬さや放たれるレーザー砲の威力から普通の宙賊艦とは思えない威力のため、おそらくは偽装軍用艦であろうと思われる。
それらからの攻撃をシールドで受け止め、あるいは避けながら高速で接近し結晶刃を叩きつける。
エネルギーを結晶化させた結晶刃による一撃は、シールドの限界値を瞬く間に超越し、船体に届く。
偽装軍用艦を真っ二つに切り裂くと、その勢いのまま次の艦へと向かっていく。
戦闘機から戦艦、果ては個人用まで存在するシールドという存在は、使われたエネルギーに比例して外部からの影響を排除するという性質を持つ。
重要なのは初期に使われたエネルギー量であり、その後にどれほどのエネルギーを注いで維持しようとも、初期エネルギー量を超過した破壊力で攻撃されればシールドは破壊される。
ゲームに例えれば、初期使用エネルギー量がその時の最大耐久値となる、ということだ。
ならば、ヴィルダの保有エネルギー量の最大値の全てをシールドに回せば、スペック的最大硬度にすることができる。
普通であればその後はエネルギー切れでなにもできなくなるのだが、イオという非常識なエネルギー発生機の存在によってヴィルダに不可能を可能にさせている。
壊れにくくすぐに耐久値の回復するシールドを持ち、戦闘機ならではの高機動、そしてスピードと質量を乗せた結晶刃の一撃によって敵艦のシールドを船体ごと切り払う一撃によって、勝負を瞬く間に終わらせた。
「いい感じだな」
基地に来てからの無重力下訓練が役に立ったのを実感し、イオはコントロールをヴィルダに任せた。




