Chapter4 【幹部会】
アンドラスによる招集の知らせを受け、魔王ハル子は指定された幹部会議室へと向かった。
重厚な雰囲気を湛える大扉の前には、武装した衛兵が二人、静かに控えている。彼らはハル子の到着を認めると、無言で扉へと手をかけ、重厚な音を立てて開け放った。
「魔王様の御入室です!」
澄んだ声が広い室内に響き渡る。
中はまさに「幹部会」というにふさわしい荘厳さだった。室内中央には、黒と金で装飾された王座が堂々と鎮座し、その脇に、忠義の臣・アンドラスが控えていた。
アンドラスは右手を王座へと差し出し、恭しく頭を垂れる。
「魔王様、お待ちしておりました。どうぞこちらへお掛けくださいませ。」
その所作は完璧なまでに優雅だった。
ハル子は一度微笑み、マントをふわりと翻しながら王座へと歩み寄る。そして、堂々とした仕草で腰を下ろした。
前方には長く、重厚な楕円形のテーブルと、その周囲に並ぶ椅子。
扉の向こうには、なおも警戒を緩めぬ衛兵たちの姿があった。
まだ他の幹部たちの姿はない。どうやら少し早く到着してしまったらしい。
ハル子は背もたれに軽く体を預け、ふと、思いを馳せた。
(いやー……リヴァイアとの戦い、ほんとヤバかったなー……)
あの時、とっさに使った「オメガアタック」という魔法。
時間制限こそ30秒だったが、その間、全能力が10倍にもなるという反則級のチートスキルだ。しかし代償も大きく、全魔力を55パーセントも消費するため、一戦で二度は使えない。
(やっぱ、魔王ってすげーよなぁ……でも燃費悪すぎ……)
心の中で苦笑しながら、ハル子はコンソールを開き、現在使えるスキルや魔法を一覧で確認する。
しかし――。
心の中で苦笑しながら、ハル子はコンソールを指先で開いた。
青白い光が瞬き、彼女の前に現在使用可能なスキルと魔法のリストが浮かび上がる。
だが――
……スキル、ハチャトリアン。
“剣戟を受けずにいなして峰打ちカウンター”って……かっこいいけど、
威力が峰打ち限定ってどういうこと?
相手を気絶させる用?やさしすぎるでしょ…
指先でスクロールしながら、彼女は内心ツッコミを入れる。
魔法、ディストラクション……
金属に触れて詠唱すると、分子レベルで塵にする……って、え、めっちゃ強くない?
でも魔力消費10%かぁ。あと金属しか使えないのか…
さらに下へ。
魔法、フェーバー……
魔王の覇気を……でっかい幻影として投影? 威嚇用?
……ああ、そういう威圧系ね。使いどころ、ある……かなぁ
しばし沈黙。
そして、軽く目を細めて呟く。
(……実用的なの、少なっ)
その中で、ひときわ目を引いたのは一番下に記載されていた一つの魔法だった。
アルティメット魔法『ジ・エンド』・・・
『クリスタル1つ使用???』
画面に映し出されたその名に、ハル子は思わず眉をひそめる。
(……これは‥‥…)
胸の奥に、ひやりとした緊張が走る。
“クリスタルを消費する”という一文だけが、やけに重々しく突き刺さる。
(なにこれ……ヤバいやつじゃない……クリスタルって…何?)
そしてその魔法効果の内容を確認し、思わず息を呑んだ。
そのとき――。
「リヴァイア様、御入室でございます!」
衛兵の声が響き、扉が再び重々しく開かれた。
現れたのは、長く美しい黒髪を持ち、鋭い眼光と気品に満ちた美貌の女性――
竜人族のリヴァイアだった。
彼女は迷うことなく魔王の元へ歩み寄ると、片膝をつき、深く頭を垂れる。
「魔王様……四天王、竜人族のリヴァイア、只今参上いたしました!」
その声はかすかに震えていた。だがそこには、隠しようもない誇りと、心の底からの忠誠が込められている。
「決闘の件……まことに感服いたしました。あの一撃、魂に刻みました。以後、命にかえてでも忠義を尽くす所存。どうか……どうか、お許しくださいませ!」
広間に響く言葉は、重く、しかし清らかに届いた。
ハル子は優雅に笑みを浮かべ、
「ふふふ……私は気にしておらぬ。して、怪我はなかったか?」
と柔らかく声を掛けた。
リヴァイアは顔を上げ、力強く答える。
「滅相もございません。竜人族たる我が身、頑健さには自信がございます。
ご心配、感謝いたしまする。」
「さあ、椅子に掛けるがよい。」
ハル子の許しに、リヴァイアは再び一礼し、最前列の席へと腰を下ろした。
すると再び、衛兵の声が高らかに響く。
「妖艶のメデューサ・ベリアル様、百獣のヴァルフォレ様、御入室でございます!」
開いた扉から現れたのは、まさにその名の通りの存在たちだった。
一人は、深い胸元の開いた艶やかなドレスを纏い、髪の毛一本一本が小さな蛇となって蠢く美女、ベリアル。
もう一人は、三メートルを超える巨体に筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》たる肉体を持ち、狼の顔を備えた獣人ヴァルフォレだった。
二人はハル子の前で片膝をつき、ベリアルから声を発した…
「只今参上し魔王様の愛人にして、ゴーレム軍団長、ベリアル。今宵も夜伽をお手伝いしたく存じ上げます……」
「はあああっ!?」
リヴァイアがすかさず絶叫し、勢いよく立ち上がると、ベリアルに詰め寄った。
「神聖なる魔王様を辱めるとは、許し難し!その無礼、今すぐ撤回せよ!」
ベリアルは肩をすくめ、「きゃあ〜怖い」と可愛らしく身を縮めると、魔王の腕にしがみついた。
ふわりと豊かな胸がハル子の体に押し当てられる。
(あ〜……私が男だったら、このシチュエーション、たまらんだろうなぁ……
でも私、女だから……)
微動だにせず、毅然とした態度を保つ魔王。
まさに威風堂々《いふうどうどう》たる姿であった。
「いやぁ〜ベリアルさんったら、私の方が魅力的だわよぉん」
と、艶やかな声を上げたのは、意外にもヴァルフォレだった。
その見た目に似合わぬオネエ口調に、場が一瞬にして凍り付く。
(その見た目でオネエ…ツッコミどころしかない……)
心の中で頭を抱えたハル子だったが、口元に笑みを浮かべると
「貴様も・・・・」リヴァイアがきりっと獣人ヴァルフォレをにらみつける
それを遮るように魔王ハル子はそっと手を伸ばし
「ふふふ……よいではないか」
と宥めるように言った。
アンドラスがすかさず進行に戻り、
「それでは、お二方ともお席へお付きくださいませ」
と促す。
ベリアルとヴァルフォレは、軽やかに席へと着いた。
続けて衛兵が告げる。
「影偵軍団長・影のビゼ・スカーハ殿、不死騎軍副軍団長・氷結のリリス・カスミ殿、御入室でございます!」
扉の奥から、小柄で愛らしい男の子のような少女ビゼと、髑髏の仮面をつけた神秘的なとんがり帽子をかぶった一見すると魔法少女のような出で立ちの少女リリスが現れた。
二人は魔王の前に進み出ると、丁寧に片膝をついた。
「あ、あの……ボク、ビゼ……只今参上しました……!」
(え、かわいい……ボクっ子!?)
ハル子は思わず心の中で悶絶する。
続いてリリスが、透き通るような声で凛と名乗りを上げた。
「不死騎軍、ラ・ムウ様の副軍団長、リリス・カスミ、参上いたしました」
ハル子は満足げに頷き、
(思ったより立派な子・・・でもその髑髏の仮面・・・怖いんですけど・・・)
と心の中で呟き
「うむ、ご苦労。席に掛けよ」
と冷静を装い、声をかける。
オドオドとビゼが、小さく返事をし、リリスはきびきびと席に着いた。
これで全員が揃った。
アンドラスが最前列の席に着くと、堂々と宣言した。
「これより、魔王軍幹部会を開始いたします!」
(……幹部ってこれだけ?人数少なっ!)
内心でハル子は呟いたが、表情には出さなかった。
そして、幹部会は本格的に始動する――。
アンドラスは、まるで老練な執事のように、静かに一歩前へと進み出た。
黒曜のマントを優雅に揺らしながら、深く頭を垂れる。
それを見た魔王ハル子は、ゆったりとした仕草で頷いた。
その一挙手一投足には、王たる者の風格が漂っている。
アンドラスは、その合図をしかと受け取り、静かに、しかしよく通る声で話し始めた。
「魔王様が再びご復活なされ、以前にも増して慈悲深く、理想の君主となられた今――
我ら魔王軍、再びその威光を取り戻すべく、動き出す時と考えております。」
彼の言葉は重々しく、議場にいたすべての者の胸に、静かな熱を呼び覚ました。
それに応じるように、リリスがすかさず発言する。
「では……我がお師匠様であられる、ラ・ムウ様の救出を――!」
リリスの銀色の髪が、感情の高ぶりに震えながら揺れた。
髑髏の奥に垣間見える透き通るような瞳は、まっすぐに魔王ハル子を見つめている。
ハル子は、正直細かいことはよく分からなかったが、それでも威厳を保ったまま、力強く頷いた。
(たしか、以前アンドラスが話してた封印されたとか何とか……四天王のひとりだったよね……)
頭の片隅でそんな曖昧な記憶を手繰り寄せながらも、堂々とした態度を崩さない。
アンドラスは、ハル子の様子を察したのか、さらに詳しく説明を始めた。
「四天王のうち、アスタロト様は戦死、ベルゼブル様は行方知れずとなりました。
しかし、不死の力を持つラ・ムウ様は、今なおご存命です。
不死とは、たとえ肉体を滅ぼされようとも魂が残り、再生を果たす存在……
帝国の禁忌に手を染めた何者かが、封印術を用いてラ・ムウ様を封じました。
現在の情報では、カンチェンジュンガ山――その頂付近に封印されていると判明しております。」
ハル子は心の中で
(アンドラスよ・・・ナイスだ!さすが我が優秀な執事よ!)
と叫んだ
アンドラスは、卓上に置かれた重厚な地図を手に取り、バサリと音を立てて広げた。
「ご覧ください。」
指でなぞった地図には、白く印された都市の名前があった。
「このたび、聖ルルイエ帝国による大侵攻によって、魔王領内の西の都市バスティーユ、
中央の都市ジェリャバ、これらが陥落いたしました。
カンチェンジュンガ山へ向かうには、このいずれかの都市を突破するか、
あるいは少数精鋭で隠密裏に山へ向かうか――選択を迫られます。」
アンドラスは指先でバスティーユとジェリャバを示し、その道筋を慎重に指し示す。
「現在の我が軍は、魔王様復活の戦いで多大な消耗をしております。
兵力を失うわけには参りません。
故に、後者――すなわち隠密行動が最も現実的かと。」
静まり返った議場で、幹部たちはそれぞれに頷いた。
誰もが、その判断が最も理にかなっていることを理解していた。
沈黙を破ったのは、魔王ハル子だった。
「……ふむ、それでは私がまず行こう。」
静かに、だが確かな力を込めて宣言する。
その言葉に、場が一瞬で沸き立つ。
「では、私がお供いたします!」
リヴァイアが、誰よりも早く声をあげた。
その瞳には、魔王への揺るぎない忠誠心と、喜びが宿っている。
ハル子は、軽やかに頷いた。
だが、すぐに他の幹部たちも一斉に声を上げる。
「私も!」「いや、私が!」「あの……僕も……!」
次々に飛び出す声に、会議室は一時騒然とした。
そんな中、アンドラスが一歩前に出ると、場を収めるように提案した。
「此度の任務は、魔王様、リヴァイア様、そして私――この三名で参りましょう。」
静かに、しかし断固たる口調で。
それを聞いたリリスは、ほんの少しだけ、肩を落とした。
儚げな微笑を浮かべ、唇をかすかに噛み締める。
ハル子はそれに気付き、優しく声を掛けた。
「リリスよ。必ず無事に封印を解き、帰還する。
それまで、この魔王城を頼んだぞ。」
魔王のその言葉に、リリスは震える声で答えた。
「……はい、魔王様。どうか……ご無事で……」
その小さな声には、揺るぎない信頼と、抑えきれない不安が滲んでいた。
場が一段落したところで、アンドラスが確認を取る。
「それでは、三日後に出発といたしますか?」
その提案に、リヴァイアが慌てて手を上げた。
「ま、待ってください……!
魔王様との戦いで魔力を使い果たしてしまって……
ご存知とは思いますが、魔力は、一日に10%ずつしか回復しないので・・
お願いです、10日だけ……待ってください!」
彼女は、真剣な目でアンドラスを見つめ、必死に懇願した。
(え?この世界、 魔力回復薬とか、魔法とかないの? 自然回復って……)
心の中で突っ込みながら、ハル子は必死に頭を回転させた。
(最初に使ったメメントモリが40%消費、リヴァイアとの戦いでのオメガアタックが55%消費……
つまり、95%も消費してたってこと?)
(しかも、1日10%しか回復しないなら、満タンになるには10日必要……
うわー、戦闘も計算しながらやらないとダメじゃん……
私、算数苦手なんだけど、大丈夫かな……?)
心配が胸をよぎるが、顔には一切出さないが
この世界の常識を少しずつ知る魔王ハル子であった。
堂々と、魔王としての威厳を保ったまま、ハル子は静かに言葉を紡いだ。
「……よかろう。十日後、出発とする。」
その宣言に、幹部たちは一斉に敬礼し、忠誠を新たにするのであった。
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