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Chapter41【魔王軍VS四聖賢ウリエル】

レオグランス王国を取り囲むように設営された帝国軍本陣は、整然とした静寂に包まれていた。

だが、遠く西の空を裂く漆黒の竜影(りゅうえい)と、それに続く魔王軍の飛翔部隊を確認した瞬間、その空気は一変する。


聖ルルイエ帝国軍本陣には、豪奢な白金の天幕の中で、一人の男が静かに立っていた。


「……思った以上に、早く来たな……」


その声は、冷たい氷のように澄んでいた。

白銀の長髪を風に揺らし、碧と白の神聖なるローブを身にまとい、

その(たたず)まいはまさに「神の使徒」と呼ぶにふさわしかった。


――四聖賢、ウリエル。


帝国における最上級の軍師にして剣士。

腰には、禍々(まがまが)しい黒鉄の(つば)を持つ“封呪剣アスモデウス”を携えていた。

その剣が魔を斬るのか、光を斬るのかは未だ定かではない。


それでも、彼の瞳には焦りも動揺もなかった。

あたかもすでにこの展開すら、織り込み済みであるかのように。


「……“あの者”が来たか。魔王ルシファー……」


ウリエルはほんの一瞬だけ視線を空に送り、口角(こうかく)を僅かに上げた。

それは恐怖でも憧れでもない、ただ純粋な“歓喜”だった。


傍らに控えていた側近が身を屈める。


「ウリエル様、ご指示を」


「よし――全軍に伝えろ。西より襲来した魔王軍に備え、布陣を変更せよ。包囲を一時解き、外縁部は後方防衛陣に編成し直すのだ」


「ははっ!!」


伝令が走り、号令が次々と飛ぶ。


「西方面!主力部隊は第二陣に合流!飛竜迎撃部隊、左翼へ展開!」


「魔導師団、対空結界準備!盾部隊は反転せよ!王都包囲陣、即時解除!」


一糸乱れぬ整列、驚異的な連携――

それは三十万の軍勢とは思えぬ、まさに“統制された精鋭の駒たち”だった。


魔王軍先攻部隊の飛竜軍に攻撃を受けていた前線は崩されたものの、わずか数分で、レオグランス王国を包囲していた帝国軍の輪は解かれ、その全軍が、西から迫る魔王軍へと向けて態勢を整え始めた。


ウリエルは、漆黒の飛竜の上に立つ人物――

風を纏い、空を切るリヴァイアと魔王ハル子の姿を双眸に焼き付けながら、

静かに呟いた。


「久しいな……飛竜か、まだ戦場を望むというのなら――」


その指が、腰のアスモデウスの柄にそっと触れる。


光と闇。

神と魔。

聖と呪。


すべてが交わる地上の戦場に、再び“神話の一節”が刻まれようとしていた。




漆黒の雲が空を覆い始め、冷たい風が草原をなでるように吹き抜けていた。


――その中心に、魔王軍の本陣が展開していた。

陣地の周囲には巨大なスケルトンが行進し、黒き霧を纏った鎧武者たちが整列する。

それはまさに、死と魔が統率された“漆黒の軍勢”そのものだった。


空を駆ける飛竜――バハムートの背に、リヴァイアと魔王ハル子の姿。


「一旦本陣に戻る!」

とハル子はリヴァイアに告げるとバハムートが風を裂きながら降下した。

地上の不死騎軍がその姿に一糸乱れぬ敬礼を送った。

隊列は恐るべき正確さを誇り、その中心には、堂々たる巨体――ラ・ムウの姿があった。


そして魔王ハル子はラ・ムウのそばに降り立った。


大魔導士ラ・ムウは白銀の髪と長く絡む白髭、黒紫の魔導士のローブが風になびき、

そのまなざしは静かに空を追っている。


「……ふむ、こちらに向けて全軍が進路を変更しましたな」


ラ・ムウは天を仰ぎながら、ゆるりと口を開いた。

その横で魔王ハル子が頷く。


すると大魔導士ラ・ムウはふっと鼻で笑い、空を見上げる。


「ああ、しかし……リヴァイアは相変わらず一人で突っ込んだのう。あれでは餌にされかねぬ」


確かに、空の遠方――

漆黒の竜を先頭に、ワイバーン部隊が一足早く敵軍の頭上に肉薄しようとしていた。


「はいっ!相変わらずです!」


と、ラ・ムウの隣で笑みを浮かべるのは、氷結の魔女リリス・カスミだった。

今は髑髏の仮面を脱ぎ、師であるラ・ムウと共に戦列に加わっている。


魔王軍本陣、その中核を担うのは、ラ・ムウが指揮する不死騎軍十万。

(しかばね)から蘇ったスケルトンたちの上位個体であるスケルトルナイトがずらりと並び、

その背後には青白い炎を灯したウィザーが魔法詠唱の準備を整えている。


――あまりにも静かだ。


その静寂の中に、ひときわ異質な気配を放つ男が一人。

全身を重厚な黒鎧で包み、その足元を黒い霧が覆っている。


彼こそ、アンドラス。

魔王軍の魔戦軍一万の将。


「……準備は整っております、魔王様」


アンドラスの声は重く、幽かなこだまのように響いた。

彼の率いる魔戦軍は、実体を持たぬ“ゴースト”の武者たちで構成されていた。

中空に浮かぶ鎧だけの兵たちは、物理攻撃をすり抜け、魔に対してのみ応える存在。

その異様さと静けさが、かえって敵を戦慄(せんりつ)させる。


魔王ハル子は、冷静に全軍を見渡しながら、しっかりと息を吸い込んだ。

その表情には、わずかに緊張の色も見えたが――

決意の火が、確かに宿っていた。


「よし!それではアンドラス率いる魔戦軍は、レオグランス王都でアルル女王を守り、保護せよ!」


「そして残る不死騎軍はこのまま前進せよ。帝国軍を、呑み込む」


魔王ハル子は高らかに、威厳を込めた声で言い放った。


「ははっ」

とアンドラスは畏まり、魔戦軍は北へと進路を変え足早に向かった。


そしてーーー


ザッザッザッと不死騎軍10万が前進する足音が響く

それはまるで、戦の幕開けを告げる、魔の咆哮のようであった――。


濃い霧が戦場に広がる中、沈黙を破る声が響いた。


「そうじゃのう‥‥策も要する必要なかろう……このまま突撃じゃ!」


と、ラ・ムウが口元を緩めながら静かに言い放つ。


その言葉はまるで稲妻のように軍の中枢を貫いた。


「不死騎軍!これより前方の帝国軍へ突撃だあああ!!!かかれい!!!」


副軍長リリスの鋭く澄んだ声が戦場に轟いた瞬間――


地響きが起きた。


「オオオオオオオオ!!!!!」


呻きにも似た、異形の雄叫びをあげながら、十万の不死騎軍が動き出す。

骨の擦れる音、甲冑のぶつかる金属音が、荒野に鳴り響いた。


前列を担うのは、漆黒の鎧に身を包んだスケルトルナイトたち。

すでに死した騎士の魂が宿る彼らは、馬のような骨獣(こつじゅう)に跨がり、無音のまま突進していく。


その迫力はまさに“死神の行進”。


対する帝国軍は、整列をしつつも動揺が隠せない。

三十万もの大軍ではあるが、迫りくる不死の軍勢の“狂気”に、すでに士気は乱れつつあった。


「く……来るぞ!来るぞォ!!」


「隊列を……崩すなッ!」


――だが遅い。


ズガアアアアアアアアン!!!!!!


戦場中央で、生と死の激突が起きた。

スケルトルナイトの鋭い槍が肉を貫き、骨の剣が鎧を裂く。

まるで重戦車のような勢いで、次々と帝国兵を蹂躙(じゅうりん)していく。


そして――その背後。


「魔導隊、前方に火球弾、魔力解放――撃て!」


冷ややかなラ・ムウの命令とともに、後方からはウィザー部隊が一斉に魔法を放つ。


魔法の火球が雨のように降り注いだ。


「うわあああああああああ!!!」


「た、助けてくれッ!!」


帝国軍の兵たちは、なす術もなく倒れていく。

彼らの絶叫と血飛沫が、死者の軍の前にはただの音と染みでしかなかった。


空では、リヴァイアが操るワイバーン隊が援護の咆哮をあげ、さらに帝国軍の陣を引き裂いていく。


戦場の色は――黒と紅に染まり始めていた。


城壁の上――


砕け散る雲の合間から差し込む陽光が、まるで勝利の兆しのように戦場を照らしていた。

眼下では、魔王軍の怒涛の進撃が帝国軍を次々と押し返していく。


レオグランス王国の兵士たちは、その光景にただ呆然とし、次第に歓声へと変わっていった。


「す……すさまじい……あれが……魔王軍……!」


「すごい、すごいぞ!!!!」

「魔王様ァァァーーーー!!!!」


叫び声が歓喜へと変わり、兵士たちは武器を掲げて天に向かって吠える。

中には、涙を流しながら地にひれ伏す者さえいた。


アルル女王は震える手で胸元を押さえ、ファランドール長女・イリアの肩を借りながら戦場を見つめた。


「まるで……伝説のようです……」

と、イリアが呟く。


「まさか……このような形で……ハル様が……」

とアルルの瞳には涙が滲んでいた。


その隣では、セラ、イオ、ロイ、ロミら姉妹たちも、それぞれに深い感慨を抱きながら、その背を見つめていた。


そしてその時、戦場の奥で――


魔王ハル子が漆黒のマントを靡かせ、静かに馬を進めていた。

剣を抜くこともなく、ただその存在のみで戦況を変える圧倒的な“覇気”が、風を裂いていた。




帝国本陣。

ざわめきが一瞬で静まり返る。


「さすがは魔王軍四天王――大魔導士ラ・ムウか」

沈んだ声が静寂を破った。


しかし次の瞬間、四聖賢ウリエルの双眸(そうぼう)が妖しく光り出す。

黄金に輝くその瞳には、揺るぎなき確信と狂気が宿っていた。


「だが、これで終わりだと思うな……!」


天を仰ぎ、ウリエルは高らかに叫ぶ。


「我が召喚獣よ――いでよ、破壊神《ガル-ダ》!!!」


空気が震え、地鳴りが走る。

次元の裂け目が奔るように空間が引き裂かれ、まばゆい閃光があたりを包み込んだ。


その中心から、禍々しい気配とともに、巨大な影が姿を現す。


――破壊神ガルーダ。


黒き鱗に覆われた四肢。

一撃で山を穿つといわれる巨大な腕。

瞳は血のように赤く、口からはマグマのような息を吐いている。


その威容は、はるか遠くにいる魔王軍の兵たちにさえ、はっきりと目視できるほどであった。

誰もが息を呑む中、空間そのものが、破壊の神の顕現(けんげん)に悲鳴を上げるように歪んでいた――。


異様なまでに巨大なその躯体。

金色の装飾をまとい、魔人を思わせる異形の姿。

その背に広がる深紅の双翼は、夜空に血の筆で描かれたかのように禍々(まがまが)しく、美しい。


だが、その姿以上に圧倒的なのは、そこから放たれるオーラだった。

熱と圧力が混じり合い、空間そのものがねじれる。

空気は震え、兵士たちは言葉を失って見上げた。


挿絵(By みてみん)


「あれは……」

魔王ハル子が、絞り出すように呟く。


「冥界でも一、二を争う強さを誇る獣神……破壊神ガルーダよ。さて、どうしたものか」

ラ・ムウが目を細め、どこか楽しげに言った。


そのとき、風を切って降り立つ影があった。

漆黒のバハムートの背に乗って、空から現れたのは――リヴァイア。


「お父さんと一緒なら……きっと抗えるはずです。」

彼女はラ・ムウの肩に手を添え、まっすぐに前を見据える。


ラ・ムウは静かにうなずくと、深く息を吸い込んだ。


「――いでよ! 我が友よ! 海の提督リヴァイア・サン!!!!」


地が揺れ、空が震える。

波のうねりのように魔力が渦を巻き、天から蒼き閃光が落ちた。


次の瞬間、怒涛の水柱とともに、海そのものを思わせる巨影が姿を現した。

全身を青銀の鱗に覆い、肩には珊瑚(さんご)のような装甲。

まさに“海の提督”の名にふさわしかった。


挿絵(By みてみん)



「お父さん!!!!」


空から轟くような声が響いた。

バハムートの背に立つ飛竜の少女――リヴァイアが、涙さえにじませるような表情で叫ぶ。


その視線の先には、剣のような波濤(はとう)の中から現れた巨躯(きょく)

海の提督、リヴァイア・サン。


(……え、ええっ!? お父さんって、リヴァイア・サン……!?)

思わず、ハル子は内心で叫ぶ。


突如明かされた驚愕の事実に、思考が追いつかなかった‥‥ハル子であった。


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