『プロローグ:神にも笑われて』
これは、世界に見捨てられ、神にすら笑われた男が──
自らの痛みを武器にして、異世界を生き抜く物語である。
異世界転生といえば、チート能力や英雄譚を思い浮かべるかもしれない。
けれどこの物語は、もっと下らない。
主人公は、最期の瞬間まで誰にも愛されず、
“窒息プレイ中に事故死”という、冗談みたいな理由で命を落とした哀れなマゾヒスト。
だがそんな彼だからこそ、この世界で“力”を得る──
「罵倒は祝福」「苦痛は快楽」「屈辱こそ栄光」
これは、“虐げられる才能”に目覚めた男の、ある意味で最強の異世界譚。
嘲笑と恥辱に塗れながら、それでも前を向く彼の生き様を、
どうか最後まで見届けていただきたい。
――死んだ、と思う。
最後の記憶は、扉の鍵をちゃんと閉めたか確認し、カーテンを引き、ベルトを首に巻いて――あとは……酸素が……足りな……。
……うん。完璧だった。
人生で初めての、そして最後のセルフ窒息プレイは、満点の仕上がりだった。
目覚めた時、まず感じたのは腹部への圧迫感。そして、視界の真上に、ありえないほど整った顔があった。
「ふーん……あんたが今回の“迷える魂”ってわけ?」
その声は、性別不明だった。声の高さは男に近く、口調は女めいていた。
顔立ちは美の極致を思わせたが、同時にどこか気味が悪い――いや、美しすぎて現実味がなかった。
その存在は、俺の腹の上に正座していた。スカートもズボンも履いていない。
ただ腰布のようなものを巻いているだけで、肌は半ば透き通ってすら見えた。
「え、えっと……ここ、どこ……?」
「問う前に恥じるべきじゃないかしら。“自慰中に自滅して異世界へ”なんて、なかなかの珍記録。正直、ダーウィン賞でも狙ってた?」
「うっ……」
死因、完全にバレてた。というか、見られてた。全部。あのときのあれも、あれも……!
羞恥にのたうち回りたい。でも腹の上に人がいる。というか、これが死後の裁き? 地獄?
「羞恥に震えて悦んでる……マゾなの? ほんとに?」
「うっ……(否定できない……!)」
美しい“それ”は、愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「なるほど、興味深いわね。あなたのような変態、いや、特異点は久しぶり。まさか、私の“嘲笑”が魂の燃料になるなんて」
くいっと腰を揺らされて、俺はまた無意味にビクッと震えた。
もういっそ殺してくれ、と思ったその時。
「よし、決めた。面白いから、もう一回チャンスをあげる。世界を変えて、命を与えて――。でも一つだけ条件をつけましょう」
「じ、条件……?」
「――次の人生、“羞恥”から逃げることは許さないわ」
その瞬間、虹のような瞳が爛々と輝き、指先が俺の額に触れた。
「ようこそ、異世界へ。名は要らないわ。あえて名乗るなら……そうね、エロスって呼ばれてるわ」
指が弾かれた。
視界が白に弾け飛び、次に俺が感じたのは――冷たい、鉄の床だった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
本作のプロローグでは、主人公が“最も惨めで情けない死に様”を経て、
それを嘲笑う存在──エロスとの邂逅を経て異世界へと転生するまでを描きました。
物語の語調はややコミカルですが、
核となるのは「虐げられることそのものが力になる」という倒錯的なテーマです。
いわば、“ダーウィン賞に選ばれたような男が、世界を変える力を手に入れる話”。
笑われながら、蔑まれながら、それでも生きる意味を探していく主人公を、
少しでも応援したくなるような物語にしていけたらと思っています。
次回、第一章『檻の中の目覚め』。
お楽しみに──。