Chapter52【晴天】
シドの家に備え付けられた通信機の前に立ち、ハル子は指先で慎重に周波を合わせた。ノイズ混じりの音が耳に届き、やがて安定した信号が接続される。
彼女の目的は…
レオグランス王国にいる飛竜のリヴァイアと、新たに四天王に加わったガーラを、遥か北方のニタヴェリル共和国へと呼び寄せることだった。
通信機越しの声にふたりが応じたのを確認すると、ハル子はそっと息をついた。
通信機の横には、シドの愛した妻の自画像が飾られていた…
(これが…シドの愛していた人…きれいな人…)
ハル子はその顔を脳裏に焼き付けた…
さて、ガーラやリヴァイアらが到着するには時間がかかる。王国から共和国までは、決して近い距離ではない。こうして、ハル子は約二週間、ニタヴェリルの街で時を過ごすことになった。
その間に、彼女はまるで古くからそこに住んでいるかのように街に馴染んでいった。小さな市場の露店では商人たちが笑顔で声をかけ、通りを歩けば子どもたちが駆け寄ってくる。「ハル子さん!」と呼ばれ、振り返れば手を振る市民たち――その光景は、彼女がこの地に愛されている証だった。
だが、ひとつだけ不満があった。ニタヴェリル共和国の空は、厚い灰色の雲に永遠に覆われているかのようだった。太陽の光は一度としてその姿を見せず、風が吹いても雲は割れることはなかった。明るく照らす陽の温もりを肌に感じることはなく、どこか幻想めいたこの国の空気が、ハル子にとってはほんの少しだけ、寂しくもあった。
そんなある日、ようやくその時が来た。リヴァイアとガーラが到着するとの報せを受け、ハル子はアンドラスを伴って飛空艇発着所へと足を運んだ。空を切り裂くように巨大な飛空艇がゆっくりと降下し、錆びた鋼鉄のランプが唸り声のような音を立てて着地する。
艦の扉がゆっくりと開き、冷たい蒸気とともに二人の姿が現れる。その瞬間、飛竜のリヴァイアは満面の笑みで叫んだ。
「魔王様!!! お久しぶりです!!!」
その大声に、周囲の人々が一斉にこちらを振り向く。ハル子は素早く指を唇にあて、目で「静かに」と告げた。
「しーーーーーーー……」
リヴァイアは気まずそうに頭をかきながら、声を潜めて言った。
「失敬……では、なんとお呼びすれば……?」
ハル子は一瞬ためらい、頬を赤らめながら小さな声で答えた。
「は……ハル子で……」
その答えに、リヴァイアは首をかしげつつも、笑いを含んだ声で言った。
「前回が“ハル”で今回は“ハル子”……少し安易では?」
ハル子はふくれっ面で肩をすくめる。そんなやり取りを、少し離れたところで見ていたガーラが、柔らかく微笑んだ。いつも沈着冷静な彼女にも、ほんの一瞬だけ柔らかい春風のような空気が漂う。
「さあ、お前たちに見せたいものがあるの!」
ハル子は二人を見て、声を弾ませた。
「強化武具がついに完成したのよ。ぜひ、装着してもらいたいんだ!」
「おおおお! それは楽しみだ!」と、リヴァイアは興奮した様子で頷いた。
「それは……楽しみです!」と、ガーラも静かにその喜びを表した。
一行は、ニタヴェリル共和国の中心部に位置する、奇抜で巨大なドーム型の建物へと足を運んだ。そこが、この国の元首でありドワーフのシド・レヴリーの住居兼工房だった。
周囲の家屋がどれも背の低い石造りで整然と並んでいる中、その建物は明らかに異彩を放っていた。ドームの外壁は金属で補強され、いたるところにリベットとパイプが走っている。さらに屋根からは三本の太い煙突が突き出ており、絶えず蒸気混じりの白煙を空へと吐き出していた。
そして、ドームの中央部には特に異様な構造物がそびえ立っていた。まるで空を貫こうとする巨大なバネのように、太い金属が螺旋状に巻き上がっており、その頂には何かを発射するような機構が設けられている。未知の技術と創造性の塊のようなその姿に、初めて訪れた者は誰もが息を呑む。
建物の正面、すなわち工房の入口は、大きく開け放たれていた。中からは金属を打つ音、スチームの吹き出す音、そして時折何かが爆発するような音までもが漏れてくる。その中で、ひときわ騒がしく立ち回っていた人物がいた。
「おおお、来たか!」
溶接用の面を跳ね上げたシド・レヴリーが、顔を煤で黒く染めたまま、工具を片手に一行に駆け寄ってきた。瞳は光を宿し、興奮気味な笑みを浮かべている。
リヴァイアの後ろで、アルバスが静かに佇んでいた。漆黒の装甲に包まれたそのロボットの姿は、工房の中にあってすら異物感を放っている。鋭く洗練されたデザイン、巨大なフレーム、そしてどこか生き物のような“気配”――それにシドは思わず目を奪われた。
「す……すごいな……この機械は……」
シドが思わず声を漏らし、無意識のうちにアルバスの外殻に手を伸ばした。
「……あの……こそばゆいです……」
突然、機械音を帯びた声が辺りに響いた。どこからかではなく、アルバス自身の口から。
「うおっ!? 喋った!? 中に人が乗ってるのか!?」
シドは驚きに目を見開き、身を引いた。
「いや……こいつ自身に意思が備わってるんだ」
リヴァイアが静かに言う。彼女の声には誇りと敬意があった。
「へえ……これは凄い……」
シドは目を輝かせながら、アルバスを仰ぎ見た。
「ただの機械じゃない……これは魂を持った“鋼の戦士”だな」
彼の声には、発明家としての純粋な感動がこもっていた。
その瞬間、工房に満ちていたスチームの音が静まり返ったかのように、そこには人間と機械の垣根を越えた、新たな“出会い”の空気が流れていた。
「さあ、奥へ!」
シドが勢いよく手を振り、油と火薬の香りが混ざる工房の奥へと案内した。重厚な鉄扉を押し開けると、そこはまるで異世界の一角だった。
壁一面に歯車と配線が張り巡らされ、天井からは無数のコードやランプがぶら下がっている。室内の中央には巨大な金属製の作業台があり、その傍らには、あの大男が腕組みをして立っていた。
「おおお! よく来たな!」
筋骨隆々の飛空艇乗りの機械技師、グラン・パド・ドゥ――かつてハル子と腕相撲で対決したこともある男だ。満面の笑みで出迎えながら、無骨な指で手を差し出した。
「こいつは機械技師でな。お前の“喋る機械”に、この装置を取り付けるために呼んだのだ」
そう言って、シドが見せたのは、赤く脈打つように光を放つ小型の機械部品だった。複雑な紋様が表面に刻まれ、ただの部品というより、なにかの“核”のような神秘的な存在感を放っている。
「おう!任せとけ!」
グラン・パド・ドゥはそれを受け取ると、さっそく漆黒のロボ・アルバスのコクピットに乗り込んだ。重たい工具音が響き出し、作業は一瞬の迷いもなく進んでいく。
その様子を見守りながら、ハル子はふと思い出したように言葉をつぶやいた。
「そう……竜人の……」
と紹介する手振りをすると
隣でリヴァイアが胸を張り、少し誇らしげに名乗った。
「申し遅れた……リヴァイアだ!」
その名を聞いたシドの顔が一瞬にしてこわばる。
「えっ……魔王軍四天王……?」
明らかに焦った表情で後ずさるシドに対し、リヴァイアは咄嗟に頭をかきながらごまかそうとした。
「え……と……レンだ。レンって呼ばれてる、最近は……」
ごまかし方があまりにも下手すぎて、思わずシドが吹き出した。
「ははは! そんなわけないか! まあ、よい……」
苦笑を浮かべたシドは、引き出しから小さな黒い箱を取り出し、その中から重厚な腕輪を取り出した。漆黒の地に金の縁取りが施され、表面には竜の姿が力強く彫り込まれている。
「これを、はめてみろ」
リヴァイアは少し緊張した面持ちでそれを受け取り、そっと右腕に装着した。腕輪はまるで彼女の体に呼応するかのように、微かに震えながら馴染んでいく。
その瞬間、リヴァイアの目が大きく見開かれた。
「これは……!」
言葉にならないほどの衝撃が、彼女の内から溢れ出る。腕輪から放たれる力は、ただの魔力ではない。それは、竜の血に刻まれた記憶――そして、失われた力の残響だった。
「ステータスが……『4倍』……しかも“バハムート零式”って……」
リヴァイアが小さく呟いたその言葉に、室内の空気が一瞬で張り詰めた。驚きと高揚が入り混じった声だった。
「へぇ、すごいな。それで、その“バハムート零式”って、どんな性能なんだ?」
と、興味津々なシドが身を乗り出して尋ねる。
「元々は、魔力を60%消費して発動する必殺技だったんだけど、これを装備すると消費が40%に軽減されるんだ。だけど……それだけじゃない」
リヴァイアは視線を腕輪に落とし、そこから湧き出る力を噛みしめるように続けた。
「“零式”は……通常の24倍の出力で、持続時間は12分。12分間、圧倒的な力を保ったまま戦える……これは、すごい……」
「に、にじゅうよんばいっ!?」
シドが思わず叫んだその横で、ハル子は顔を引きつらせながらも、内心の叫びを隠しきれなかった。
(えっ……確実に、私より強くなってるよね!?)
軽く引きつった笑みを浮かべたハル子に、シドがにこやかに声をかけた。
「それでは、ハル子君。君にはこれを」
シドが手渡したのは、銀の光を帯びた、美しくも無骨な帯のような布だった。
「これは“メギンギョルズ”といってね。ただ腰に巻くだけで、全ステータスが3倍になる。神鉱イムリウムと最新鋼線の編み込みでね、かなり苦労した一品さ」
ハル子はそれを慎重に受け取り、腰に巻いた。途端に、銀の帯はぴたりと体にフィットし、自動的に最適な締まり具合に調整された。
ピピッ、と微かな音と共に、彼女の視界にステータスウィンドウが浮かび上がる。
「……“オメガアタック”……全ステータス上昇30倍、持続時間1分30秒……!」
信じがたい数値に、ハル子の頬が自然と緩んだ。
(おおおおっ!さんじゅうばい!? これで……リヴァイアよりは……確実に上!)
先ほどまでの劣等感が一気に吹き飛び、代わりに、胸の奥からふつふつと自信が湧き上がってくる。ハル子の口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。
その笑顔を見たシドとリヴァイアは、何かを察したように苦笑を浮かべ、そしてグラン・パド・ドゥは再び工具を手に取りながら呟いた。
「よしよし、これがこうで、あれがこうだな……!」
――工房の中に、金属の打ち合う音が再び響き渡る。新たな力を得た者たちが、次なる戦いに向けて、確かに“覚醒”し始めていた。
「はい!完了したぞ!」
グラン・パド・ドゥがコクピットから飛び降りながら、満足げに叫んだ。手にはまだレンチが握られており、その額には汗がにじんでいる。機械仕掛けのモンスターのようなアルバスの巨体が、まるで息をするように静かに震えていた。
「では、早速試してみます!」
ガーラが前へ一歩進み、迷いなくアルバスのコクピットへと乗り込む。その動きにはためらいも躊躇もなく、まるで以前からそうすることが決まっていたかのようだった。
「同期接続、完了。……魔力チャージ、お願いします!」
アルバスの声が低く、だが確かに生きている者のように響いた。機械音が混ざっているにもかかわらず、その言葉には人間のような意思が宿っているように聞こえた。
直後――
ギュイイイーーーーーーーーーン!!!
耳をつんざくような駆動音が響き渡る。床が微かに震え、室内の空気が渦巻きながら天井へと吸い上げられる。青白い光がアルバスの体から放たれ、まるで鎧を脱ぎ捨てるかのように、漆黒の装甲が一層上へと変化していく。
それは――純白の機体。
光を反射し、まるで月光を纏った神の騎士のような姿だった。どこか神聖で、それでいて凶暴な力を感じさせるその姿に、誰もが息をのんだ。
「……これは……すごい。この力……!」
アルバスの声が、深く、静かに響いた。その口調は喜びでも驚きでもない。確信と――長きにわたる執念のようなものを滲ませていた。
「……これで……悲願の“あの者”を倒せる……」
「“あの者”?」
その言葉に反応したハル子が眉をひそめ、問いかける。
しかし、アルバスは短く、静かに答えた。
「……いや。忘れてくれ」
それ以上語る気配はなく、声の調子もどこか冷たく切られていた。
ハル子は小さく肩をすくめながら、心の中で呟いた。
(ふむ~~……このアルバス……ずっと何かを隠してるんだよなぁ)
その違和感は以前からあった。時折見せる、機械には似つかわしくない“迷い”や“怒り”、そして何かに怯えるような間……。
(“あの者”ってのが、何かの鍵かもな)
けれど、いまはまだ深くは追えない。ハル子は考えをいったん胸にしまい、純白に染まった機体をまじまじと見つめた。
「それで……ずっと気になっていたんだが、この部屋の中央にある、この球体は一体なんだい?」
ハル子が声を潜めるように尋ねた。金属とガラスでできた半球状の装置は、床から浮かぶように鎮座しており、内部にはまるで星空のような微細な光がちらちらと瞬いている。不思議な静けさと重みを感じさせる存在だった。
シドは一瞬言葉を飲み込み、そしてゆっくりと視線をその球体へ向けた。
「……これはな、この街……いや、この国そのものの未来を変えるための装置なんだ」
声は低く、どこか遠い記憶を手繰るような口調だった。彼の目には、過去を悔いるような、そして何かに抗い続ける者の影が宿っていた。
「今から――おおよそ一千年前のことじゃ」
シドはぽつりぽつりと語り始めた。
「レオグランス王国の大魔導士、ヘルメス・トリスメギストス……名を聞いたことがあるか?」
「はいっ、それで……“フレダフォード遺跡”っていう広大な湖ができたとか……」
ハル子が頷くと、シドはわずかに目を細めた。
「そのとおりじゃ。だが、あの時使われた大魔法“ミティアライト”……あれは単なる攻撃魔法ではなかった。空より落ちる隕石を操作し、星そのものを砕く力を持っていた。ヘルメスが制御を誤ったか、あるいは……世界を変える意図があったのかは、もはや定かではない」
シドは拳を握った。
「だが、その一撃によって、世界は厚い雲に覆われた。陽の光は閉ざされ、暗黒の時代が五百年も続いたのだ。そして――その“名残”が、未だに消えぬ場所がある。そう、このニタヴェリル共和国の上空だ」
一行は、誰も言葉を発さなかった。
「この地は……世界の人々から“見捨てられし都”と呼ばれるようになった。それがどれほどの屈辱だったか……」
シドの声には怒りと悲しみが入り混じっていた。工房の空気が、ずしりと重くなる。
「わしは……その雲を、どうしても取り除きたかった。だからこの装置を造った。だが、これを動かすには膨大な魔力が必要でな……」
彼はポケットからくしゃくしゃになった古い設計図を取り出し、それを広げながら続けた。
「盟友であるレオグランス王国のガブリエル卿、そして“ファランドール七姉妹”にも協力を頼んだ。みな心を一つにして、全力で魔力を注ぎ込んだ。だが……それでも、発動に必要な魔力量の――わずか20%しか届かなかったのだ」
シドの手が震えていた。それが悔しさのためか、疲れのためかはわからない。
「あと80%……で、空に光が戻る……しかし、それ程遠い魔力……どうしても、叶わんじゃ……」
その言葉は、彼の人生のすべてを凝縮したような重みがあった。
ハル子は球体を見つめる。そこに映る微かな光が、まるで雲の向こうにある太陽のかけらのように思えた。
(……この空を、晴らしてあげたい)
そのとき、彼女の胸の奥で、何かが確かに灯った。
「ならば――」
ハル子は静かに呟いた。その声に、ガーラを乗せたアルバス、そしてリヴァイアが反応する。三人は言葉も交わさず、ただ目を見合わせた。それだけで十分だった。長き戦いを共にしてきた者同士、次に何をすべきか――すでに心は通じ合っていた。
三人は球体の前へと歩み出る。
「さあ、我々で……どこまでできるか、試してみましょう」
ハル子がそう言ったとき、工房の空気がぴりりと張り詰めた。
「お……お前たちが……!? わ、わかった……!」
シドは慌てて制御台に走り、装置の電源を起動。古びたキーボードに手早く入力を行い、中央の球体が淡く脈動を始めた。
「さあ! 魔力をこの球体に注ぎ込んでくれ!」
その声に呼応するように、球体を囲むように立った三人が、一斉に魔力を放出した。
装置の中央に設置された計器の針が、鋭く跳ね上がる。
――30、40、50……
「行ける……!」
シドが叫ぶ。だが針は60のところで、まるで限界に達したように揺れ動き、ふらつき始めた。
「60か……これが限界か……」
シドが呻くように言ったその瞬間、リヴァイアが鋭く叫んだ。
「まだまだだ! ――《バハムート零式》!」
爆音と共に、リヴァイアの身体が光に包まれた。眩い閃光の中でその姿は純白の竜人へと変貌し、背中から巨大な翼が現れる。その姿はまるで神話に語られる空の竜神のようだった。
「うおおっ……こ、こいつは……すごい……!」
シドが息を呑みながら見つめる中、針は再び動き始める。
――70、75……
「あともう一息じゃ!」
シドの叫びに応じ、今度はハル子が小さく呟いた。
「……オメガアタック」
その声と共に、赤黒いオーラがハル子の身体から噴き出す。濃密な力の奔流が彼女を包み、まるで空気そのものが震えた。
――80、85、90、95……
「あと……あと5%じゃ……! 頼む……!」
シドが懇願するように叫んだ。
ハル子はその声を聞きながら、静かに決意した。
(……仕方ない)
指先に触れたのは、いつも肌身離さず着けていたピンクの指輪。その宝石にそっと口づけし、ゆっくりと外した…
次の瞬間――!
ドォンッ!
爆風のような気圧が工房全体に押し寄せた。ハル子の身体が禍々しい光に包まれ、形が変わる。現れたのは、漆黒の鎧に身を包み、鋭い双角と深紅の瞳を持つ『魔王の姿』。恐怖と威厳を纏ったその存在に、場の空気は一変する。
「ま……魔王……!」
「こ、これは魔王……なのか……!?」
シドとグラン・パド・ドゥは驚愕のあまりその場に腰を抜かした。
針が一気に跳ね上がる。
――100を超え、限界を突破し、計器の針が右下まで振り切った!
次の瞬間――
七色の光が球体から放たれた。虹のような螺旋状のエネルギーが天へと昇っていく。
ズキューーーーーーーーーーーーン!!!!!
空を突き破るような音が響き渡り、工房が激しく震えた。
「せ……成功だ!!!!」
シドの叫びが、工房の鉄骨を震わせた。
「外へ……外に出て確認しよう!」
グラン・パド・ドゥが先陣を切り、皆が一斉に階段を駆け下りていく。扉を開け放ち、眩しい光が差し込んだ先――そこには、かつて誰も見たことのない光景が広がっていた。
空だ――青空だった。
さきほど球体から放たれた七色のエネルギーの残滓が、空の高みをゆらゆらと揺らしながら消えていく。その余波に押し出されるように、分厚い灰色の雲が裂け、みるみるうちに空が開かれていく。
冷たかった街に、太陽の光が――優しく、暖かく、滲むように降り注いできた。
「うおおおおおおおお!!!!」
歓喜の雄叫びをあげたのはシドとグラン・パド・ドゥだった。二人は思わず抱き合い、顔をぐしゃぐしゃにしながら笑い、そして泣いた。
「見ろ! この空を! ……本当に、陽が……陽が差しておる……!」
街のあちこちから人々が集まってきた。誰もが驚愕し、目を見開き、空を見上げ、そして――涙をこぼした。
「信じられん……」
「太陽だ……空が……見える……」
そんな中、シドが両手を掲げ、天を指さして叫んだ。
「見よ! この空を! ここにおわす魔王様が、このニタヴェリルの空を解放してくださったのじゃ!!!!」
「おおおおおおおおおお!!!!」
まるで大地が震えるような歓声が沸き起こる。人々は一斉にハル子の方へと向き直り、膝をつき、祈るように両手を合わせる者、歓喜に満ちた声をあげる者、号泣する老人さえいた。
「魔王様!!!! 魔王様万歳!!!!」
「救世主!!! 我らが魔王様!!!」
「ありがとう……ありがとう……!!」
降り注ぐ光と、湧き上がる感謝と祝福の渦――ハル子は漆黒の魔王の姿のまま、その場に佇んでいた。どす黒いオーラはまだ体を包んでいたが、どこかそれさえも柔らかく、優しさを帯びていた。
隣では、リヴァイアが顔を真っ赤にして手を合わせていた。
「やっぱ……この姿が最高です……!」
まるで少女のように頬を染める竜人のその一言に、ハル子はふと苦笑した。
(……また……流れで人助けをしてしまったな……)
天には太陽。地には民の笑顔。
魔王と呼ばれながらも、
人々を救い、
光をもたらす存在がーーー
そこにいた。




