2-1 変わらないこの世界で
人間性
僕の研究テーマの一つだ。
人間が生まれながらにして持つ特有の性質や本質、いわゆる人間らしさって奴だ。
今僕らが生きているこの世界で、そんなもの、一体どこに残っているというのだろう。
AIに繁殖を管理され、教育も、適正によって進路も全て定められたこの世界で。
進路管理AIに進捗の遅れを叱責された帰り道、僕はそんなことを考えていた。
「この街の景観も全部、AIで管理してるんだもんな」
例えば今、右手に見えるこの花々は開花のタイミングまで徹底的に管理され、視界に入ってくる。
ただそれは、見る人によって全く違う各々の景色に変わるらしい。
人の気分の上下などを読み取り、その人が見たい花や木々を適切に出力している。
そしてそれが逆算された光源と交じり合い、人に一定水準の豊かさを感じさせる演出の完成だ。
「今日も菊の花か」
まぁ、なんてことはないか、別にどんな花でも綺麗だし。
そんなことを思っていると後ろから声を掛けられる。
「あら、こんなところにいたのね、坊っちゃん。私、あなたの母親に当たる者なのだけれども…」
母親を自称する女性。これで3人目だ。
今日はどんな温度感で来るのかと耳を傾けると、その女性はこう続けるのだった。
「君のお父さんにこの間あったけれど、貴方にそっくりだったわ。
貴方の父は研究者なのだけれども、貴方の進路はどうなってるの?」
なるほど。
3人とも同じ質問をするわけか。
これはAI以外の叱責する存在として、母親という名残だけのプログラムらしい。
僕はいつも通り、適当に返事をしたり、屈伸で挨拶したりして、お茶を濁した。
僕の本当の母はどこにいるのだろう。
まぁそんなのわかったところで、僕の生活が良くなるわけではない。
知っての通りこの世界は10代がピークでその後の才能は枯れて行く一方だ。
僕と同い年の人間の中にももちろんすでに数人ゴールして、“上”までたどり着いた人がいる。
僕がぼーっとしてる間に次が生まれてきて、僕が年を取った所で、残りはクローンが仕事を奪っていく。
僕らは10代か20代の初めまでに、新しい発展を芽吹くことでしか、この世界で普通に生きていく道はない。
とはいえ、僕の適性は研究職。
できることなんてもう限られていて、本当に皆苦しそうにしている。
さてさて歩を進めていると、段々と大きな声が聞こえてくる。
もう少しで自分の居住区に付く曲がり角、ここが一番憂鬱だ。
「人間こそ真価
所詮は機械
身体が資本」
怪奇なサラウンドと共に、今日もデモの方々が登場だ。
人としての価値やら、AIで繁殖管理している体制に対しての批判で、色んな人が集まっていた。
その中には10代の競争で負けた人たちもいる。
「我々は自由、解放しろ、正義の鉄槌を」
相変わらず、荒唐無稽なことを叫んでいるが、そんなもの彼らに届くわけがない。
監視された社会で、豊かな花や木々、街の喧騒と悲痛な叫び、
これが俺の日常の景色。
何も変わらない。
ベンガック8番地。
僕の居住区だ。ここでは誰もが一人暮らしで、一部屋が与えられている。
ドアを開けると、いつも通りお世話ロボが出迎えてくれた。
ロボは僕の荷物を受け取ると、無機質な声で今日のタスクと遅れている分を提示し、
「速やかに始めてください」とだけ告げて、僕を席へと導いた。
せめてご飯くらい食べさせて欲しい…。
机の前に無理やり広げられたデジタル資料の数々…めまいがする。
僕に任された研究テーマは、“人間性と愛”
今、AIがこぞってこれについて着目しているらしい。
なんでこんなことする必要があるんだろうか?
管理されたおかげで、そんなこと考える必要もなく、僕らは効率的に活動出来ているはずなのに、今になってそんなことしたところで何になるというのだろう。
「今更“つがい”と言われましても」
何度資料とにらめっこしても、答えなんか出るはずがない…。
人生のレイヤーを一枚増やしたところで、リソースの無駄遣いだ。
今日も、思ってもないことを適当に箇条書きした後、投げ出した。
こんなだから遅れているのだが…。
まぁいいんだ、僕には趣味がある。
写真だ。
自分が好きな景色を好きなタイミングで、画角で、撮ることができる。
その一瞬を切り取って、時間を自分のものにできる。
光源が花々を綺麗照らした瞬間も、星々の煌めきも。
いつも通り部屋の写真にAR映像を重ね、簡易的に処理を済ませる。
それをお世話ロボの頭に送り込んで、僕がまだいると誤認している内に部屋を後にした。
僕には決まった場所がある。
学校とは真逆の方向、自然保護区にある公園でお気に入りの場所。
そこで毎回、同じ画角で、同じ場所の景色を撮るのが日課になっていた。
自然が残るこの場所で、ゆっくりと変わりゆく風景を収める。
持続するものの中に、わずかに移ろう瞬間を探す。
そのある種の不変が、自分を癒した。
カメラをセットしてタイミングを待つ。
風が池の水面を揺らし、花が微かに揺れる。
今だ、そう思ってシャッターを切る。
刹那、一人の女性が目の前を横切った。
ランニング中らしく、軽やかにそのまま駆けていった。
「う……なんで、こんな時に」
ベストタイミングだったのに。
少しイラつきながら、急いで写真を確認する。
そこに映っていたのは、とても綺麗な景色だった。
被って見えなくなったと思っていた撓んだ花も風で揺れた水面も、
女性の揺れる髪と走り抜ける動きが、光と交じり合って調和していた。
理由も分からないまま、僕はその写真を、何度も見返していた。




