謝罪したければ担当者を呼べば良い件。
男の話を要約すると、つまり。
「異世界の神が、使い勝手のいい人間をこっちから拉致してコキ使って、使い潰していた。ということですね」
「ずいぶん端折ったな」
「要約するなら短い文章じゃないと」
迷惑女が実は異世界の女神だったとか、被害者の話を聞いて自分も遊びたくなった駄女神が大輔たちの会社に潜り込んでたとか、そういう話はこの際、枝葉末節である。
いや大輔にとって会社がつぶれたのは大ごとだが、それはもっと大きな『異世界人の拉致犯罪』という絵の一部のことだ。
「そしてそんな拉致犯を放置した挙句、拉致被害者の世界をもっと食い荒らそうとした馬鹿のせいで、人類滅亡の危機がやってきた……と、こういうわけですね」
「おまえはもうちょっと、神に気を使うべきではないのか」
「オレ被害者です。あんたのとこの人間でもありません」
敬意などとっくの昔に吹き飛ばされている。
「そして、あなた方は馬鹿女の管理を怠った。教育もまともにしなかった。管理教育の不行き届きに対する責任を果たす必要もあるのでは?」
「たかが人間が出しゃばるなよ……!?」
会議室にいた中年男が唸るように言ったが、
「こちらの責任者を呼ばずに、その、たかが人間に謝罪して済ませようとしたのは、どこのどなたで?」
と、大輔も退く気は全くなかった。
「俺らに発言権が無い、俺らがオブザーバーであるというなら、俺らに謝罪しても何の効力も持ちません。謝罪ってのはね、しかるべき相手にやるから意味があるんですよ。もちろん、俺らと交渉したからってこっちの世界の管理者の知ったこっちゃない。そういう事実、判ってます?」
「我らは神だぞ!」
「あなた、駄女神一柱さえ管理できなかったダメ中間管理職、ですよね」
議事録を取っていた遠藤さんが、ぼそっと突っ込んだ。
「うちの会社は大変迷惑しました。神様だって言うのに、中小企業ひとつへの影響さえ食い止められなかったのは、どういう事なんでしょうねえ」
「はっ、神が貴様らのような小物に構うと思うのか!」
「その小物を潰したら、人類の危機になっちゃったんですけど?そうおっしゃっていたはずですよ、そこの第二席様が」
上座の男が、苦虫を百匹くらい嚙み潰したような顔でうなずいていた。
ちなみにこの上座の男、『神々の世界での第二席』と名乗ったから、かなり偉い神である。現実なら大企業の副社長といったところだろう。お目にかかる相手は偉くてもせいぜい支店長だった大輔にしてみれば、ずいぶん偉い人が出て来たなあ、という印象があった。
「構わなきゃいけない『小物』だったから、今こうやって慌ててるんでしょ?もっと現実見ましょうよ」
「お前らに指図されるいわれはない!」
「あなたの発言を遮らずに聞いてあげてるだけで、充分に尊重してますからね?」
感情的になって反発するだけのオッサンなんて、会議の邪魔なだけである。
それにしても遠藤さん、ツッコミの才能あるなあ。
「そもそも、第二席様以外が発言する意味って無いでしょ?」
大輔はとりあえず、邪魔なオッサンを無視する方針を伝えることにした。
「現在は第二席様から俺らへの説明をしているだけで、他の人の意見は聞かれていません。ですよね?」
「そうだな」
「なんだと貴様人間の」
「第二席様って偉いんでしょ?もうちょっと敬意を払ったらどうです?失礼な態度とってますよ」
上座にいるのがとても偉い神だというなら、意見を求められでもしない限り黙ってるべきでは。
「なんだと」
「これじゃあ駄女神の管理ができなかったも道理だなあ、と俺は納得しましたけどね」
「どういうことだ!」
第二席を名乗る上座の男に目を向けると、苦い顔でうなずいた。
「説明してみたまえ、怒ることはしないと約束する」
「ありがとうございます。ええとですね、今、そちらの人って、会議参加者とは思えないふるまいをしているんですよ。黙っているべき時に黙っていられず、感情的になって喚き散らすっていうね」
「なにをぬかs」
「ほら、説明が終わるまで黙って聞く事すらできない。
そういう態度ってね、あなたの上司や教育係が『あなたを躾けられなかった』て意味なんですよねー」
「あるいは、会社自体がマナーを守る文化を持っていない、という意味でもいいわね」
遠藤さんがわざとらしく大きなため息をついたのに、キレて喚いていたオッサンが拳を握った。
「うるせえ人間ごときが!」
そして殴り掛かってきたのを、座ったまま投げ飛ばしてるんですが。
「そろそろ、これを退場させる程度の常識を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
ひんやりした笑みに、第二席がむっとした表情を見せた。
「言葉が過ぎるぞ」
「部下の躾をしてからおっしゃっていただけます?」
「黙って聞いてやれば。付け上がるなよ」
「そっくりそのままお返ししますよ。あなたはしょせん、私に関係ないどこかの人に過ぎないんです」
「人と呼ぶか、我を」
「自称神様、って割といるからなあ」
大輔はここで茶々を入れてみた。
大輔と遠藤さんは日本にいる日本人である。
カルト教団も新興宗教もわっさり生えてくる日本で生まれ育った人間としては、神を名乗られても、ああそうふーん、にしかならないのである。
だいたい、
「神様を自称するのってたいてい、お近づきになりたくない人よねえ」
「だよねー」
そんな感じなのだし。
「神への敬意を持たぬのか」
「自称神様ですからねえ」
「そこの部下さんも、神様を名乗ってるカルト教団幹部だろうと言われたら納得できるダメっぷりだからねえ」
「人間ごときと一緒にするか!」
「え、人間にしか見えませんけど」
「神気が分からんのか!」
「神気ってあれでしょ、御神木とか神社の雰囲気でしょ?そんなのどこにもないでしょ」
ぶっちゃけ、ただのどこかの企業の会議室で、世俗にまみれたオッサンがグダってるだけである。
神気それナニ美味しいの?状態だ。神社のような静謐な空気はどこにもない。
「とりあえず、荒唐無稽な説明を長々と聞かされたので、手短に要約させてもらいました。と、今までのお話はそういう事でよろしいですね」
よろしくなくても構う必要はない。
もう、ここは強引に進めるべきだと大輔は判断していた。
「それで話を元に戻しますが、そのご説明の通りだとすると、管理教育の不行き届きについての話は、こちら側の『世界の管理者』とやらとしていただく必要があります。もちろん、我々被害者に対する弁償は別途請求させていただきます」
「たかだか人間ごときに、何の権利があるというのだ」
「あなた方の責任について問う権利を持たないからこそ、こちらの責任者とお話しくださいと言ってるんですよ。なんで我々『ごとき』を威圧して話を済ませようとしてるんです?」
「お前たちに責任を問われる必要はないと言っているのだ」
「だからそれを問える責任者を呼んで話をしてください、と言ってるんですよ」
「責任者を呼ばないのか、呼べないのか、それもはっきりさせていただきたいのですが?」
遠藤さんからの援護射撃が入った。
どうもこの第二席氏、下っ端に頭を下げたふりして誤魔化して終わらせたいらしい。
責任者が出てこない場で話を付けたことにして、あとで何か聞かれたら「お前んとこの担当者は良いって言ったんだぞ!」とゴネるタイプのオッサンである。
なんのことは無い、さっき遠藤さんに殴り掛かったオッサンと同類だ。
信用ならん。
「こちら側の責任者を呼べないのは、なぜですか?」
「お前らごときが知る必要はない」
「呼べない理由が無いなら、今すぐ、しかるべき担当者と話してくださいよ」
こうなったら、「いいから担当に話せよ」と言い続けるだけである。
大輔だって、だてに歳は食っていない。こういう場面で何か約束するほど若くもないんである。
「お前たちに言われる筋合いではない!」
「俺らは担当者じゃないんでー、これ以上のお話は伺えません―」
さてはて、この不毛な言い合いはいつまで続けるべきなのやら。
大輔が遠い目になりかけたところで、会議室のドアがバン!と派手に音を立てた。
「勝手な真似をしてくれたな?」
ずかずか入ってきた男を見て、第二席がすっと顔色を無くし、会議室に無駄に座っていたオッサンたちがガタガタっと席から腰を浮かした。
「そこの二人、粘ってくれて助かったぞ。これでこやつの思い通りにされていたら、我まで忙しくなるところであった」
新たに入ってきた男が、大輔と遠藤さんを見てそんな事を言った。
「どちらさまでしょう」
「こやつの上司だ。そなたらの世界の担当者は、そろそろこちらに来る」
「お名前とご所属を伺っても?」
「貴様、神の名を」
激昂して叫びかけたモブおっさんを、上司と名乗った男が片手をあげて制した。
叫び声を不自然に途切れさせたオッサンは、両手を喉に当てて驚愕の表情になっていた。
「我は……という」
音は聞こえたが、言葉としては聞き取れず、記憶にも残らない言葉だった。
「我々個人に対する補償の話は、あとでさせていただきますね」
グダってるオッサンに付き合う夢を見続けるのもストレスである。
さっさと席を立った大輔に、遠藤さんも頷いて、ふっと姿を消した。
さすが夢だなあ、と思いながら、大輔は何か言ってる男をガン無視して会議室を出た。
引っ掻き回された世界の住人としては、やらかした存在が責任取ってくれればいいですからね。