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Chapter6【三姉妹と蟲王】

森の奥深くへと一歩足を踏み入れた瞬間、世界が一変した。

そこはただの森林ではなかった。神秘に満ちた異空間──まるで誰かが意図的に作り上げた広大な庭園のような光景が広がっていた。


周囲を取り囲むのは、ざっと高さ50メートルはあろうかという巨木たち。どの樹も太く、重厚な幹から生命力を放っていた。

そして地面には、絨毯じゅうたんのように滑らかな緑の芝が一面に敷き詰められている。

柔らかな風が芝を撫で、さらさらと心地よい音をかなでていた。


そんな穏やかな景色の中、異様な存在感を放つ影が現れた。


──まず、真紅に輝く巨大なカブトムシ。

その体高は3メートルを優に超え、鋭い角を空に向けて威圧的に構えている。


次いで、鋭利な鎌を備えた緑色の巨大カマキリ。

堂々たる5メートルの体躯は見る者に恐怖すら覚えさせた。


そして最後に、1メートルを超える漆黒のスズメバチ。

その羽音は森の静寂を破り、不気味な振動となって肌を打つ。


三匹の昆虫たちは、こちらに向かってじりじりと距離を詰めてくる。

圧倒的な存在感に、思わず後ずさりしそうになる。


そんな中、赤いカブトムシが低く響く声で口を開いた。


「あんた達、ここが不可侵の『蟲王様ちゅうおうさまの森』だってこと、分かって入ってきたんだね?」


問いかけるその声音には、警戒と苛立ちが滲んでいた。

しかし、リヴァイアは微塵みじんも動じず、堂々と胸を張って答える。


「ああ。かたじけないが、通らせてもらうよ。」


その毅然きぜんとした態度に、魔王ハル子は内心で震えていた。


(うわぁ……昆虫って、でっかくなるとほんとキモい……)

首筋に嫌な寒気が走る。自然と背筋をすくめた。


すると、巨大カマキリが不敵に笑った。


「ふふふっ……通させるものか。」

「私たちは『蟲王様親衛隊』、モイラ三姉妹! 蟲王様の領域に入った者を、生きて返すわけにはいかないよ! さぁ、行くよ! メラ姉さん、メロ!」


言うや否や、鋭い鎌を振りかざしてリヴァイアに斬りかかった!


ガキン!


鋭い金属音が森に響き渡る。

リヴァイアは咄嗟とっさに剣を抜き、カマキリの鎌を受け止めた。剣と鎌が火花を散らして激突する。


「竜陣剣!」


リヴァイアの掛け声と共に、彼女の動きが一気に鋭さを増した。

剣が弧を描き、次々と攻撃を繰り出していく。


魔王ハル子はその戦いをぼんやりと見上げながら思った。


(リヴァイア一人で行けそうじゃん……)


三体の巨大昆虫との壮絶な戦いは、拮抗していた。

リヴァイアは空中に跳躍すると、すかさず呪文を唱える。


「ファイアーボール! トリプル!!」


彼女の掌から放たれた三つの炎球が、赤いカブトムシ、大カマキリ、巨大スズメバチへと一直線に飛び、次々と命中した。


ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!!


爆発と共に濛々(もうもう)と煙が立ち込め、視界が真っ白に染まる。


(すげー!!!魔法だぁぁぁ……)

魔王ハル子の目が少年のように輝いた。

(やっぱ、魔法は炎系だよね! 映えるな~!)


だが、次の瞬間、煙の中から新たな影が現れる。


──赤い髪をなびかせた、堂々たる女戦士。

バルキリーのような印象を与える彼女は、鍛え抜かれた肉体を誇示し、緑のマントと革の鎧を身にまとっていた。

胸元の装備ははち切れんばかりに盛り上がり、視線を逸らすのが難しいほどだった。


続いて現れたのは、緑の長髪を持つ長身の女性。

切れ長の目に、高貴な気品を纏った彼女は、西洋の貴族を思わせる白いブラウスと碧色のストール、そして優雅なロングスカートに身を包んでいた。


そして最後に姿を見せたのは、オレンジ色のカチューシャをつけた明るい雰囲気の少女。

短めのボブヘアに、黒とオレンジが交じった可愛らしい衣装。小さな羽根を背負っており、まるでスズメバチそのものだった。


魔王ハル子は目を見開く。


(えっ……人の姿に変身できるの!?)


隣で、アンドラスが冷静に解説する。


「あれは『インカネーション』という『擬人化』魔法です。魔力の高い者なら、大抵使える技です。──さぁ、あの姿で出てきた以上、今度は魔法戦になりますよ! 我々も参戦しましょう!」


慌てて、ハル子も戦闘準備に入った。


マントがふわりと舞い、目に宿る光が戦闘モードへと変わる。


再びリヴァイアが詠唱する。

「ファイアーボール!」


轟音と共に、燃え盛る火球が空を裂いて飛ぶ。


だが――


「シグマアタック、いくよ! メラ姉さま!」

緑髪の少女・メルが叫び、赤髪の女戦士・メラが跳び出す。


「リバース!」


赤髪の女戦士が前に飛び出し、迫りくる火球を受け止めた──かに見えた次の瞬間、火球は跳ね返り、こちらへと飛んできた!


「うわっ、マジかよ!」


ハル子・リヴァイア・アンドラスの三人は地面に飛び込むようにして回避。

だが油断する暇もなく、黄色い髪の少女メロが杖を掲げ、軽やかに唱える。


「メロ、行っきまーすっ☆ スロウっ!」


黄色い髪の少女が今度は自身の味方・メラへ向けて魔法弾を発射。

その瞬間、弾は不自然に軌道を変え、アンドラスの背中へ一直線。


「なっ!? ぐぅっ!」


スロウ弾が直撃し、アンドラスの動きが泥のように鈍くなる。


(えっ、あの魔法もわざと外して……反射した!? 天才すぎない!?)


「ぐぅっ……魔王様……動きを封じられました……」

と苦しげに呻くアンドラス。


冷静な戦闘解析をする暇もなく、次の攻撃が飛んできた。

緑髪のメルが笑いながら突っ込んでくる。

巨大鎌を大振りで振り下ろす……が、鎌の速度が尋常じゃない。


ギィンッ!!!!


ハル子はなんとか剣を交差して受け止めたが、腕が痺れるほどの衝撃。


(あっぶな! この子、馬鹿力じゃん!?)


間一髪で剣を交わすハル子。


(やばい……こいつら、息ピッタリだし、戦闘慣れしてる……!)


横目にリヴァイアが空へ飛び上がるのが見えた。


「バハムート様、お願いします!!」


バハムート召喚──稲妻のような裂け目が空を割り

伝説の竜が咆哮ほうこうと共に現れ降臨こうりんした。

そしてリヴァイアを背に乗せると


「インフェルノォ!!」と叫んだ


バハムートが放った巨大な火球は、赤髪の戦士メラへと向かった!

しかし――メラはよける仕草もなく、微動だにしない。


「……面白い。その巨大火球……そのまま返してやろう!」


メラは悠然と大の字になり、インフェルノを受け止めた。


ドゴォォォォン!!!!


衝撃が森を揺るがし、煙が立ち込める。


(やった……か!?)


と思ったのも刹那、インフェルノがバハムートへと跳ね返った!


バハムートが大きく目を見開いた。


「なっ……!!??」


反応する間もなく、己の放ったインフェルノがバハムートの胸元へ炸裂。


ドゴォォォォン!!!!


空が真っ白に染まる閃光。

爆風で森がなぎ倒され、地面がえぐれる。


リヴァイアの叫びが掻き消され、彼女の身体が空中を回転しながら吹き飛んでいく。


(まずい!!!)


ハル子は飛翔スキルを発動し、地面を蹴るように跳躍。

空中で落ちてくるリヴァイアをギリギリでキャッチした。


だが──その背後に忍び寄る影。

黄色い少女メロが無邪気に笑いながら、ハル子に近づく。


「ごめ~ん、刺しちゃった、てへっ♪」


チクリ。


痛みと共に、意識が闇に沈んだ。


ハル子はリヴァイアを抱えたまま、地面に倒れこんだのであった──。





――なんだろう……長い夢でも見ていたのかな。


そんなことをぼんやりと思いながら、ハル子はゆっくりと瞼を開いた。


しかし、目の前に広がるのは、現実とは思えない光景だった。

自分の体が、真っ白な糸にぐるぐる巻きにされ、ほとんど動かない。

まるで繭に閉じ込められたかのように、肌に食い込む圧迫感が重くのしかかっていた。


首だけは辛うじて動かせる。

ハル子はぎこちなく顔を右に向けた。


そこにはリヴァイアがいた。

彼女も同じように白い糸に包まれ、身動き一つ取れずにぐったりと倒れている。

その顔色は悪く、まだ意識を取り戻してはいないようだった。


左側にはアンドラスの姿。

彼もまた、同じ境遇にありながら、苦しげに体をもがいていた。

だが、スロウの魔法の影響か、喉からは声らしい声も出ない。


(これ……マジでやばいやつ……)


冷たい汗がじわりと背筋を伝い落ちる。

呼吸を整えようにも、体を締め付ける糸がそれすらも阻む。


そんな中、ハル子の視界に、それは現れた。


巨大な蜘蛛――いや、もはや怪物と呼ぶべき存在だった。

その体高は優に10メートルを超え、赤黒い外殻には、ところどころ淡い水色の紋様が浮かび上がっている。

それはまるで毒々しい花のようであり、同時に抗いがたい威圧感を放っていた。


挿絵(By みてみん)


ハル子の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。

息を呑み、身を縮めたその時だった。


「あなたたち……“蟲王の森”と知りながら、ここに入ったのでしょう?」


低く、響く声。

だが驚くべきことに、その声はどこか理知的で、紳士的な響きを持っていた。

まるで人間の王が臣下に語りかけるかのように、滑らかで、威厳に満ちていた。


「おそらく、死を覚悟してのことだと思いますが――」


巨大な蜘蛛は間を置き、さらに続ける。


「……何か、言い残すことはありますか?」


そのあまりにも完璧なイケボに、一瞬だけハル子の思考が停止した。

だが、すぐに首を振り、必死に声を絞り出す。


「い、いや……ただ、この森を通りたかっただけで……!」


情けない言い訳だった。

しかし、それ以外に言えることなどなかった。


巨大蜘蛛は、じっとハル子を見下ろした。

鋭い無数の目が、感情の読めない光を湛えている。


「人は……我々昆虫族を、忌み嫌っています。

 見るだけで害虫のように扱い、容赦なく殺してきた。

 だから私も、人を殺すのです。」


その言葉は静かだった。

激情ではない。

ただ、冷たく、理屈として語られたものだった。


(ぐっ……)


ハル子は言葉を失った。

反論できなかった。

あまりにも、正論だったから。


巨大蜘蛛が、一歩、こちらに近づく。

大地が震え、白い霧が舞い上がった。


次の瞬間――

太く、鋭利な右脚を高々と振り上げ、ハル子の胸を狙って振り下ろしてきた。


(ああ、終わった――)


ハル子は反射的に、ぎゅっと目を閉じた。


だが、その瞬間。


ガキィン!!!


鋭い金属音が森に響き渡った。


驚いて目を開けると、ハル子の視界に一人の影が飛び込んできた。

仮面をつけ、フードを深く被った人物。

その手には一本の長剣があり、巨大蜘蛛の攻撃を受け止めていた。


挿絵(By みてみん)


剣と巨大蜘蛛の脚がぶつかり合い、激しい火花が飛び散る。


「……誰?」


ハル子が小さく呟いた時だった。


後ろから、小さな影が駆け寄る。


「お父さん! ダメだよ!!

 この人たちは、私の命の恩人なんだ!!」


それは――

朝、助けたあの小さな蜘蛛だった。


巨大蜘蛛は、その声にぴたりと動きを止めた。

しばし沈黙した後、深く、低く呟いた。


「そうか……悪いことをしました。お許しください。」


その言葉とともに、ハル子たちを縛りつけていた糸がふわりとほどけていく。


(助かった……)


全身に広がる解放感。

しかし、拘束されていた時間があまりにも長かったせいか、力がまったく入らない。


糸が解かれた途端、ぐらりと体が傾ぐ。

視界が歪み、世界が暗転していく。


(……よかった……けど……)


そう思ったのを最後に、ハル子は意識を手放した。

静かに、深い闇へと沈んでいったのだ――




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