1-2 フラストレーション
鳥が窓の格子の上でさえずり、軽やかにステップを刻んでいた。
私はいつも通り洗面所で顔を洗う。
鏡を見ると、そこには昨日までと変わらない顔があった。
「ん?何も変わってないじゃん」
効果が出るまで時間がかかるって何時間?何日?ちゃんと聞いておけばよかった。
ひとまず、カーテンを開けて、朝日を浴びる。
日差しが心地いい、空気もいつもより美味しい気がする
なんとなく胸が軽くなったような気がして、珍しく自炊なんかしてみる。
食卓に腰を下ろして、ご飯を口に運ぶ。
テレビのニュース、窓の外の鳥、白いごはんの湯気。
「なんか充実してんなー」
思わずそんな言葉がこぼれる。
あれ?でも、なんか忘れてるよね?
「あ、そうだ事務所に連絡しないと」
顔が理想になったら、皆に“本当の自分”を見せたいな。
今の小奇麗なだけの顔、見せてもなんも意味ないし…。
でも、早く配信したい…。
充実していたはずの気持ちが、ふっと消えてしまい、急に退屈さだけが残る。
暇を持て余した手は、自然とスマホに向いていた。
なんとなく開いたMetaads、今や色んなVも自分を着飾ってる写真をあげてるけど、リアル系の人気も未だ建材だ。
「今だったら、この顔でも戦えるか…。」
どうせその内自分の理想の顔になったら、この顔ともおさらばだ。
新規アカウントを作り、自撮りをする。
なんとなく、こんな感じの角度で…。
初投稿っと。
すると、瞬く間に反応が集まった。
「かわいい子発見!」
「メロい」
「フォローしました」
ついこの間は顔をけなされた自分が、今度はあっさり見た目を褒められる――そんなものか。
面白がって、音楽に合わせて踊る動画を撮って投稿してみる。
数時間としないうちに、その動画はバズり、色んな人が私のマネをして踊っている動画をあげるようになった。
「まぁ私ならこんなもんだよねぇ…」
バズった動画や自撮りについた沢山のコメントを眺めながらふと思ってしまう。
スタイル良いとか、かわいいとか、好きですって…。
「人間って勝手だな…」
なんだか、心が急速に冷めていく音がした。
「本当、ちょろすぎ…」
タッハハッハッハハハ…。
なぜか笑いが込み上げて来て、空虚なやるせなさが部屋中に響き渡った。
虚しくなって、布団に潜り込み、不貞寝した。
そんな生活が何日か続いた。
起きてはスマホを眺め、動画を流して時間を潰し、気づけば夜になっている。
事務所からはゴタついているのか連絡はこないし、顔の変化もない。
日を追うごとに焦燥感が募っていく…。
その苛立ちを発散するために私はリアルの自撮りを沢山アップした。
空虚な気持ちが揺蕩い、夜空と混ざり合う。
静かな感覚のまま目を覚まし、電気をつけて部屋を見渡す。
薄い光に照らされて浮かびあがるのは、荒れた部屋。
散らかったままの衣服や、飲みかけのペットボトル。
……軽く掃除でもしようか。そう思って体を動かす。
手を動かしながら、色々なことを考えていると、引き出しの奥から、忘れていたような思い出の品が出てきた。
これ、私の最初期のアバターのグッズ…。
――胸にじんわりセンチな気持ちが広がる。
少し懐かしさに浸っていると、この間のハッカー達にされた嫌な記憶が蘇る。
あれさえなければ…。
私はぶり返してくる間隔から逃げるみたいに、なんとなく配信を巡回する。
そこで目に入ったのは、かつて自分が可愛がっていた後輩。
以前よりもずっと多くの視聴数を集めていた。
目にもとまらぬ速さで流れるコメント、降り注ぐ投げ銭。
かつて私が見ていた景色に、胸がざわつく。
さらに追い打ちのように、一つのコメントが目に飛び込んできた。
――「もうRiNNeいらん」
心臓を掴まれるような痛み。
忘れかけていたものが全て引っ張り出されて、ぐしゃぐしゃ引き裂かれるような感覚だった。
私の居場所は……どこ?
ふと鏡を覗くと、そこに映る顔はまだ理想に届いていない。
というか全然変化がない。
もう、こっそりMetaadsで配信してしまおう……。
衝動のままにアカウントを開き、カメラをこちらに向け、配信ボタンを押す。
ヴァーチャルの仮面をかぶらない、ただの顔出し配信。
最初は誰も来ないだろうと思ったが、数分もしないうちに十人ほどが集まってきた。
コメント欄には、見慣れた定型文が次々と流れていく。
「かわいいですね」
「初見です」
「彼氏いますか?」
どこにでもあるような、使い回しのような言葉ばかり。
それでも、画面の向こうで誰かが確かに自分を見ていて、言葉を投げかけてくれている。
その事実に、少しだけ胸が温かくなる。
私は気合いを入れるように腕まくりして、コメントに返事をしようとした。
――けれど、言葉が前のようにすらすらとは出てこない。
一つ返すたびに間ができ、テンポが乱れる。
思っていたよりずっと声が固く、心が空回りしていく。
なんとか取り繕いながら一つずつ返事をして、気づけば一時間ほどが経っていた。
配信を切ると、深い溜息が漏れる。
「おかしいな……ブランクだからかな? それとも、環境が変わったせい?」
そんなふうに自分に言い訳しながらも、胸の奥にはやりきれない空虚さが広がっていった。




