Chapter37【決着】
狂戦士ベルセルクへと変身を遂げた魔王軍ヴァルフォレの咆哮が戦場に轟いた。
「この姿になれば、もう私を止める者はいない!」
ヴァルフォレの瞳が紅蓮に染まり、全身を包む鎧が荒れ狂う嵐となって爆ぜた。
目の前には、異形の巨体――テューポーンが立ちはだかる。その巨躯を揺らしながら、地を這うような唸り声をあげ、無数の触手を蠢かせていた。
「うおおおおおおおっ!!」
ヴァルフォレが咆哮と共に地を蹴った。その一歩で大地はひび割れ、跳躍と共に彼の剣がうねるように振るわれる。狂戦士の一撃――それはまさしく嵐のごとき破壊を孕んだ斬撃だった。
だが、テューポーンもただの怪物ではない。蠢く触手が壁のように立ちはだかり、幾重にも重なりながらヴァルフォレの斬撃を防ぎ、逆に攻撃を仕掛ける。触手の一本が鞭のように唸り、ヴァルフォレの腹を狙う。それを寸でのところで避けた彼は、反撃の一撃を返すが、また別の触手がそれを封じる。
斬りつけ、避け、また斬り込む。
魔獣と狂戦士の一進一退、苛烈な攻防が、荒野を焦がすように繰り広げられていた。
だが、戦況は徐々に傾いていった。
ベルセルクの代償――身体への負荷が限界に近づいていたのだ。ヴァルフォレの動きにわずかな鈍さが生じ始めたその瞬間、テューポーンの触手が一閃。鋭く伸びたそれはヴァルフォレの胸を貫かんばかりの勢いで叩きつけ、彼の体を宙へと弾き飛ばした。
「ぐっ……!!」
ヴァルフォレの体が空中で翻り、血を撒きながら地面に叩きつけられる。
その光景を、戦場の奥――高台に構えられた本陣から見下ろしていた男がいた。
四聖賢の一人、サマエル。
禍々しきローブを羽織り、瞳に妖光を宿した彼は、その瞬間を見て、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「ふはははははっ! 見たか……これで女王の命はもらったぞ!」
漆黒の空に響き渡るような高笑い。
その声はまるで死神の鐘のように、静かに戦場の終焉を告げようとしていた。
すでに、ケルとテューポーンとの距離は、目と鼻の先――
もはや一歩踏み出されれば届く距離だった。
その異形の巨体と、蠢く触手が放つ圧倒的な殺意に、ケルの全身が硬直する。
「ひ……ひぃ……」
足が、震える。膝が、笑う。
それでも、逃げることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。
「下がってください、ケル殿!!」
凛とした声が響いた。
間髪入れず、銀槍を手にした男――太公望がケルの前に躍り出た。
その姿は一陣の風のように鋭く、迷いなき覚悟に満ちていた。
だが――それでも、敵は強すぎた。
「ぐはっ……!」
無数の触手が螺旋を描きながら襲いかかり、太公望を容赦なく吹き飛ばした。
その体は空を舞い、まるで落葉のように宙を漂って、地に叩きつけられた。
そして、ケルの目の前に――触手が迫る。
今度は一本だけ。他のものとは違い、それは異様に鋭く、剣のように研ぎ澄まされていた。
ねじれた筋肉が収縮し、殺意を凝縮した一撃が、まっすぐケルの胸を貫かんと振り下ろされる。
「いやああああああっ!!」
ケルは思わず目を瞑り、叫んだ。
死を覚悟した瞬間――。
キィィィィィィン……!
空気が揺れた。光が走った。
ケルの胸元に下げられた四つ葉のペンダントが、まばゆい輝きを放つ。
まるで応えるように、魂の叫びに呼応するように――その光は瞬く間に空間を覆い尽くし、触手へと直撃する。
ガキィィィィィィン!
金属同士が激突するような鋭い音が響き渡り、鋭利な触手は、弾かれた。
ケルが恐る恐る目を開けたとき、そこにいたのは――
一匹の巨大な狼だった。
真っ白な毛並みが月光のように輝き、四肢から放たれる蒼白いオーラが地を裂く。
鋭い牙を剥き出しにし、まなざしは敵を穿つように鋭く、冷たく、それでいてどこか、守護者の気配に満ちていた。
「……なに?……」
ケルの口から、呆然とつぶやきが漏れる。
伝説の精霊獣――
神すら畏れる白狼。
この世の破壊と再生の象徴。
**『フェンリル』**が、降臨していた。
白き神狼は、静かに一歩を踏み出した。
その鋭い蒼眼が、異形の魔神――冥界の獣神テューポーンを真っ直ぐに見据える。
「冥界の獣神テューポーンか……」
低く、凛とした声が宙を震わせた。
それは威圧でもなく怒りでもない。
まるで、遥かなる時を越えて存在を知る者が、今まさにその因縁を断ち切ろうとするような、深く静かな決意の声だった。
次の瞬間――。
フェンリルの口が大きく開かれた。
虚空に光が集まり始める。まるで空気そのものが吸い込まれるかのように、青白いエネルギーが凝縮されていく。
ケルが思わず目を見張る中、咆哮が放たれた。
「ガアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
音ではない。
もはやそれは、圧そのものだった。
青白き咆哮の波動――それは暴風となり、雷鳴となり、破壊の化身となってテューポーンを飲み込んだ。
「うぎぃぃぃぃ……が……ががが……ッッッ!!」
テューポーンの断末魔が空に響く。
巨体がのたうち、触手がもがくように空を裂いた。
だが抵抗は虚しく、青白き光がすべてを呑み込み――ついに、その姿は塵となって掻き消えた。
静寂。
風が吹いた。
一瞬の死闘の余韻だけが、空間を包んだ。
そして――。
「大丈夫かい、ケル」
優しい声と共に、フェンリルがその巨体をかがめ、そっとケルの頬を舐めた。
その舌先には、牙も爪もない。ただ温かく、柔らかく、そしてどこか懐かしい安らぎがあった。
ケルは、全身の力が抜けるのを感じながら、小さく頷いた。
「……は、はい……」
涙混じりの声で、ケルはふるえる両手を伸ばし、フェンリルの顔を抱きしめた。
その毛並みは絹のように柔らかく、体温はどこまでも優しかった。
恐怖も痛みも、今はもう何もなかった。
ただそこにあったのは――守ってくれた存在への、深い感謝と、揺るがぬ絆だけだった。
戦場の奥、帝国軍本陣にて――
四聖賢サマエルは、その一部始終を遠くから見ていた。
青白き光が空を裂き、伝説の獣フェンリルがテューポーンを消し去った瞬間、サマエルの表情は驚愕から焦燥へと変わっていた。
「……くそっ、まさかフェンリルが現れるとは……!!」
渦巻く怒りと焦りを押し殺し、彼は振り返りざま叫んだ。
「退却だッ!!」
しかし、その声が空へ消えぬうちに――背後に、赤き軍勢が現れた。
大地を震わせるような足音。烈火を思わせる紅の軍旗。
突如として現れたのは、トスカーナ大公国の精鋭――そしてその最前に立つ、紅の将。
「逃がしはしない、四聖賢サマエルよ」
赤き軍装に身を包み、炎を帯びた火尖槍を手にした将軍・ナージャ。
その瞳は鋭く、意志は燃えるように強く、軍を率いて本陣を完全に包囲していた。
「ぐ……いつの間に……」
サマエルの顔が引きつる。予想外の展開に、冷静さが崩れ落ちた。
「そこまでだ――ッ!!」
ナージャが地を蹴った。炎のごとき突進と共に、火尖槍が真一文字に閃く。
咄嗟にサマエルは剣を抜き、激突に応じた――が、遅かった。
ズシャァアッ!!
紅蓮の槍が、まるで空間を裂くようにサマエルの胸を貫いた。
「う……ぐ……あ……」
血が、口からどっと溢れ出す。
そのまま彼は膝をつき、倒れ込んだ。黒きローブが血に染まり、大地に広がっていく。
ナージャは、槍を振り抜いたまま、叫んだ。
「――帝国軍四聖賢、サマエル! 我、ナージャによって討ち取ったり!!」
その声は空に、地に、兵たちの心に轟いた。
戦場にいた帝国兵たちが、次々と動揺の声を漏らす。
「うわっ……サマエル様が……」
「う、嘘だろ……!?」
「もうだめだ、この戦は……」
「退却だ! 全軍、退却せよ!!」
士気は一気に崩れ、帝国軍は総崩れとなった。
隊列は乱れ、兵たちは装備を投げ捨てて逃げ出す。秩序は跡形もなく崩壊した。
その様子を、高空から見下ろす二つの影があった。
赤き鎧をまとった剣士、カマエル。
そして、炎の鞭を操る魔女、クシエル。
二人は目を合わせると、無言のうちに頷き合い、東の空へと舞い去っていった。
そして――
「うおおおおおおおおおおっ!!」
歓喜の雄叫びが、大地を揺るがすように響いた。
「魔王連合軍の勝利だァァァッ!!」
獣人軍が、武器を振り上げて叫び、
「ウゴゴゴゴゴ!!」
と、ゴーレムたちが大地を踏み鳴らし、共に勝利を祝う。
天を突くような歓声が広がり、魔王連合軍は、ついに勝利の時を迎えたのだった。
一方その頃――
王都カルカソンヌ、荘厳なる城門の前。
そこには、帝国最後の砦とも呼ばれる戦いが繰り広げられていた。
風がうなり、土煙が舞う。
その中心で対峙していたのは、二つの巨影。
一人は、帝国近衛騎士団の頂点に君臨する男――サン・ジョルジュ。
銀と黒の甲冑に身を包み、巨剣を片手で軽々と構えるその姿は、まるで神話の戦士の如し。
重厚な剣が振り下ろされるたびに、大地が軋み、空気が震える。
そして、その剣を迎え撃つのは――
旧獣王国軍総帥、ツァラトゥストラ・レオグラード。
その名を知らぬ獣人などいない。純白色の鬣をなびかせ、槍のように長い戦槌を自在に操る姿は、まさに軍の頂点、総帥たる風格を漂わせていた。
「ハァッ!!」
サンの剣が振り下ろされ、
「ハッ!!」
ツァラトゥストラの戦槌がそれを逸らす。
ガキン、ガキンッ――!
鋼と鋼がぶつかり合い、火花が飛び散る。
どちらも一歩も引かず、ただ静かに、確かに、互いの間合いを詰めていく。
「まさか……これほどの実力者とは……」
ツァラトゥストラは息を整えながら、静かに呟いた。
その双眸に宿るのは驚きと、わずかな敬意。
「ふふ……さすがは獣人国を率いられた総帥。容易に勝てる相手ではないな」
サンは口元をわずかに緩めながらも、決して油断はしていない。
その全身から発せられる威圧感は、周囲の空気すらも緊張で凍らせるようだった。
そして――
「だが、私には失うものはない」
サンの声音が、一層低く、重く響いた。
「この命、ここで捨てても構わん……!」
眼に宿るは、狂気に近い覚悟。
己が身を盾にしてでも、この城を――この国を守るという、戦士としての矜持。
「さあ、いざ――ッ!!」
叫ぶと同時に、剣が一閃。
その一撃は、もはや斬撃ではなかった。魂そのものを叩きつけるような、決死の一撃。
それに応えるかのように、ツァラトゥストラの戦槌も風を切って迎え撃つ。
ふたりの巨人が再び激突する。
剣戟の応酬が最高潮を迎える。
まさに雷鳴が地を這うような、激しい斬り合い。
サン・ジョルジュの剣が唸り、ツァラトゥストラの槌がそれを受け止める。
剛と剛のせめぎ合い――そして、ついに。
「はあああああッ!!」
鋼の剣が唸りを上げて振り抜かれた。
瞬間、**ガキィィィィンッ!!**という金属音が響き渡る。
次の瞬間、ツァラトゥストラの身体が宙へと舞った。
「ぐっ……!」
鋭く地面へ叩きつけられるかと思われたその刹那――
ふわっ……
風が一瞬止まり、ツァラトゥストラの体が、何か柔らかいものに包まれる。
衝撃はなかった。
「……な、なにこれ……ふわふわ……いいにおい……」
視線を上げると、そこには――
威厳を放ち双角がそびえ立つ者「魔王」であった。
見事にお姫様抱っこの体勢で、空から降ってきた巨躯の獣人を受け止めていたのだった。
そしてふわふわの毛並みのツァラトゥストラの匂いを嗅ぐ魔王の姿があった。
城門前に張り詰めていた殺気は、一瞬にして和らいだ。
「……魔王、様……!?」
ツァラトゥストラが呆気にとられた声を漏らす
それを見ていた騎士団長サン・ジョルジュも、思わず剣を下ろし、深く息を吐いた。
「……うん。新手か……」
するとその時、魔王の傍らから小さな声が聞こえた。
「……あなた……!」
サンの目が見開かれる。
「パパーーーーッ!!!」
子どもの叫び声とともに、小さな足音が駆け寄ってきた。
砂埃にまみれながらも、その目には確かな涙と、抑えきれぬ想いが宿っていた。
「……お、お前たち……!? なぜここに……!?」
声が震えた。剛剣の騎士が、初めて見せる動揺だった。
「ママと私が帝国の兵士に乱暴されて……そのとき、この魔王って人が助けてくれたんだよ!」
そう言って子どもは、ニコニコと魔王ハル子を指さす。
サンの全身から、ふっと力が抜けた。
彼はその場に膝をつき、涙を溢れさせながら家族を抱きしめた。
「……あああ……なんてことだ……! 生きていてくれた……! ありがとう……本当に……ありがとう……!」
泣きながら、何度も何度もその背をさすった。
それは、騎士団長ではなく、ただの一人の男。四聖賢サマエルの指示で失ったと思っていた、愛する家族に再び触れる父だった。
その光景を、近衛騎士たちは黙って見守っていた。
だが、ひとりがぽつりと、つぶやいた。
「……団長……よかった……」
その声がきっかけだった。
次々に、兵士たちが泣きながら声を漏らし、周囲は温かな歓喜の輪に包まれた。
鎧をまとう彼らの目にも、涙が溢れていた。
もう、誰も剣を振るおうとはしなかった。
ただ、勝利ではなく――「帰るべき場所」を取り戻した瞬間だった。
(……あれ? え、何この空気……?)
場の雰囲気を読み切れず、戸惑っていたその時だった。
カツン――
鋼の靴音が一歩、そしてもう一歩と近づく。
気づけば近衛騎士団長サン・ジョルジュが、ハル子の目の前に立っていた。
彼は跪き、頭を垂れた。
「……魔王様。あなたは、私の最も大切なもの――家族を救ってくださった。これは、命にも代えがたき恩。今この命、あなたに捧げましょう。私は、あなたに未来永劫、忠誠を誓いまする。」
「…………えっ?」
ハル子の目が点になる。
(なにこれ……まさかの忠誠宣言!?)
彼女が戸惑う中、サンは振り返り、背後に整列した近衛騎士たちに向けて声を上げた。
「我が配下たちよ! 私は今より、帝国に背を向け、この魔王様の傘下に入ることを決意した! この行動に異を唱える者は、どうか遠慮なくこの場を去るがよい。我が裏切りの道に付き従うも、そなたらの自由だ!」
沈黙が流れる――だがそれを破ったのは、一人の兵士の力強い声だった。
「いいえ! 我らは団長と一心同体であります!」
「死ぬときは団長と共に!」
「団長が信じたお方なら、我らも信じます!」
次々に声が上がる。
誇り高き帝国近衛騎士たちが、一斉に膝をつき、魔王ハル子に忠誠を示したのだった。
圧倒されながらも、ハル子はそっとサンの肩に手を置いた。
「……ふふ。よい配下を持ったな、サン・ジョルジュ」
その言葉に、サンは深くうなずき、静かに答えた。
(わーーーすごい展開・・・なぜか近衛騎士団4000の兵が我が軍になるなんて・・・)
とハル子は心の中で喜んだ。
「これより私は、魔王様の剣となり、盾となります」
こうして、かつて帝国の守護と呼ばれた男が、魔王の旗のもとへ加わった。
「魔王様……さすがです……。まさかこのような展開になるとは……」
剣戟の静まった城門前にて、旧獣王国軍総帥ツァラトゥストラ・レオグラードが感嘆の息を漏らした。
その目には、驚きと畏敬、そしてほのかな微笑みが浮かんでいる。
「すべて、読まれていたのですか……?」
ハル子はふと視線を逸らし――そして、ふんっと小さく鼻を鳴らした。
「……うむ。すべて予定通りだ」
ツァラトゥストラは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに深く頷いた。
その横顔には、完全な信頼が宿っていた。
(よし……完璧……このドヤ顔、保ててる……)
(だって本当のこと言ったら、「え、なにこれ偶然?」ってなるじゃん!?)
(魔王たるもの、計画してたって顔しないと威厳が! 威厳が!)
内心で叫びつつも、表面上は完全無欠の魔王フェイスを維持。
風にマントをなびかせながら、堂々とその場に立っていた
そのとき――
「ピィーーーーーーーーーーーー!」
鋭く空を裂くような一声とともに、一羽の鳥が天より舞い降りてきた。真紅の羽をひらめかせ、ツァラトゥストラの肩に降り立った。
素早くその鳥の足に括られていた小さな布を解き取ると、目を走らせ、やがて輝くような声で叫んだ。
「魔王様!朗報です!セルチュクの戦い――トスカーナ大公国のナージャ将軍が、あの四聖賢サマエルを討ち取り、大勝利を収めたとのことです!」
風にたなびく髪を押さえながら、ツァラトゥストラは誇らしげに顔を上げた。
その報告に、ハル子はゆっくりと頷いた。背後には、かつて敵の手に落ちた王城の塔が、夕日を浴びて金色に染まっていた。
「うむ。この王城も陥落した。ならば――ユグドラシル獣王国、復活の時だ!」
その声に力を込めると、あたりの空気が一瞬、震えた。
振り返り、ハル子は城外に集う獣人たちを見渡した。彼らの顔には疲労と傷跡、そして希望の光が宿っていた。
そしてツァラトゥストラが言う
「皆……長きに渡る苦しみの中、それでも私に従ってくれた。今ここに、ケル女王のもと、かつての王都は我らの手に戻った。ゆえに、これよりユグドラシル獣王国再建のため、さらなる尽力を願いたい!――この喜ばしき日を、皆で共に喜び合おうではないか!!」
一瞬の静寂のあと――
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
獣人たちが、鬨の声をあげた。地鳴りのような歓声が城を満たし、空を突き抜けて大地にまで響いた。
歓喜の抱擁が交わされ、失われた国の名が再び叫ばれた。
とうとう、念願の王都奪還――ユグドラシル獣王国の復活が果たされたのだ。
獣人たちは涙し、笑い、歓びの波に呑まれていった。
そんな光景のなか、ハル子はふと、自分の存在が少しだけ背景に霞んでいるような気がして、首を傾げた。
(あれ……今回、私の出番、ちょっと少なくない……?)
だがすぐに、自らの胸に手を当てて、微笑んだ。
(ま、でもすべてうまくいったし……これも、日頃の行いの成果ってことかな)
祝福の光に包まれながら、ハル子の心もまた、喜びに弾んでいた。




