Chapter9【帰還】
一行は再び、かつて通った道をたどり、魔王城を目指していた。
――蒼天を裂くような風が頬を打つ。
魔王ハル子たちは、俊足の魔獣ラプトルに乗って大地を駆けていた。
(ほんと、こいつ早いなーーー)
地を這うようなその走りに、ハル子は半ば呆れ、半ば感心しながら内心で呟く。
空ではアンドラスの使い魔である漆黒の伝令カラスが、風を切って飛び去っていった。
魔王の帰還は、すでに城へと知らされているようだった。
やがて、黒曜石のごとき荘厳な魔王城が遠景に姿を現し、その門前には黒煙を背景に無数の魔族たちが整列していた。
その中でもひときわ目立つ四つの影――
蛇髪の妖艶なるメデューサ、ベリアル。
鋼の牙と百獣を従えるヴァルフォレ。
死の香り漂う不死騎軍副軍団長リリス。
影より影を操る影偵軍団長、ビゼ。
彼女らが横一列に並び、跪くようにして声を揃えた。
「魔王様、お帰りなさいませ!」
それを受け、ラプトルからゆっくりと降り立ったハル子は、堂々たる姿で彼女らを見回すと、柔らかな笑みを浮かべて言い放った。
「うむ! お出迎え、ご苦労である」
ハル子は胸を張り、魔王としての風格を滲ませながら答える。その姿は、もはや異世界の
統治者としての貫禄に満ちていた。
ふと、ビゼが周囲を見回し、不思議そうに問いかける。
「ところで……後ろの黒いゴーレムと、あの修道女風の子は?」
「ああ、それは――」
ハル子が口を開きかけた瞬間、アンドラスが一歩前へ出て遮る。
「後ほど自己紹介と、ラ・ムウ様の封印についての報告、そして今後の方針をお伝えいたします。幹部会を開きますので、皆様、会議室までご同行ください」
その静かな声に、誰もが従い、魔王城の奥へと足を進めた。
【 幹部会室にて 】
重厚な黒曜石の扉が静かに閉じられると、魔王ハル子は玉座のような椅子に腰掛け、周囲を見渡した。居並ぶ幹部たちの顔ぶれは、前回と違い少し生き生きした感じが見受けられる。
「で、報告の前に聞いておこう。留守中、魔王城では何か変わったことはなかったか?」
そう切り出したハル子に、最初に応えたのはメデューサのベリアルだった。妖艶な姿に冷たい輝きを宿した瞳が印象的だ。
「ご報告いたします。ビゼの影偵軍の諜報によると、かつて帝国軍に占領されていた西の都市バスティーユと中央の都市ジェリャバにおいて、魔王様が帝国軍20万の大虐殺が伝わり……」
(大虐殺って・・・一つの魔法であんな人数が死ぬとは思ってなかったし・・・
・・・でもこれは夢だから・・・・そうしとくわ)
と自分で自分を慰めた。
そしてベリアルは一拍置き、声を低くする。
「ほとんどの帝国兵が、恐れをなして聖ルルイエ帝国へ逃亡しました。その隙を突き、我がゴーレム軍が魔王領中央都市ジェリャバを攻略。現在はゴーレムたちによる防衛体制を敷いております」
「ふむ……見事だ。的確な戦術だったな」
ハル子が頷くと、隣でヴァルフォレが不敵に笑みを浮かべた。百獣の王と謳われる彼女・・・いや彼は、しなやかな肢体を優雅に揺らしながら前へ出る。
「そうなの……それで私は百獣軍を引き連れて西のバスティーユを占領したわ♡ あ・た・しの勇姿、魔王様にも見せたかったわ♡」
相変わらずのオネエ口調・・・嫌ではない。むしろこういうキャラは好きである。
「おお、そうであったか! さすがは我が優秀なる配下たちよ!」
満面の笑みを浮かべてハル子が褒めると、ベリアルとヴァルフォレは感極まり、その場で涙ぐみながら抱き合った。
「魔王様に……褒められた……う、うれしい……!」
(え!?そんなに? 泣くほどか!?……)
ハル子は、ぽかんとしつつも、ふと思い出す。
(あー、そういや転生前の魔王って……。リヴァイアの時を一緒だ‥‥一言も褒め言葉を吐かない、ひきこもりニートだったな……)
だからこそ、この変化が彼女たちにとっては特別だったのだろう。
次に、執務服のような黒衣をまとったアンドラスが、厳粛な口調で進み出る。
「さて、続いては私からの報告です。ラ・ムウ様は古代の封印術により封じられておりました。我々の知識ではその解除は不可能……」
そして、隣に控えていた修道服を着た女の子へ手を向ける。
「そこに現れたのが、この御仁、ガーラ殿です。彼女はログエル王国の戦乱から逃れ、我々が保護いたしました。曰く、王国には千年を超えて生きるという大魔導士・マーリン殿が、古代封印術を解く鍵となる可能性があると」
「マーリン殿……その方が、封印を解けると……?」
リリスが震える声で問いかける。その目には、淡い希望の光が宿っていた。
「可能性がある――それだけです。しかし、今の我々には、その可能性に賭けるしか道はありません」とアンドラスが答える。
静まり返る場‥…その空気にはじけ飛ばすように
「とにかく、我々は行動あるのみだ!」
リヴァイアが大声で発し、場の士気が一気に高まる。
そしてアンドラスが続ける
「とにかく我々の今できる行動としては、現在、聖ルルイエ帝国に攻められているログエル王国の窮地を救い、その対価として大魔導士マーリン殿をお借りする。これが今、我々魔王軍の唯一打てる手なのです!」
アンドラスがそう締めくくると
「おお、やるぞ!」
「私も参加するわ!」
「ぼ、僕も……!」
声が次々に上がり、空気が熱を帯びていく。
アンドラスがその場を制し、明快な口調で続けた。
「それでは今より十日後を出立日と定めます! 軍の編成は以下の通り――
第一陣:リヴァイア様率いる飛竜軍2万
第二陣:リリス様率いる不死騎軍2万
第三陣:魔王様とビゼ様率いる影偵軍1万
計5万
ガーラ様には、第二陣に加わっていただきます」
「えっ……私は……」
ベリアルが不安げに口を開くと、アンドラスはきっぱりと言った。
「魔王領の要の中央都市ジェリャバの防衛を任されている貴女には、引き続きそちらをお願いしたい。守りを頼みます」
「私は……魔王様の盾、なのに……」
しょんぼりと肩を落とすベリアル。その姿に、ハル子はあわてて言葉をかけた。
「し、しっかり守ってくれたら……ご褒美、用意するから!」
「えっ、本当ですか!? やったああぁぁ!」
途端にパァァっと笑顔になり、尻尾を振るように喜ぶベリアル。
(……うん、単純な奴だな)
ハル子は内心苦笑いを浮かべた。
その時、ヴァルフォレが黒い巨体をじっと見つめながら問う。
「で、さっきからずっと黙って後ろに立ってるその黒いゴーレム……あれ、何なの?」
「……誘拐犯です」
即答するアンドラス。場が静まり返った。
「えっ……?」
皆が一斉に振り返ると、無機質な漆黒のロボットが音を立てて前に出た。
「私は、我が主、ガーラ様の護衛。命を懸けて、お守りする使命がある」
機械音混じりの声が低く響く。
「誰からの使命なんだよ、それ」
リヴァイアが疑いの目を向けると、漆黒のロボットは一言だけ答えた。
「私だ……」
「……はははっ! いいじゃねえか、ロボよ!ガーラ殿をしっかり守ってやるのだぞ!」
笑い飛ばすリヴァイアに、空気が再び和らいだ。
アンドラスが最後の指示を述べる。
「では、私が先にログエル王国へ向かい、魔王軍の使者として援軍の件を伝えてまいりまする。」
「うむ、頼んだぞ、アンドラス!」
ハル子は頼もしげに頷く。
「さあ、皆の者! まずはログエル王国へ支援軍を向ける! 出発は十日後だ! 準備を怠るな、よいな!」
「ははーっ!!」
幹部たちが一斉に頭を下げ、会議は幕を閉じた。
……が、魔王ハル子はふと思った。
「で、私は何を準備すればいいのだ……?」
途方に暮れるその背中には、どこか庶民的な哀愁が漂っていた――。
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