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Chapter52.5【海獣退治】

 厚く垂れ込めていた雲がゆっくりと流れ、ようやく陽の光が地上を照らし始めた。

 ニタヴェリル共和国の空が、まるで長い眠りから目覚めたように、見違えるほど明るさを取り戻していた。


 その光の下で、魔王ハル子は次なる目的地――「トウキョウ」へ向かう手段を求め、共和国元首シド・レヴリーの執務室を訪れていた。


 「インペラトル皇国? それならば、このグランが艦長を務める船を手配するぞ」


 厳めしい見た目に反して、シドは意外にも穏やかな口調でそう言った。


 その隣に控えていた軍服姿の男――グラン・パド・ドゥも、明るく笑みを浮かべる。


 「我がニタヴェリル共和国とインペラトル皇国は、同盟国ですからね。向こうにもこちらから話を通しておきますよ」


 その言葉に、ハル子はほっと胸をで下ろした。だが、すぐに思い出したように口元を引き締める。


 「あの……その……魔王ってことは伏せておいてください……できれば、普通の…女の子ってことで……」


 おずおずと頼むハル子に、グランは破顔はがんしてうなずいた。


 「もちろん! お任せください、旅人ハル子一行として説明しよう」


 軽やかな返事に、ハル子はわずかに安堵の息を漏らした。


 「それで、その飛空艇とやらは……どこにあるんですか?」


 彼女が首をかしげて尋ねると、グランは手袋を外しながら説明を始めた。


 「我が軍船は、ここから南西に向かった先――都市ヴィルツにあるのです。だから貴殿らにも、そこまで同行していただければと……」


 「同行……ですか?」

 ハル子の脳裏には、馬車に揺られる長旅の情景が浮かぶ。


 だがグランは、胸を張って力強く言った。


 「ご安心を! ここ、ニタヴェリルの首都から都市ヴィルツまでは、汽車で繋がっております。乗ってるだけで到着しますから、快適そのものですよ!」


 「汽車!? な、なんて進んでるの、この国!!」


 異世界のはずなのに、日本顔負けのインフラに、ハル子は目を見開いて叫んだ。


 その驚きように、グランも思わず吹き出す。


 こうして、魔王ハル子とその一行は、汽車に乗り込み、次なる舞台――都市ヴィルツへと向かうことになったのだった。



挿絵(By みてみん)



汽車での旅は、まるで夢の中を走っているかのように快適そのものであった。


長い列車の車体は、ひと時代前の高級列車を思わせる重厚な木製で作られており、木目の美しい壁や天井が、どこかノスタルジックな温もりを感じさせた。とりわけ貴賓車両きひんしゃりょうは別格で、まるで異国の後宮を模したような艶やかさが漂っていた。厚手のビロードで覆われたソファは深く、柔らかく、乗る者の体を優しく包み込む。磨き抜かれた窓からは陽光が射し込み、きらめく景色がスクリーンのように流れていった。


外では、ニタヴェリル共和国の大地が春の陽射しに照らされ、どこまでも明るく広がっていた。草原には野の花が咲き乱れ、まるで日光に後押しされるように色彩を増していた。花々の香りすら風に乗って届いてくるようで、空気そのものが甘く、どこか現実離れした光景だった。


そんな眩い旅路の果てに、列車は静かに都市ヴィルツへと滑り込んだ。


ヴィルツは海に面した港町であり、空気には塩の香りが色濃く漂っていた。潮風は絶えず街を撫で、石畳の路地には歴史を刻んだ建物が立ち並ぶ。だが、不思議な違和感があった。活気ある港町にしては、どこにも魚市場の姿がなく、海鮮を扱う店が一軒も見当たらなかったのだ。


「港町なのに、海鮮料理を扱う店がないのだな」


リヴァイアがふと口にすると、同行していた艦長グランが眉をひそめて答えた。


「このニタヴェリル共和国には、湾岸都市としてヴィルツと、もう一つバールという都市がある。しかしな……」


彼の目が、遠い海の彼方を見つめるように細められた。


「このバルト海域は、海底の複雑に隆起した地形のせいで、巨大な渦潮うずしおが常にいくつも発生しておる。いかなる船であろうと、あの渦には太刀打ちできんのじゃ。船を出せば、ひとたまりもない」


挿絵(By みてみん)


風の音が一瞬、ぴたりと止んだかのようだった。


「そして、さらに厄介なことに――この海域には『海獣かいじゅうアルバ』が棲み着いておる……」


グランは声を潜めるように続けた。


その名が出た瞬間、どこか空気が凍りついたように感じた。魔王一行たちの表情に緊張が走り、遠くでカモメの鳴く声だけが響いた。


それを聞いて、ハル子はしばし思案した末、静かに口を開いた。


「あの……もしよければ、私に試させてもらってもいいですか?」


言葉こそ穏やかだったが、その瞳には確かな決意が宿っていた。


「え? なにをだ?」


グランが目を丸くして聞き返した。


彼女はまっすぐ彼を見つめながら、もう一度、はっきりとした声で答えた。


「――この海を、取り戻す方法を」


(実は…このメギンギョルズを試したいだけなんだけどね)

とハル子の心ではその本音が呟いた。


 「まあ、見ていて!」


 晴れやかな声とともに、ハル子はピンク色の指輪にそっと手をかざした。その仕草は、どこか神聖な儀式を思わせる。刹那——彼女の指から指輪が外された瞬間、世界が変貌する。


 まばゆい閃光が周囲を包み込み、風が逆巻いた。衣服が裂ける音とともに、その身体が闇の力に包まれていく。やがて光が収まると、そこにはもはや“人間”の姿ではない者が立っていた。


 漆黒の鎧をまとい、鋭く伸びた双角。その瞳は深紅しんくに燃え、魔王としての威容をまとっていた。


 魔王ハル子——その真の姿である。


 彼女はゆっくりと宙を仰ぎ、静かにひとこと呟いた。


 「……飛翔」


 次の瞬間、足元から放たれた衝撃波が石畳を割り、彼女の身体は音を置き去りにして漆黒の翼をたなびかせながら、空へと舞い上がった。南方、荒れ狂う海原の彼方へと。


 魔王一行とグラン・パド・ドゥはその気迫に圧倒されながらも、急ぎ足で港へと続く堤防へ向かった。堤防の先端に立つと、そこからはうねるように荒れた海が広がっていた。


 「これは……!」


 誰かが息を呑んだ。視界の先には、海面を引き裂くようにいくつもの巨大な渦潮が狂ったように渦を巻いていた。あまりの規模に、波の音すら地鳴りのように響く。


 (なるほど……この渦潮群うずしおぐん。これでは船など通れるはずがないわ)


 上空からそれを見下ろした魔王ハル子は、冷静に状況を把握していた。渦潮の中心、そこには海流を狂わせる“何か”の存在を感じ取っていた。


 そして彼女は、静かにその名を告げる。


 「オメガアタック——」


 その言葉とともに、彼女の全身を赤黒いオーラが包み込んだ。轟音のようなうねりが空気を裂き、異界の魔力が濃縮されていく。空気が歪み、地上にいる者たちすら息をするのが困難になるほどの威圧感。


 堤防でそれを見上げていた一行も、言葉を失った。


 「こ……これが……魔王の力か……」


 グランは目を見開き、膝を震わせながら呟く。彼の顔からは血の気が引き、ただただ圧倒されるばかりだった。


 そして——魔王ハル子はその拳を高々と振り上げた。


 「はぁあああああああああああああ!!!」


 怒号とともに振り下ろされた拳。その風圧だけで大気が裂け、空間すら震えた。拳が放った衝撃波が一直線に海へと突き刺さり——


 ドゴォーーーーーーーーーーンッ!!


 まるで世界が軋むような大爆音。海が隆起りゅうきし、広がる波紋は高波となって四方へと押し寄せた。揺れる海面に、巨大な力の余波が明確に刻まれていく。


 プシューーーーーーーーー……


 白い泡が、海のあちこちからボコボコと噴き上がる。その様は、まるで深海そのものが目を覚ましたかのようであった。


 そして——先ほどまで荒れ狂っていた巨大な渦潮は、跡形もなく消え失せていた。


 「う、うそ……魔王様……」


 海の異変に気づいたリヴァイアが、呆然とした声を漏らす。


 「拳の風圧で……衝撃波で海底の地形を平らにするなんて……」


 周囲の仲間たちも、声を発することすら忘れていた。ガーラも、アンドラスも、その場に立ち尽くすしかなかった。そして——


 「う、うぁああっ……!」


 グラン・パド・ドゥはその場に崩れ落ち、腰を抜かしていた。震える手で海を指しながら、うわごとのように繰り返す。


 「化け物だ……いや、神か……いや、それ以上だ……!」


 眼前で起きたのは、もはや自然の摂理を超えた力の発露——それは確かに、「魔王」と呼ばれる存在の本質そのものだった。


青く澄み渡った空の高みで、魔王ハル子は小さくガッツポーズを決めた。

風がその漆黒のマントをなびかせ、真紅の双眸そうぼうがきらめく。


「やった……!」


彼女は空中に浮かびながら、堤防の上に集まっている仲間たちへと手を振った。

リヴァイア、アンドラス、そしてガーラらが手を振り返し、その成し遂げた功績を喜んでいる。

その光景は、確かな絆の証にの様に思えた。


だが、その光景は彼らだけのものではなかった。


ふと背後を振り返ると、ハル子の眼下――都市ヴィルツの広場には、すでに黒山の人だかりができていた。

人々は建物の屋根や通りから空を見上げ、歓声をあげていた。


「見て! あれは……救世主様だ!」

「違うさ。この国の空を晴らしてくれた、魔王様だよ」

「おお、神よ……なんととうときお方か!」


感嘆かんたん畏敬いけい、そして希望に満ちた声が次々と湧き上がる。

街に響くその声の波は、まるでハル子を称える讃美歌のようだった。


そんな人々の熱気に照れくささを覚えたのか、魔王ハル子は空中でそわそわと身じろぎした。


――しかし、その和やかな空気は、突如として破られることになる。


「……あれは、なんだ?」


リヴァイアが堤防から港の方角を指さした。


次の瞬間――


カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン!


重く鋭い鐘の音が、港に隣接する塔から街中に鳴り響いた。

それは、平時には決して鳴らされることのない、非常警報だった。


「……海獣アルバだ」


グラン・パド・ドゥが冷や汗を浮かべながら呟いた。

その顔には、明らかな恐れの色が浮かんでいた。


「渦潮がなくなったことで、奴が海の結界を越えて入り込んできたんだ……まずいぞ……!」


彼の焦りに、リヴァイアが眉をひそめる。


「何がまずい? ただの海の怪物だろう」


グランは、拳を握りしめ、苦々しげに語る。


「アルバは、かつて一つの港町を――丸ごと沈めたことがある。

このヴィルツは、天然の渦潮に守られていたが……それが今は消えた。

奴にとって、ここはただの『無防備な餌場えさば』になったのじゃ……」


空気が一気に張り詰めた。

その沈黙を破ったのは、アンドラスだった。


「それならば――魔王様にガツンと、一発ぶち込んでもらいましょう」


きっぱりと、まるで当然のように言い放つ。


「えっ!?」

グランは目を丸くして言葉を詰まらせた。


「以前、魔王様は一撃でアルバを撃退したことがあるのです」

アンドラスが落ち着いた口調で続ける。


それを聞いた一同は驚きと共に、上空の魔王へと視線を向けた。

黒い鎧に包まれたその姿は、まさにこの世界の希望の象徴のように空にそびえていた――


「魔王様!!!!! アルバを退けて下さい!!!」

堤防の上から、リヴァイアの声が鋭く突き刺さるように響いた。


吹き荒れる潮風の中、ハル子はその言葉を静かに受け止めた。

そして、一度だけうなずく。瞳の奥には、誰にも揺るがせぬ決意が灯っていた。


彼女の体がふわりと宙に浮かぶ。

漆黒のマントが風に翻り、魔力の気流が周囲の空気を振るわせた。

蒼穹そうきゅうを駆け、赤き双眸そうぼうの魔王は巨大海獣アルバの上空——

その頭頂、まさに頂の一点を目がけて一直線に飛翔した。


ハル子の唇が、静かに開かれる。


「……オメガアタック。」


次の瞬間、彼女の体を紅蓮ぐれんのオーラが包み込んだ。

腰に巻かれた《メギンギョルズ》が深紅の光を放ち、空気が震える。

そして彼女は、一旦さらに上昇した


——助走のために。


高く、高く。そして――


「うおおおおおおおおおおおおっ!!」


怒涛どとう咆哮ほうこうとともに、魔王ハル子が急降下する。

その拳は燃え立つ彗星のように空を裂き、海獣アルバの頭部めがけて一直線に――


ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!


音が、世界を裂いた。

まるで空と海が入れ替わったかのような衝撃が大地にまで伝わり、

波が荒れ狂い、海面が泡立ち、天まで届く水柱が立ち昇る。


ハル子の拳には、《メギンギョルズ》の加護が宿っていた。

その力は、通常の三十倍にも達する破壊の極み。

全身の魔力を注ぎ込んだ、渾身の一撃だった。


――そして。


ギャアアアアアアアーー


体長五百メートルにも及ぶ海獣アルバが雄叫びと共に、のたうつ。

その巨体が水面を割り、巨浪が湾岸を洗い、世界が一瞬沈黙に包まれた。


やがて――

アルバの体が、あおむけになって浮かび上がった。

まるで魂が抜けたかのように、巨躯きょくが静かに波間にたゆたう。


「やった……!」


最初に声を上げたのは、誰だったろうか。

気づけば都市ヴィルツの海岸は、歓喜の絶叫に包まれていた。


「わああああああああああああああああっ!!!」

人々が手を取り合い、叫び、抱き合い、涙を流しながら笑っていた。


「へ……うそ? まさか……あのアルバが、倒されるなんて……」

堤防の上で、アンドラスがへなへなとその場に腰を下ろす。


「魔王様! 素敵です!!!」

リヴァイアの瞳は、星のように輝いていた。尊敬と、どこかあわい恋心がその奥に宿っている。


「まさに神の域です……」

と、ガーラが呟いた。彼女の声は震えていたが、その視線は一片の曇りもない純然じゅんぜんたる敬意に満ちていた。


上空にたたずむ魔王ハル子。

夕陽に照らされたその姿は、まさに神話の一頁のようだった。

彼女は人々の視線を浴び、思わず頬を染めてしまう。


(まさか……あのアルバが一撃で……これ、メギンギョルズ強すぎでしょ……!この力があればミカエルさえも…)


心の中でつぶやきながら、彼女は腰に巻かれた魔道具をそっとでた。

風が頬を撫で、空は茜色に染まりゆく。

魔王の眼前には、静かに揺れる海と、沈みゆく太陽。


その日、魔王ハル子は、神話になった――









その夜、都市ヴィルツはまるで夢のような熱気に包まれていた。市民総出で開かれた祝祭――その名も、


「海獣アルバ料理祭」


静かな波打ち際に横たえられた巨大な海獣アルバの一部はすでに丁寧に解体され、街の広場には無数の屋台が立ち並んでいた。香ばしい湯気ゆげとともに立ちのぼる煙が夜空を漂い、香辛料や炭火すみびの匂いが鼻腔をくすぐる。


広場の中央、白いクロスのかけられた数百の円卓が並ぶ中、ひときわ大きな特等席には、魔王ハル子とその一行がゆったりと腰を下ろしていた。


ハル子は静かに、左手のピンク色の指輪をいじりながら、周囲の喧騒けんそうを微笑みとともに見つめていた。市民たちの歓声が絶え間なく響き渡り、笑顔が火の灯りの中できらめく。


そこへ、屋台から料理が次々と運び込まれてくる。


まずは**「アルバの天ぷら」**。

衣は薄く黄金色に揚げられ、ひと噛みすればサクッと音が立つ。中からはしっとりとした白身が顔を覗かせ、舌の上でふわりととろけていく。香りは上品で、レモンを一滴垂らすと海の香がより一層引き立つ。


続いて**「アルバの刺身」**。

透き通るほど瑞々しい切り身が陶器の皿に整然と並べられ、表面にはきらめく脂が細い線を引いている。口に入れた瞬間、とろけるような食感とともに濃厚な旨味がじんわりと広がり、鼻に抜けるのはほのかないその香り。


「これは……マグロの大トロ……いや、違う……でもこの味、間違いない……」


ハル子は目を細め、舌の上に意識を集中させる。そして確信したように笑みを浮かべる。


「そう、『のどぐろ』に近いな。アルバ……まじで旨いんですけど!」


続いて**「アルバの竜田揚げ」と「アルバのステーキ」**が運ばれる。

竜田揚げは香ばしい醤油ダレにじっくり漬け込まれ、外はカリッと、中はジューシー。熱々の肉汁が噛むたびに弾け、ビールとの相性は抜群だ。


ステーキは赤身と脂身のバランスが絶妙で、焼き加減は見事なミディアムレア。ナイフを入れると、ほんのり赤い肉汁が流れ出し、噛めば噛むほど旨味うまみがあふれ出す。


ワインとビールがグラスに注がれる音が、まるでこの夜の祝福を告げる鐘のように響いた。陽気な笑い声と共に、何度も何度も乾杯の音が空へ舞い上がっていく。


「かんぱーい!」

「魔王様に、感謝を!」


グラスとグラスが軽やかに触れ合い、その澄んだ音が輪となって広がっていく。焚き火のあかりに照らされた顔はどれも笑顔に満ち、酔いの熱と幸せの熱気が夜風とともにゆらゆらと舞った。


魔王ハル子のもとへは、街のあちこちから市民たちが次々と集まり、祝福と感謝の言葉を惜しみなく捧げていく。


「魔王様……ありがとう……」

「救世主よ……ありがとう!」


年老いた婦人は手を合わせ、幼い子どもは両手いっぱいに花を抱えて駆け寄り、若者たちは誇らしげに胸を張って声をかけてくる。ハル子はそのひとつひとつに丁寧に微笑みを返し、照れくさそうにグラスを持ち上げた。


「もう、こうなったら……飲むしかないね!」


心の中でぽつりと呟いたその頃には、すでにグラスは三度目の乾杯を終えていた。頬がほんのりとあかに染まり、胸元のピンクの指輪が酒精しゅせいに照らされて淡くきらめく。


周囲の屋台からは、炭火の香ばしい匂い、バターの溶ける音、香辛料の刺激的な香りが次々と押し寄せてくる。甘い香りのする果実酒、油の弾ける音、皮ごと焼かれた香草こうそうの香りに、誰もが酔いしれ、時を忘れていた。


祭りの夜は、終わる気配すら見せなかった。


笑いが絶えず、音楽が途切れることなく続き、星が何度めぐっても、その宴は燃えるような命を宿していた。誰かが歌い出せば、隣の誰かがそれに続き、踊りが輪になって広がってゆく。


そして、気がつけば空の端に、淡い紅が差し始めていた。


――祭りの夜は、笑いと音楽と、香ばしい料理の匂いに包まれながら、深夜を越え、

朝日が顔を出すその瞬間まで、尽きることなく続いていったのだった。


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