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Chapter27【ジャン・ズーヤーの策】

コロシアムでの騒動に乗じ、アルル女王一行はついにルルイエ城を脱出した。


聖ルルイエ帝国首都を包む混乱はすでに頂点に達していた。

地方の貴族や裕福な商人たちが我先にと城を後にし、外郭(がいかく)の街路は人で(あふ)れかえっている。

空には無数の伝令鳥や魔法通信体が、光の尾を引きながら飛び交い、各地に情報を散らしていた。


混乱の渦を横目に、アルル女王らはレオグランス王国の支配領域――

北の都市イリジャを目指していた。

目的地へと通じるルートは、東海岸最大の海洋都市セランと、内陸貿易都市ザグレブを結ぶ経路。

その二都の間を縫うように進み、果てしなく続くシャロン平原を突っ切る強行軍だ。


列の先頭を行くのは、槍と盾で武装したレオグランス重騎兵団――その数、約千。

鉄の(ひづめ)が大地を揺らし、鋼鉄の鎧が陽光を跳ね返す。

その中心には、荘厳(そうごん)な装飾を施された王族専用の馬車が走っていた。


馬車の中には、アルル女王を中心に、各地から集った異彩を放つ者たちが身を寄せていた。


挿絵(By みてみん)


王女付きの侍女であり、レオグランス王国の名門

ファランドール家の次女――セラ・ファランドール。

緋色の外套を身にまとい、東方の呪符と羅針盤を携える

トスカーナ大公国の道士ジャン・ズーヤー。

そして、ニタヴェリル共和国の統治者であり伝説の飛空艇乗りのドワーフの息子

アルベルト・レヴリー。

さらに、身元不明の覆面の兄妹――

鋭い眼差しを宿す男カイと、快活かつ攻撃的な口調の女クイ。

彼らは互いに絶えず軽口を叩き合っていたが、その背後に軍人としての規律と過去の戦火を感じさせた。

窓辺には、小柄な体にふさふさの尻尾と耳を持つ獣人の子――ケルが、不安げに外を見つめている。

まだ幼さを残すが、その瞳には自然と魔を見分ける力が宿っていた。

そして、皆の視線をときおり集めるのは、流れるような黒髪と爽やかな顔立ちを持つ美貌の青年――ハル。正体は魔王ハル子、今は人の姿を取り、女王の向かいに静かに座していた。

その場に漂う空気は、決して和やか一辺倒ではなかった。

それぞれが異なる国家、異なる立場を背負い、そして何より――異なる「思惑(おもわく)」を胸に秘めていた。


「ちょっと、くっついてこないでよ、カイ!」

「狭いんだから仕方ないだろ、姉貴……!」


覆面をした男女が、窮屈な車内で小競り合いを繰り広げている。

そのやりとりに、セラ・ファランドールがくすりと笑った。


「兄妹仲が良いんですね。うらやましいです」

「お前んとこも“ファランドール七姉妹”っていう伝説の一族じゃねぇか。仲良くねぇのか?」

とクイが軽口を叩くと、


「まぁ……いろいろ、あるんですよ」

とセラは肩をすくめた。


「ふふ、そうね」

とアルル女王が静かに微笑む。


対面では、黒髪のハル(ハル子)が彼らを見つめていた。


「そなたら……インペラトル皇国の出か」


その問いに、カイが頷いて答える。


「いや、我らは出自は違いますが、今はインペラトル皇国の軍人をしております。姉弟で一軍を率いているのです」


「ふむ、軍を預かる将か……なるほどな」


ハル子は静かに目を細め、何かを図るように頷いた。


「で、そこの少年は……なぜ聖ルルイエ帝国に捕まっていたのでしょう?」


ゆるやかな揺れの中、アルル女王が馬車の中で静かに問いかけた。視線の先には、もじもじと手をいじるドワーフの青年、アルベルト・レヴリー。


「……あの、僕、家出したんだ……」


顔を伏せた彼の声は、まるで失くした子犬のように小さく、そしてどこか痛ましかった。


「はっはっは! 家出か!? 坊主ぅ!!」


真っ先に笑い飛ばしたのはクイだった。豪快な声が馬車の中に響き、重かった空気が一瞬(やわら)らぐ。皆の視線が自然とアルベルトに集まり、暖かな興味と優しい笑みがその場を包んでいく。


「僕は()()なんだ…それで義父(ぎふ)は俺を跡継ぎにするつもりで……武術に算術、鍛冶や飛行艇の操縦術まで。毎日家庭教師に囲まれて、遊ぶ暇なんてなかったんだ。友達は空を駆けて世界を巡って……僕も、そんな冒険がしたくなったんだよ。ニタヴェリルを飛び出して、広い世界を見てみたかった……」


言葉を紡ぐうちに、アルベルトの声は少しずつ熱を帯びた。しかし、その瞳の奥には後悔の影も残っていた。


「外の世界はニタヴェリルとはまったく景色さえも違った…見たことのない青い空…眩しいほどの日差し…とても楽しかった…だけど、旅の二つ目の街……海洋都市セランで、帝国兵に素性(すじょう)がばれて。気づいたら……暗い牢獄の中だった。光もなく、声もなく……あんなの、僕が望んでいた世界なんかじゃなかった……」


その言葉に、一瞬だけ馬車の中を沈黙が支配する。


「……トスカーナ大公国、レオグランス王国、そしてニタヴェリル共和国……。各国の重要人物を誘拐し、政治的に拘束して、外交を支配する。聖ルルイエ帝国が用いる常套手段(じょうとうしゅだん)です」


セラ・ファランドールの声音は冷静だが、底には怒りが滲んでいた。誇り高き王国の親衛隊として、彼女の中で何かが静かに煮え立っている。


「そして、あの皇帝エルシャダイ…拷問時には必ず立ち合い、それを楽しむかのように恍惚(こうこつ)を笑みをしていたとか…」


「そう……か」


窓辺に座るハル子は、空の彼方を眺めながら小さく(うな)るように(つぶや)いた。

(なにそいつ…気持ちわるッ!)

心の中でハル子は思いながら、表面では冷静を装い、

その細い指が、膝の上でトントンと小さなリズムを刻んだ。


「とはいえ……とりあえずみんな救出できたんだし!」


次の瞬間、クイが『パン!』 と手を打った。パッと弾けるような音が空気を震わせ、皆の顔に光が戻る。


「それでよしってことに、しようじゃないか」


その言葉に、クスッと笑みがこぼれる。誰からともなく、小さな笑い声が続き、馬車の中に穏やかなぬくもりが戻っていく。


そこに、疾風(しっぷう)のように砂煙を巻き上げながら、一人の女騎兵が馬を駆って馬車へと近づいてきた。甲冑の肩口には、レオグランス王国の紋章が光り、疲労と焦燥(しょうそう)が、その顔に浮かんでいた。馬をぎりぎりで止めると、彼女は手綱を握ったまま声を張り上げた。


「アルル様! イリアでございます!」


不意の呼びかけに、馬車の窓がわずかに開き、アルル女王の姿が現れる。彼女は整った金髪を風に揺らしながら、真剣な眼差しで女騎兵を見下ろした。


「どうしましたか?」


声には冷静さと威厳が漂っていた。


「……待ち伏せされております。斥候(せっこう)の報告によれば、都市ザグレブに駐留していた兵、およそ三千が、およそ五キロほど前方の街道を封鎖し、我らの進軍を妨げております」


イリアの声には、わずかな緊張がにじんでいたが、言葉ははっきりしていた。報告を終えると同時に、馬車周囲の重騎兵たちにも緊張が走る。甲冑のきしむ音、槍を握り直す音が静かに響いた。


アルル女王は一拍置いて、毅然(きぜん)と命じる。


「全軍、急停止を」


号令が響くと、先頭の旗持ちが信号旗を振り上げた。次の瞬間、軍列全体が一斉に動きを止め、馬のいななきと甲冑のぶつかり合う音が広がった。平原の空気が凍りついたような静寂に包まれる。


「どうしましょう……」


女王が側にいたセラへと視線を送ると、それに応じる前に、馬車の中から一人の男が愉快そうな声を上げた。


「三千対千? ふん、余裕で勝てますよ」


トスカーナ大公国の道士、ジャン・ズーヤーであった。彼は腕を組みながら、まるで茶でも飲んでいるかのような余裕の表情で答えた。


「この重騎兵隊……軍を率いる将はおりますか?」


ジャンが視線を巡らせると、セラがわずかに首を横に振った。


「……いいえ。この部隊はあくまで女王陛下の護衛部隊です。隊長はいますが、正規の戦術指揮官ではありません」


ジャンは短く頷き、そして馬車の床に指先で地図をなぞるような仕草を見せた。


「…………策は整いました」


彼の声が低く響くと、馬車の中の空気が一気に張り詰める。


「兵を四分割したいと思います」


全員が無言で彼を見つめる中、ジャンは滑らかに続ける。


「まず、ハル殿に兵百。ハル殿の突破力は、敵陣をかき乱すにはうってつけです。先鋒として突撃し、敵中枢を混乱させていただきます」


「ふふ……ようやく出番だな」

擬人化した美男子の姿をしたハル子が微笑みながら、腰の剣に手をかけた。その眼差しには、どこか楽しげな光が宿っていた。


「次に、クイ殿とカイ殿に兵三百ずつ。左右両翼からの挟撃を行い、敵の側面を抑えます。中央が乱れた時点で挟み込み、一気に瓦解(がかい)させる」


「ふふ、やってやろうじゃないの」

クイが小さく笑い、

「了解」

とカイが一言だけ返す。


「残る兵三百は後衛、本陣を形成します。アルル女王陛下の安全を第一とし、セラ殿と私でこれを守り抜きます」


ジャンの言葉に、セラが深く頷く。その瞳には強い意志が宿っていた。


「この作戦……成功の鍵は、奇襲と速攻にございます。敵の大軍は恐らく数に慢心しており、統率も緩いでしょう。我々が鋭く突けば、容易に崩れましょう」


「よろしい。ジャン・ズーヤー、貴殿に采配を預けましょう」


アルル女王が決断すると、馬車の外からもどよめきが起こった。兵たちは即座に再編成の準備に入り、静かなる殺気が隊列全体を包み始める。


「細かい指示はこれから各部隊に伝えます。さあ、戦の幕を上げましょう」


ジャンが静かに呟いたとき、遠く、敵軍が張る陣幕が、地平線の彼方にぼんやりと見え始めていた。




挿絵(By みてみん)




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