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Chapter26【武術大会決勝戦】

アルル一行が脱出を図った一時間ほど前――

壮麗なコロシアムでは、ついに武術大会の決勝戦が幕を開けようとしていた。


準決勝の熱狂冷めやらぬ中、観客席は興奮の渦に包まれている。

赤く染まった夕焼けが円形闘技場を照らし、石造りの壁に長い影を落としていた。観衆のどよめきが石畳に共鳴し、まるで地鳴りのように響く。


貴賓席に鎮座するエルシャダイ皇帝は、満足げに微笑を浮かべながら、その眼光で闘技場を見下ろしていた。

だが、その隣に座っているはずのアルル女王の姿は、どこにもなかった。


そのとき――

中央の演壇に、派手な衣装をまとった司会者が登壇する。彼の声が魔導拡声器を通して(とどろ)き渡る。


「さあ!この世界の頂点を決める、武術大会の決勝戦――ついに開幕です!!

まずは、我が聖ルルイエ帝国が誇る軍神!白翼(はくよく)の将、サリエル将軍!!」


挿絵(By みてみん)


ドオオオォォォォン!!


観客席が揺れるほどの大歓声が巻き起こる。


「サリエル様!」

「サリエル将軍ーッ!」


怒号に近い声援が、嵐のように場内を駆け巡った。


そして、白銀の鎧をまとった盲目の闘将サリエルが、闘技場の門から悠然(ゆうぜん)と現れる。

その一歩一歩がまるで重力を支配するようで、堂々たる風格と揺るぎない自信に満ちた表情が、観衆の心をさらに熱くさせる。


「そして対するは――謎に包まれた女修道女!その名は、レン!!」


今度は観客席の一角から大きなウェーブのように声援が湧き上がった。

「レン!レン!レン!」

その名が、まるで呪文のように何度もこだましていく。


(え……案外、私って人気ある?)


闘技場の入口で声援を聞いたリヴァイアは、フードの下で小さくにやりと笑い、静かに足を踏み出した。

風が舞い上がり、彼女の修道服の裾を揺らす。敵にすら謎を抱かせる、その静けさと不気味な自信が、また新たな緊張を生む。


「さあ、世紀の一戦が――今、始まります!!!」


司会者の叫びと同時に、巨大な銅鑼(どら)一閃(いっせん)する。


ジャアアアアアアァァァァン!!!


金属音がコロシアム全体に鳴り響いたその瞬間、時が止まったかのように静寂が訪れた。

そして――次の瞬間には、嵐のような戦いが始まるのだった。


レンは静かに背へと手を伸ばすと、背中に携えた長剣を一閃に抜き放った。

その(やいば)が夕陽を反射し、金色の閃光を放つ。


対するサリエルは、鼻で笑うように(あざけ)った。


「ふん、剣を振るう修道女(シスター)など、聞いたこともないわ」


その瞬間、背に広げた純白の翼が大きく羽ばたいた。

巻き起こる突風とともに、サリエルの身体が宙に舞い上がる。


「一撃で――葬り去ってやろう」


冷ややかに告げたかと思うと、サリエルはまるで雷の如き速度で突進してきた。

鋭い風圧が観客席にまで届き、悲鳴が上がる。


レンは微動だにせず、剣を構えたまま呟く。


「さて……舐められたものね」


そして、静かに目を細めると――


「最初から全力でいくわ!」


その言葉と同時に、二人の(やいば)が正面から激突する。


カキン!カキンカキン!!


激しい金属音と火花が闘技場に乱舞し、観客の視線がその一瞬一瞬に吸い寄せられる。


だが、力ではわずかにサリエルが上回っていた。

レンは徐々に押され、ついには渾身(こんしん)の一撃で弾き飛ばされる。


空中に投げ出されたレン。

だが、宙で一回転し、風を裂きながら地面に向けて落下――


そして、ふわりと音もなく、片膝をつくことなく着地する。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


コロシアム中が総立ちになり、地鳴りのような歓声が巻き起こった。


だがレンは顔色ひとつ変えず、すっと前を睨み据える。


「ふん……さあ、見なさい」


愛剣を掲げると、鋭い声が響いた。


「――スキル発動《十束の舞(とつかのまい)》!」


その瞬間、レンの姿がかき消えた。


次の刹那、サリエルの前に再び現れたレンの剣が、十字方向から閃光のように襲いかかる。


シュババババッ!!


音すら置き去りにする高速の斬撃(ざんげき)

空気が切り裂かれ、風が弾ける。


「これしきがあああああッ!!」


サリエルも吼え、渾身の力で剣を振るい、次々に斬撃を弾き返していく。


互いの剣が火花を散らしながらぶつかり合い、まるで神話の戦争を描いた絵巻のような光景が繰り広げられる。


しかし――サリエルの動きは徐々に防御一辺倒になっていく。


「ぐ……!」


鋭い一閃がサリエルの頬をかすめ、わずかに血が飛ぶ。


そして、サリエルは剣を振り払い、風を切って空へと飛翔した。

闘技場の上空にまで一気に舞い上がり、距離をとって構え直す。


鋭い眼光が、下のレンを見下ろす。


次の一撃こそ、勝敗を決する――

空気が、張りつめた。


サリエルは空中からレンを見下ろし、わずかに息を整えると低く(うめ)いた。


「……貴様、何者だ……」


鋭く睨みつけながら、腰のホルスターに手を伸ばす。

そこから取り出されたのは――一本の黒い金属製の注射器。


「貴様ごときに、これを使いたくはなかったがな……」


ボソリと呟き、ためらいもなくその針を自らの胸へと突き立てた。


「ふんッ!」


ブシュ、と鈍い音とともに注入された紫色の液体が、サリエルの身体に染み渡っていく。

肌の下を蠢くように、血管が妖しく発光し始め、全身が淡く紫に染まっていく――


「うがあああああああああああああッ!!」


サリエルが天を仰いで叫んだ。

筋肉が異様に膨れ上がり、鎧が(きし)みを上げてひび割れていく。

白かった翼は黒く染まり、毛細血管のような赤い脈が浮かび上がった。


観客席には、ざわめきと恐怖が走る。


「ふふふ……これで……貴様をなぶり殺しにできる……わははははははは!!」


狂気じみた哄笑(こうしょう)が響き渡る中、サリエルの姿が突如――フッと消えた。


次の瞬間、リヴァイアのすぐ真横に現れる。


「――はっ!」


気づく間もなく、リヴァイアの脇腹に強烈な(こぶし)がめり込んだ。


「ぐっ……!!」


空気を裂く衝撃音とともに吹き飛ばされたリヴァイアは、地面を転がり、片膝をついてようやく踏みとどまる。


「さあて……ここからが本番だ」


サリエルは口元を吊り上げ、ゆっくりと歩み寄ってくる。

その歩みは、まるで死神の接近のようだった。


「さあ……どうかわす?」


そう言うと、腰の剣を静かに鞘へ戻し、今度は両拳(りょうけん)を構えた。

そして――


「ヒュンッ!」


風の音を残して姿を消す。


「くっ……!」


リヴァイアは咄嗟(とっさ)に構えるが、次の瞬間、無数の(こぶし)が四方八方から襲いかかった。


ガンッ!ガンガンッ!


(こぶし)の嵐を紙一重で回避し、防戦に徹するリヴァイア。

しかし――一瞬、読みを誤った。


ズガッ!!


強烈な拳が顔面に直撃する。


「う……ぐああっ!!」


その衝撃で再び吹き飛ばされ、土煙を巻き上げながら地面を滑る。

観客席は悲鳴と怒号(どごう)で混乱し、コロシアム全体が不穏な空気に包まれた。


勝敗の天秤が、大きく傾き始めていた――


「……ぐ……」


片膝をついたリヴァイアが、ゆっくりと顔を上げた。

唇から血が伝っていたが、その目には揺るぎない決意が灯っていた。


「……さて――遊びは、ここまでにしようか」


立ち上がるその姿に、闘技場全体の空気が変わる。

ピシリ、と地面が音を立て、風がざわついた。


「――《バハムート弐式》」


その言葉が告げられた瞬間、リヴァイアの全身に光の奔流が巻き起こった。

(まばゆ)光柱(こうちゅう)が天へと突き抜け、空気が震える。


風が逆巻き、砂塵(さじん)が舞い、観客たちはその圧に思わず顔を背ける。


現れた姿は、まさに神話の獣そのものだった。

竜の顔に鋭く輝く双眸(そうぼう)、全身を覆うは宝石のように(きら)めく鱗。

尾鰭(おびれ)が「バチィン」と甲高く床を叩き、観客席にまでその衝撃が伝わる。


人の姿と竜の威容が融合した異形(いぎょう)の戦神――それが、《バハムート弐式》。

三分間だけ、すべての能力が六倍に跳ね上がるリヴァイアの究極形態。


「さあて……どう片づけるかな」


指をポキポキと鳴らしながら、静かに歩き出すリヴァイア。

その気配だけで空気が震え、まるで重力が増したかのような圧が襲いかかる。


観客席にどよめきが走る。


「あ……あれは……!」

「竜の魔人!?」


その観客の声がサリエルの耳に入る。


「……竜の魔人……まさか……魔王軍四天王――リヴァイア……!!」


震え混じりの声で名を(つぶや)いたのはサリエルだった。


だが、その瞳に宿るのは恐怖ではなかった。


「ふふふ――面白いわ!」


次の瞬間、サリエルの姿がかき消えた。


ドンッ!!


風が裂ける音とともに拳が振り下ろされる――

しかし、リヴァイアは寸前でそれを受け止めた。


「遅い」


そして、カウンターのように拳を繰り出す。


ガンガンガンガンガンガンッ!!


拳と拳、尾と足――互いの全身を武器にした攻防が、超高速で繰り広げられる。


金属が擦れる火花と、風圧で吹き飛ぶ砂塵。

空間が割れそうな轟音に、観客たちは声も出せず、ただ見守るしかなかった。


その時だった。


二人の拳が交差した刹那――

リヴァイアの尾鰭(おびれ)がくるりと回り込み、まるでムチのようにしなる。


ズガン!!


サリエルの顔面に直撃したその一撃は、爆発のような音を立てて炸裂(さくれつ)した。

身体ごと叩きつけられたサリエルは、地面にうつ伏せに崩れ落ちた。


「……ぐ、あっ……!」


(うめ)きながら身を起こそうとするが、動きが鈍い。


ガバッと口を開いたかと思うと――


ビチャッ


真っ赤な血が、地面にぶちまけられた。


その場にいた誰もが、言葉を失った。


「……さて、この辺が潮時(しおどき)か……」


リヴァイアは燃え盛る空を見上げながら、ふっと微笑んだ。


「――さあ、バハムート様。お出ましを」


その一声とともに、空にバリバリと音が走る。

まるで空間そのものに裂け目が生じたかのように、青空に黒い亀裂が走った。


そこから――よどんだ瘴気(しょうき)をまとい、漆黒の飛竜がゆっくりと姿を現す。

その眼は赤く輝き、羽ばたくたびに風が暴れ狂い、空気が震える。


挿絵(By みてみん)


「な……な、なんだアレは!?」

「逃げろ!!逃げろおおおお!!!」

「ドラゴンだあああ、魔王軍のドラゴンだああ!!!」

「魔王軍の襲撃だァ!!」


観客席は一瞬で大混乱に陥った。

悲鳴が飛び交い、人々は椅子をなぎ倒しながら出口へ殺到する。


その混乱を嘲笑(あざわら)うかのように――バハムートが天を仰ぎ、咆哮(ほうこう)した。


ゴオオオオオオオオオオッ!!!


地響きのような咆哮(ほうこう)とともに、炎が四方八方へと吹き荒れる。

スタンド席をなぎ払うように炎が走り、次々と建材が焼け、火柱が上がる。


会場は、もはや戦場と化していた。


「――では、また再戦といきましょう」


リヴァイアは片手を挙げて一礼し、高く跳躍(ちょうやく)する。


飛竜バハムートの背に華麗に着地すると、そのまま翼がはためき――

竜とともに、夜空を貫くように上空へと舞い上がっていった。


焦土と化した闘技場を下に、リヴァイアの姿は闇に溶けていく――。


その様子を、貴賓席から見下ろしていた皇帝エルシャダイは、仁王立ちしたまま、腹の底から笑った。


「ウハハハハハハハ! 良い……実に良い余興(よきょう)であったぞォ!!」


その横に控える、白と青の装束に金の刺繍がきらめく謎の男――

冷静なまなざしで騒乱(そうらん)を見つめていた。


その耳に、そっと近づく一人の諜報員。

耳元で何かをささやくと、男はただ(うなず)き、静かに手を上げた。


次の瞬間、男の手のひらに光が集まり、淡く輝く光の鳥が形を成す。


「……飛べ」


一言だけ呟くと、鳥は空へと舞い上がり、光の尾を引きながら遥か遠くへ飛び去った――

まるで、新たな事の始動を告げるかのように。


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