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Chapter54【真実】

ヒーリングジュースの小瓶が静かにハル子の手元に差し出された。ほのかに光を放つその液体は、まるで森の息吹を凝縮したかのような清らかな緑色をしていた。


「……ありがとう」


言葉少なに呟くと、ハル子は迷いなくそれを一息に飲み干した。途端に、彼女の全身を”淡い薄緑色のオーラ”が包み込む。まるで春の風が肌を撫でるような優しい波動が体内を巡り、先ほどまでの戦いで負った傷は見る見るうちに癒えていった。


その様子を、優しくも懐かしげな眼差しで見守っていたのは、一人の男だった。


「すまんかったな……ハルちゃん!」


にっこりと笑いかけるその顔には、どこか人懐こさと、深い罪の意識が入り混じっていた。松中副部長――ハル子がまだ“普通のOL”だった頃、日々を共に過ごした、転生前の知己(ちき)だった。


ハル子の眉がわずかに動く。


「なんなのか……呑み込めないんですけど……」


戸惑いを隠しきれないハル子に、伊勢はにやりと笑いながら、静かに胡坐(あぐら)をかいて彼女の前に座り込んだ。その動作は軽やかで、年齢を感じさせない。


「さて、ここいらでネタ晴らしでもするかのう」


火の粉一つない夜の空気が、妙に澄んでいる。遠くで虫の声が微かに聞こえ、周囲を囲う灯篭(とうろう)の揺らめきが二人の影を歪ませた。


「今から話すこと……たぶん信じられないと思うが……最後まで聞くのじゃぞ」


その声には、軽妙さの裏にどこか切迫した響きがあった。


 伊勢双水の声は、静かに、だが確かな重みを持って響いた。


「今から二十六年前のことだ……聖ルルイエ帝国の勇者ミカエル――その者の手によって、魔王軍四天王のひとり、鬼将(きしょう)アスタロトが討たれたのは知っておろう」


 その言葉に、向かい合って座っていたハル子は、小さく頷いた。眉根(まゆね)を寄せ、記憶の底にある伝承を手繰(たぐ)り寄せるように。


 伊勢双水は、まるで何かを決意したように、目を伏せて語りを続けた。


「……よし、それなら話そう。わしも、あの場に駆けつけたのだ――魔王軍四天王ベルゼブルとしてな」


 一瞬、空気が凍りついたような錯覚があった。ハル子の目が、驚愕と困惑に見開かれる。


「え……あなたが……ベルゼブル……?」


 言葉は途切れ、しばらく理解が追いつかないまま、彼女の脳裏は混乱の渦に巻き込まれていた。しかし、伊勢の眼差しに偽りはなかった。ハル子は、現実を無理やり呑み込んだ。


「わしが駆けつけた時、魔王とアスタロトはすでに事切れておった。魔王は()()()()()()()()()()し、アスタロトも数十分というところだった……」


 彼は懐から、月光に淡く輝くクリスタルを取り出すような仕草をした。


「そして私は、あの時……アルティメット魔法を発動したのだ」


 ハル子の喉がごくりと鳴る。


「え……アルティメット魔法……あなたが、三人目の使用者……なの?」


 彼女の声はかすれ、呟きとなった。伝説級の魔法――まさか、自分の目の前にいるこの老剣士が、それを操る者だったとは。


「わしのアルティメット魔法は《リインカルネイション》という。――()()1()()()()()であれば、魂を一度『ヘル』に送り、再びこの世に呼び戻すことが可能なのだ」


 伊勢の語りは、淡々としていながらも、どこか哀しみに濡れていた。


「だが、アスタロトは深手を負っていた。反対に、魔王ルシファーの肉体は比較的損傷が少なかった。だからわしは、アスタロトの意識の再転生先を、あえて魔王の体に指定したのだ――」


 ハル子の瞳が揺れた。


「……へえ。じゃあ、アスタロトの魂は……『ヘル』に行ったのね」


「その通りだ。そして……アスタロトの魂が『ヘル』に送られたのは、死後二十六分後のことだった。ゆえに、二十六年間――魂は『ヘル』の地で転生し、その長き年月を過ごさなければならない……そう…お前だ、池沢ハル子――となってな…」


 伊勢の言葉は、深い井戸の底から響いてくるようだった。


「……え……まって……私が……アスタロト……?」


 ハル子の脳内で何かが崩れ落ちていく音がした。世界が、色を失い、回転する。理解できない。けれど、否定もできない。なぜか、心の奥底で――その言葉に、懐かしさすら覚えてしまう自分がいる。


 伊勢双水は、さらに告げた。


「この魔法には副作用がある。――それを使えば、魂の回廊が一時的に開き、無作為に選ばれた二十六名が、この世界と『ヘル』、すなわち地球との間で……時空を超えて転生させられる」


「……え……二十六人も……巻き添えに……?」


 ハル子は顔面を蒼白(そうはく)にし、目を見開いた。世界の理が音を立てて崩れていく――

自分が誰なのか、今いる場所がどこなのか、すべてが揺らぎ始めていた。


 伊勢双水の目が細められた。その奥には、時空の彼方を見つめるような深い色があった。


「ああ……お前は地球からの転生者らしき者に、会ったことがあるだろう?」


 問いかけに、ハル子は軽く眉をひそめ、記憶の箱をそっと開く。


「はい……アレッサンドロ伯爵のナオヤさん……あと、服屋の店員だったアキヒトさんも……」


 名を口にするたびに、彼らの顔が脳裏に浮かぶ。不思議と、どこか地球とは違う「匂い」を持った人々だった。今思えば、その違和感こそが真実への道標(みちしるべ)だったのかもしれない。


 伊勢は、どこか物憂(ものう)げに、そして厳粛に語り始めた。


「その通りだ。この惑星から地球へ……時空を超えて、十数名の転生者が送り込まれている。そして彼らが、さまざまな時代において、アーサー王伝説や封神演義(ほうしんえんぎ)、天使と悪魔の物語、さらにはオーガ、オーク、ゴブリン、エルフといった種族のことまで、地球で語り、記し、後の世に残したのだ」


 ハル子は息を呑んだ。まるで、世界の裏側を覗き見てしまったような衝撃が、体を貫いた。


「え……じゃあ……私たちが地球で“学んだ”と思ってた神話や伝説は……全部、こっちの世界の記憶……?」


 言葉を選ぶように、彼女は静かに口にした。


「ああ、そうだ。すべてはこの惑星の出来事だ。転生者たちが、それを地球で“広めた”のさ……時空を超えてな」


 伊勢はそう言って、少し渋い顔をした。その表情には、長い年月の重みと複雑な想いが滲んでいた。


 ハル子は、しばらく黙り込んだ。そして、ぽつりと問いをこぼす。


「……この惑星……つまり、ここは……地球じゃないってこと?」


「ああ。ここは地球から約二十光年離れた星だ――『惑星グリーゼ』。銀河の片隅にあるが、かつて多くの命と神秘が交差した、もう一つの“現実”だよ」


 現実感が音を立てて崩れ、ハル子は額に手を当てた。


「なんか……頭が……混乱してきました……」


 思考の渦に呑まれかけたそのとき――


 カタリ、と優しい音が響いた。侍女風の若い使用人が静かに盆を差し出す。そこには、湯気の立ち上る茶と、繊細な和菓子が並べられていた。時間が止まっていたかのような空間に、現実の温もりが戻ってくる。


「お待たせしました。どうぞ」


 恭しく一礼した使用人が下がると、ハル子は湯飲みをそっと手に取った。湯気の向こうに、微かに懐かしい香りが立ちのぼる。


 一口――口の中に広がる渋みと柔らかな甘味。それは、遠く離れた故郷の、優しい記憶だった。


「……あ……美味しい……」


 微笑みがこぼれる。緊張に縛られていた顔が、ようやくほどけた。


「……久しぶりの、日本茶……」


 その呟きは、誰に向けたものでもなく、自分自身への小さな安らぎの証だった。

 けれど心の奥底では、さきほど明かされた真実が、まだ静かに(うごめ)いていた――。



 静まり返る空間に、伊勢双水の低く響く声が落ちた。


「さて……これより語るは、遥か昔の記憶だ。アルバス、お前から話すのだ」


 その声に応じるように、ガーラの背後に佇んでいた漆黒の機体――アルバスが静かに前へ進み出た。機構が擦れる音、関節が回転する微かな金属音が、室内の緊張を煽るように響く。


「……はい、ベルゼブル様。そして……魔王殿……」


 機械音の混ざるその声は、どこか哀しみを湛えていた。魂なき存在のはずなのに、語られる言葉には確かな重みと感情があった。


「すべてを、今、お話しいたします」


 アルバスはわずかに頭を下げ、そして語り出した。


「それは、今からおよそ――一万年以上も昔のことになります。宇宙をさまよう存在がおりました。名は、ハストゥール。機械生物――そう呼ばれる者です」


 語りの途中、ハル子は自然と息をのんでいた。古代の神話のようでいて、どこか現実の延長にあるような不思議な感覚が、心の奥をざわめかせる。


「彼は、幾多の星々を渡り歩き、この惑星――グリーゼに数百年滞在しました。目的は、自らの子を作ること……。しかし、機械の肉体に相応しい、しなやかで強靭な金属を見つけることができず、さらなる探索を続けたのです。そして、たどり着いたのが……“地球”でした」


 ハル子の目が見開かれた。


「地球……?」


「ええ。そこには、オリハルコン――理想的な金属が眠っていたのです。ハストゥールはその金属を使い、自らの子を創造する準備を本格化させました」


 アルバスは少し間を置いた。まるでその記憶を、ひとつひとつ慈しむように。


「地球には知的生命体の“地球人”がいました。彼らは当初、異形のハストゥールに警戒心を抱いていましたが、やがて――彼のもたらす知識と技術に魅了され、心を許し始めたのです。そして気づけば、彼を中心に栄える国家が築かれていた」


 その名を、アルバスは静かに告げた。


「その国家の名は――アトランティス。そう呼ばれることになります」


 ハル子の瞳が輝く。


「知ってる……アトランティス! 古代に沈んだ大陸の伝説よね? 文明がすごかったっていう……!」


 アルバスはわずかに頷き、話を続けた。


「その後、地球人の中には安住を望む者もいれば、未知を求めて旅立つ者も現れました。冒険の果てに、新たな大陸を発見し、そこに築かれたもう一つの巨大な文明国家……それが“帝国ムー”です」


「それも知ってる! ムー大陸ね!」

 ハル子は椅子から身を乗り出した。まるでパズルの欠片が次々とはまっていくような感覚だった。


「……ですが、それだけではありませんでした」


 アルバスの声に、再び緊張が走る。


「ハストゥールと同様に、宇宙をさまよう“異形の生物”が、もう一体、存在していたのです。だが、彼はハストゥールとは異なる。知的生命体が放つ“悪意”、“憎悪”、“悲しみ”――そういった負の感情を糧にする存在でした。いわば……あなた方でいう、“捕食者”のようなものです」


 言葉が重く、じわじわと空気を染めていく。


「その存在は、惑星を彷徨(さまよ)い……ついに、“地球”に辿り着きました」


 ハル子の肩がピクリと震えた。


「そのころ帝国ムーでは、大陸の覇権をめぐり、人々が争い、血を流していたのです。無数の憎しみと、怒りと、悲しみが渦巻く地――。その生物にとっては、まさに“理想の狩場”だったのでしょう」


「……え……その宇宙生物……憎悪とかを食するって……きもっ……」


 ハル子はぽつりと呟き、唇を噛んだ。想像もつかない古代の惨劇が、確かにあったのだという重みが胸に押し寄せる。


 部屋の片隅で、蝋燭の炎がゆらりと揺れた。それは、語られた“遠い過去”の記憶が、今もなおこの世界に息づいている証のようだった――。


 アルバスの機械音混じりの声が、しんと静まり返った室内に響いた。


「……その生物は、恐怖をもってムー帝国を掌握していきました。人々の憎しみと争いを(あお)り、従わせ、帝国を飲み込んだのです。そして……その存在は、自らを――『クトゥルフ』と名乗りました」


 ハル子は、唇に手を当てたまま絶句する。


「クトゥルフ……」


「クトゥルフに支配されたムー帝国は、次に隣国であるアトランティスへの侵攻を開始します。目的はただひとつ――さらなる争いを生み出すこと。人々の怒りと怨嗟の波動を、糧として貪るためです。こうして……地球の上で、アトランティスとムーとの壮絶な戦争が始まったのです」


「へえ……地球の一万年前に、そんな戦争が……」

 ハル子は呆然と呟いた。目に映るこの現実が、歴史書に載らない“真実”だということが、信じがたかった。


「アトランティスは科学と機構技術においてムーを大きく凌駕していました。当初、戦況はアトランティスに大きく傾いていたのです」


 だが――。


「クトゥルフの力は、ハストゥールの想定を遥かに上回っていた。まさに“神”のごとき力でした。戦況は逆転し、アトランティスは徐々に追い詰められていったのです」


 その時だった。


「クトゥルフに対抗するべく、ハストゥールは二体の決戦兵器を創造しました。ひとつはルベルス。そしてもうひとつが――この私、アルバスです」


 アルバスは静かに胸部のエンブレムに手を当てた。


「私は、試作機ルベルスをもとに完成された兵器でした。しかし……我らには致命的な欠点が存在したのです」


「欠点……?」

 ハル子が身を乗り出す。


「それは、“魔力”の問題です。我らの機能は、魔力を持つ者が直接その力を同調させることで最大限発揮される設計となっていた……。だが、地球は“魔法”という概念が成立しない”磁場”を持つ星だったのです。磁力は魔法の力を阻害してしまうのです。地球人は、魔力の素質を有しながら、それを発揮する術も場所もなかった…」


 アルバスの目――赤い瞳のような光が、ゆらりと揺れる。


「この事実を知ったハストゥールは、決断を下します。アトランティスが滅びる前に、最後の賭けに出たのです」


「……賭け? 一体なにを……?」

 ハル子の声がかすれた。


「アトランティスとムー……両大陸をそこに住む人々共々、時空を越えて“惑星グリーゼ”へと転送したのです」


 その場にいた全員が、言葉を失った。時が止まったような静寂。やがて、ハル子がぽつりと呟く。


「大陸ごと……? 転送って、そんな……」


「ええ。それを可能にした装置が、のちに“ピラミッド”と呼ばれる構造物でした」


 その言葉に、ハル子の記憶の奥が騒ぎ出す。


「……ピラミッド? エジプトの……?」


「そう。地球にも存在するそれと同様、こちらの世界にも作ってあったのだ。あれこそが、惑星間転送の“痕跡”なのです」


 ハル子は小さく頷いた。グリーゼに来てから、幾度か目にしていた石造りのピラミッド――あれがただの遺跡ではなく、はるか古代から続く壮大な運命の歯車だったとは……。


 お茶の湯気がまだ漂う部屋で、ハル子は湧き上がる感情の奔流(ほんりゅう)を抑えきれず、胸を押さえた。


「……そんな……こんな大きな話、信じろって言われても……」


「信じるかどうかではない。君はすでに――その運命の輪の中にいる」


 伊勢双水が静かにそう告げたとき、ハル子は確かに理解した。自分が“OL”だった時間は、もはや遠い過去の幻なのだということを。


 そして、アルバスの声がまた響いた。


「――この磁場のない惑星グリーゼに転生された地球人は、やがて自らが“魔法”を使えることに気づきました。それは新たな可能性であり、同時に……進化の始まりでもあったのです」


 ハル子は息を飲んだ。その目が、かつての地球での常識とは異なる世界の真実を受け止めようとしていた。


「魔法の力は、人々の魂の核――魔素(まそ)と深く結びついています。そして、長い年月をかけてこの惑星に順応した地球人たちは、魔力を可視化するような身体的変化を遂げていきました」


 アルバスの視線がハル子に向けられる。


「それが……髪の色に表れたのです」


 ハル子は小さく頷いた。


「……ああ、知ってます。白髪の人ほど魔力が強く、黒髪は魔力を持たないとされてる……この世界では、常識ですよね」


「その通りです。魔力の強さが視覚的に判断できるようになったのは、適応と進化の証でした。そして私は、ある目的のために……この“白髪”を持つ者を、長い年月をかけて探し続けてきました」


 アルバスの光眼が、やわらかくも真剣に細められる。


「数千年……私は待ち続けました。幾多の時代を見送り、文明の盛衰(せいすい)を目にしながら。全ては、ある人物を見つけ出すために」


 その視線の先にいたのは、畳の上に座る少女――ガーラだった。


「そして、ようやく……見つけたのです。ガーラ様、あなたこそが、私の探し求めていた存在なのです」


 突然の告白に、ガーラの肩がぴくりと震えた。


「……わ、私が……? な、なにそれ……私、ただの――」


「あなたは、ただの人間などではない。あなたは(いにしえ)の大魔導士を幾人も輩出した、あのハスター家の末裔の血筋であり、その魂には、特別な紋様(もんよう)が刻まれている。私は、それを視認(しにん)した……白銀の髪に、紅の瞳――この世における最高濃度の魔力を持つ頂点たる存在を」


 ガーラは戸惑い、困惑し、目を伏せた。その細い指が、膝の上でわずかに震えていた。


「そして私の使命は、ただひとつ――」




「クトゥルフを倒すことなのだ!」


 アルバスの言葉は冷たくも燃える炎のように静かな熱を帯びていた。


「奴は今、この世界で別の名を名乗っています……」




「そう『()()()()()()()()』と」


 その名が発せられた瞬間、ハル子の頭の中で、過去の断片が奔流(ほんりゅう)のようにつながっていった。


 地球で読んだ神話書、グリーゼで耳にした伝説、目にしてきた出来事、交わした言葉、不可解な出会い――すべてが、音を立てるようにぴたりと一つの形を成した。


 がちり、と心の中で音が鳴ったような感覚。


「……つながった……」


 ハル子はぽつりと呟いた。小さなその声は、誰にも向けたものではない。ただ、膨れ上がる真実の重みを、心に落とし込むための言葉だった。


 すべての謎が、ついに“ひとつ”になった――。


 静寂が支配する玉座の間に、ハル子の声が静かに響いた。


「つまり……私が“アスタロト”であり、途中、地球で“池沢ハル子”として26年を過ごし……そして再びこの世界に転生して、“魔王ルシファー”の身体に宿った……」


 その言葉を噛みしめたハル子であった…







すると、ふとハル子が何かを思い出したかのように話し出した。


「……つまり、つまるところ――私はずっと“アスタロト”だったってことなんだよね」


 伊勢双水とアルバスが、何も言わずにゆっくりと頷いた。その頷きには、長きにわたる真実への敬意と、宿命を受け入れる者への祈りのようなものがあった。


 ハル子はふと、眉をひそめる。


「……でもさ、その26年間……魔王ルシファーの身体はどうしてたの? ずっと部屋に閉じこもってたって話だったけど……幹部とは会ってたみたいだし」


 そのとき、不意に横から割って入るように声がした。


「それは……私が操作しておりました」


 アンドラスだった。鳥仮面の顔に、わずかに陰りを宿した瞳を向けてくる。


「私はベルゼブル様の副官として、あなた――魔王ルシファー様の座が空白にならぬよう、私の眷族(けんぞく)である“ゴースト”を憑依(ひょうい)させていたのです。……けれど会話をすれば、すぐに“別人”であることが露見する。だからこそ、軍幹部が訪れるたびに、私は……できるだけ口数少なく、早々に追い返しておりました」


 言いながら、アンドラスはまるで罪を悔いるように目を伏せた。


 その言葉を聞いた瞬間、ハル子の脳裏に、あの混乱の最初の日々がよみがえった――リヴァイアとの唐突な決闘、冷たい目、疑念と不安に満ちた視線の数々。


「……それが、あのときの……全部、そうだったんだ」


 呟きながら、ハル子の頬がわずかに引きつった。


「……あんた……最初から知ってたんじゃない!!!!」


 一気に吹き出す怒気(どき)。鋭い声に、アンドラスはぴくりと肩を震わせた。


「す、すみません……! でも、ああするしかなかったのです……あなたが戻るまでは……!」


 アンドラスはひれ伏すように頭を下げ、必死に詫びの言葉を重ねる。


 ハル子はしばらく睨みつけたまま無言だったが、やがてふう、と大きく息を吐いた。そして、視線を宙に投げるようにして言った。


「……まあ、もういいよ。私には“アスタロト”だった頃の記憶はないし、あるのは“池沢ハル子”としての人生だけ……それが私の“核”だと思ってる」


 言葉に迷いはなかった。かつての記憶はなくとも、今の自分の在り方を疑ってはいなかった。


「だから私は……私としてやるべきことをやる。それだけ」


 そして、(こぶし)をぎゅっと握りしめ、前を見据えて言い放つ。


「そう――」




「私のやるべき事は‥‥」



「“()()()()()()()()”を倒すことだ!」


 その瞳には、迷いも逃避(とうひ)もなかった。すべてを受け入れた者の、覚悟の光が宿っていた。



挿絵(By みてみん)



明かされた惑星『グリーゼ』の全貌

挿絵(By みてみん)

さあ、今までの事柄が・・・事態は急展開!

ハル子の使命!アスタロトとしての自分・・・そして


高評価なるものがあるそうなので、出来ればして頂けるとありがたいです!

さあ、物語はいよいよクライマックスに向けて流れます。

続きも宜しくお願いします!

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