Chapter7【友】
ふと目を覚ますと、かすかに焚き火の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
ゆらゆらと揺れるオレンジ色の光が、冷えた空気をほんのりと温め、心までも穏やかに包み込んでくれる。
(ここは……)
ぼんやりと辺りを見回すと、そこは巨大昆虫との激闘の跡だった。
地面には戦いの痕跡が生々しく残り、焼けた草と土の匂いが混じっている。
ふと顔を上げると、夜空が一面に広がっていた。
夕暮れから夜へと移り変わる空は、赤紫に染まり、そのグラデーションが星々のきらめきをより一層引き立てていた。
その時、駆け寄る軽やかな足音。
リヴァイアが、涙ぐみそうな目でハル子を覗き込んだ。
「魔王様……お目覚めでございますか!」
彼女の声には安堵と喜びが滲んでいた。
続いて、後方からアンドラスも駆け寄る。
彼は地面に膝をつき、深々と頭を下げた。
「魔王様……このアンドラス、不甲斐なさの極み、申し訳ございません……!」
「どうしたんだ……?」
ハル子がかすれた声で尋ねたその時、焚き火の向こう側から、すらりとした影が近づいてきた。
長身、しなやかな肢体。
銀糸のような髪が、月光を浴びて神秘的な光を放つ。
端正な顔立ちには、知性と冷静さを宿した眼差し。
薄い眼鏡の奥から覗く瞳は、深い湖のような静謐さを湛えている。
まるで、少女漫画から抜け出してきたような、非現実的な美青年だった。
ハル子の胸は不覚にもドキリと高鳴った。
青年は静かに膝をつき、丁寧に礼を取った。
「私、蟲王ルイ・ド・ヴァロアと申します。
このたびは、我が子らを救っていただき、心より感謝申し上げます。
無礼の数々、どうかお許しを。以後、この恩、必ずやお返しいたします。」
深く頭を垂れるその姿に、ハル子も慌てて応じた。
「いや、我の方こそ……そなたの領域に無断で立ち入った。詫びるべきは我だ……」
互いに頭を下げ合う、微妙な空気。
それを破ったのは、明るい声だった。
「えー、お互い謝ってもしょうがないので、友達になりましょうよ!」
ぱたぱたと羽を震わせながら、メロが無邪気に笑った。
その後ろには、メラとメルも立ち並び、うんうんと頷いている。
「はっはっは、それもそうだな!」
リヴァイアが調子良く笑いながら言った。
「こんな頼もしいお方を友人に迎えられるなら、魔王様も大歓迎ですよね!」
(勝手に話を進めるなよ……)
と心の中で思いつつも、ハル子はふっと微笑み、
「うむ。ぜひ、友に。」
そう応じた。
「はっ、では――わが親愛なる友、ということで!」
ルイは優しく微笑みながら、手を差し伸べた。
その流れるような仕草に、ハル子の胸はまたもや高鳴る。
「今宵は祝いましょう。お酒を。」
ルイが楽しげに言った。
「はいっ!只今っ!」
メロは羽をばたばたさせながら飛び去った。
案内されるまま、魔王一行はルイの用意した宴席へと向かった。
草地に広げられたテーブル。
その周囲には、色とりどりの敷物が丁寧に敷かれ、焚き火と共に温かな光景を作り出している。
テーブルの上には、豪勢な果物、香ばしい肉料理、見たこともない珍味が並び、鼻をくすぐる芳しい香りが立ち込めていた。
やがて、メロが羽音を響かせながら戻ってきた。
「蟲王の森、特製の葡萄酒で~す!」
緑色の長身の美女、メルがそのボトルを受け取り、手際よく皆の杯に注いで回る。
ルイは高らかにグラスを掲げた。
「さあ、魔王ルシファー殿と私、蟲王ルイとは、今宵、親愛なる友となった。
共に助け合い、共にこの星を、そして愛する家族を守ろうではないか!」
透き通った声が、夜空へと吸い込まれていく。
続いて、彼はグラスを一気に飲み干した。
「我もまた、良き友を得た。」
魔王ハル子もグラスを掲げる。
「リヴァイア、アンドラスよ。我が魔王軍家臣一同、蟲王の助けとなり、共に力を合わせることを誓う!」
杯を鳴らし、皆で一気に飲み干した。
口の中に広がる濃厚な葡萄酒の芳醇さに、ハル子は思わず目を細めた。
(うまっ……今まで飲んだ中で一番かも……)
宴は和やかに進み、モイラ三姉妹も、リヴァイアもアンドラスも笑顔で盛り上がった。
「さあ、大したもてなしではないが、蟲王の森の馳走を存分に召し上がれ。」
ルイの声に促され、ハル子たちは次々に料理を口に運んだ。
(なにこれ……めっちゃおいしい……!)
森の食材をふんだんに使った料理はどれも絶品で、口に運ぶたびに驚きが広がる。
舌鼓を打ちながら、ハル子は満ち足りた気持ちで溜息をついた。
しばらくして、ルイがふと尋ねた。
「ルシファー殿は、カンチェンジュンガ山へ向かわれるとか?」
その問いかけに、ハル子は一瞬見とれてしまった。
さっと振り向くその顔――眩しすぎる。
「ああ。我の忠臣が一人、あの山に封印されている。解放のために向かう。」
ルイは頷き、少し考えた後、言った。
「そういえば、メロが飛行中、山頂付近に草一本も生えていない場所を見つけたそうです。そこには青く光る巨大な氷の石板があり、老人の姿をした者が封印されていたと言っておりました。」
「それです!」
リヴァイアが身を乗り出した。
「場所はご存じか?」
リヴァイアが力強く言った。
「ではメロに地図を描かせましょう。少々お待ちを。」
ルイは優しく微笑んだ。
「ありがとう。封印を解いた暁には、必ず礼をしよう」
ハル子が深く頭を下げると、ルイもまた静かに礼を返した。
ふと、ハル子は思い出した。
気絶する直前に見た、あの覆面の男のことを。
「あの……最後に一つ、尋ねたいのだが。」
「何なりと。」
「フードを被った男がいたはずだが……彼は?」
ルイは意外そうに眉をひそめた。
「え?彼はルシファー殿の部下ではないのですか?」
「いや……」
(助けてくれたし、もしかしたら秘密裏に送った魔王城からの護衛なのかな……?なにも言わず去ったのか…気にはなるが‥‥)
と思いなおし、ハル子は小さく首を振り、
「いや、忘れてくれ。」
とだけ言った。
ルイは静かに微笑み、「では、寝室を用意させましょう」と下がっていった。
翌朝――。
ひんやりとした朝靄の中、メロから手渡された地図を手に、魔王一行は出発した。
「それでは、お気をつけて」
登頂口まで出迎えにきてくれたルイが
眼鏡越しに優しく微笑む。その姿に、ハル子の胸は高鳴った。
(ああ……目の保養……)
深く礼を交わし、一行は山道へと足を踏み入れた。
歩きながら、ハル子は思った。
(この世界に来てから、男らしい男なんて久しく見てなかったな……魔王城には魔族ばっかりだし。アンドラスはペスト仮面だし、ヴァルフォレはおネエ系だし……)
そして、しばらく歩いた所で
リヴァイアが、珍しく不安げな顔で声をかけてきた。
「あの……魔王様?」
「どうした?」とハル子が聞き返した。
リヴァイアはもじもじとしながら
「あの・・・大変申し上げにくいのですが……その……魔王様は、男に興味がおありなのでしょうか……? 蟲王様に向ける視線が……」
リヴァイアは恥ずかしそうに目を伏せた。
「なっ……!」
ハル子は慌てた。これはこれからの魔王としての威厳にかかわる問題!
「断じて違う! 我は・・・・・・・・・女好きだ!」
大声を高らかに上げ、堂々と答えた。
しかし同時に
(いや、実際中身は女だけどなぁ……)
と自分にツッコミを入れていた…が
するとリヴァイアはほっと安堵し、ぱっと表情を明るくした。
「よかったです! 勘違いしてしまい、申し訳ありませんでした!」
(ふぅ……なんとかごまかせたか……でも、イケメンは忘れがたい……)
ハル子は心の中で小さくため息をついた。
地図を頼りに、やがて一行は山頂付近へたどり着いた。
あたり一帯は不気味なほどに無機質だった。
一面、灰色の岩と砂ばかりで、一本の草も生えていない。
そこに、蒼く透き通るような巨大な氷の石柱がそびえ立っていた。
高さはゆうに十メートルはあり、その中には――
「ラ・ムウ様……!」
リヴァイアが呟く。
石の中には、老人が大の字に固まったまま封じ込められていた。
そしてアンドラスが顔をしかめた。
「この一帯……ラ・ムウ様の強大な魔力が漏れ出している。だから、草木すら枯れているのか」
ハル子は尋ねた。
「この封印、解けるか?」
ハル子の問いに、アンドラスは悔しそうに首を振った。
「……無理、です。この封印、これまでのものとは格が違う」
「ラ・ムウ様ぁぁ!」
リヴァイアが叫び、剣を抜いて氷石を叩きつけた。
しかし、剣はただ鈍い音を立てるだけで、びくともしない。
そのときだった。
――ヴォォン――。
重低音の機械音が近づいてきた。
振り向いたハル子たちが見たものは――。
黒く、禍々しい人型ロボットだった。
高さ五メートルはあるだろう。鋭角的なデザイン、肩から煙を上げるジェットエンジン、そして血のように赤く輝く双眸。
冷たい赤い目が光り、鋼鉄の剣を両手に構えた。
(えっ!?なにこれ!?モビルスーツ!?ガンダム!?)
ハル子の頭が一瞬でパニックになる。
黒のロボットは剣を引き抜き、じりじりとこちらに詰め寄ってきた。
リヴァイアが剣を構え、叫ぶ。
「貴様、何者だ!」
しかし、ロボットは無言。
代わりに、背中のジェットが火を吹いた――!
「くるぞ!」
ハル子が叫ぶより早く、黒のロボットは剣を両手に持ち、爆発的な加速で突進してきた!
衝撃波が辺りを吹き飛ばし、砂塵が舞い上がる――!
※この作品は20話目あたりから急展開していくので、頑張って読んで頂けたら幸いです!
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