Chapter18【召喚魔法と魔道具】
翌朝、柔らかな朝陽が城の高窓から差し込む中、使用人の案内で魔王ハル子はアーサー王の執務室へと向かった。
重厚な扉が静かに開くと、部屋には高い書棚が並び、古代語の背表紙が輝く魔導書がびっしりと収められていた。奥には装飾が施された豪奢な机があり、その向こうにアーサー王が威厳を湛えて座っていた。その傍らには、長い白髪と深紅の法衣をまとった大魔導士マーリンが静かに立っていた。
「おはよう! ルシファー殿!」
アーサー王は満面の笑みで声をかけると、脇のテーブルを指し示した。
「さあ、こちらへ」
テーブルには豪華な刺繍の施されたクロスが掛けられ、大きく柔らかそうなソファが用意されていた。ハル子がそこに腰を下ろすと、アーサー王とマーリンも向かいに座った。直後、メイドが恭しく現れ、銀のティーポットから香り高い紅茶を注ぐ。
「それで……」
アーサー王が口を開いた。
「本日お呼びしたのは、この度のご助力に対し礼を申し上げたかったからなのだ」
「しかしだな、ルシファー殿が喜ばれるものは一体何だろうかと……昨夜からずっと悩んでおったのだが――」
そこへマーリンが言葉を挟む。
「――昨日の召喚魔法の話なのじゃが、もしかしてルシファー殿は、いまだ召喚契約を結ばれておらぬのでは? と、ふと思ったのじゃが……いかがかな?」
「うむ……確かに、我の魔法一覧に召喚魔法は存在しないな」
と、ハル子は素直に答えた。
アーサーとマーリンは顔を見合わせ、小さくうなずく。
「それでは、我らと召喚契約を結ぶというのは、どうだろう?」
とアーサー王が提案した。
「……それはどういうことだ?」
ハル子が眉をひそめる。
マーリンが口を開き、静かに語り始めた。
「召喚契約とは、高位の魔力を持つ者同士が交わす契約のこと。多くの場合、冥界からこの世界に落ちて来た者は、大概、その契約を結んでおるものなのじゃ」
「冥界……落ちてきた者、だと?」
ハル子は疑念を込めて呟いた。
「ふぉふぉふぉ……ルシファー殿は召喚魔法について、まだよくご存じではないようじゃな。それでは、少し長くなるが、この世界の理についてお話しよう」
マーリンの瞳が神秘的に輝き、語りが始まる。
「今、我々がいる世界は『バレイシア』と呼ばれておる。だが、この世界とは別に、『冥界』――いわば死後の世界、あるいは異なる次元とも呼べる場所が存在するのじゃ。
冥界には7つの神族があり、アース神族、ヴァン神族、ディース神族、アスラ神族、ドヴァルグ竜神族、ヨトゥン獣神族、ケプリ蟲神族に分かれておる。そしてそこでは、“死”という概念は存在せぬ。
善き行いを積めば、魂は冥界へ昇華される。だが悪しき者は『ヘル』という地獄のような場所で転生の輪廻に入るのじゃ。
その冥界の頂点に立つ存在こそ、創造神『カオス』様。神々の長とも言えるお方じゃな」
ハル子は紅茶の湯気の向こうに、不可視の世界の広がりを感じた。
「カオス様はある掟を定められておる――それが『多種族との交わり』の禁忌じゃ。これを破れば、子は罰としてこの『バレイシア』に落とされる。そしてその子らこそが“魔人族”や“天使族”と呼ばれる存在なのじゃ」
マーリンはさらに続けた。
「魔人とは、神族が人や獣と交わって生まれた者。天使とは、ヨトゥン獣神族が人と交わって生まれた者。いずれも強大な力を持つ。そして、そうした子には大体が我が子を案じ、召喚契約が結ばれるのじゃ。しかし、召喚魔法は数年に一度呼び出す事が出来る者や数カ月、はたまた数日単位で呼び出せる者もおり、その召喚期間は人それぞれなのだ‥‥。それが召喚魔法なのじゃよ。」
「……なるほど。つまり、召喚魔法とは召喚契約さえすればよいと…」
ハル子はようやく過去の出来事の意味を理解し始めていた。
「そうじゃ。そして、召喚魔法で呼ばれた者は『零体』として姿を現す。見た目は実体に近く本来の『80%』の能力が引き出せるのだ。しかし、ダメージを『50%』受けると霧散してしまうという制約付きじゃな‥‥」
マーリンの語りはようやく締めくくられた。
(なるほど……アレッサンドリアで戦ったヒュドラ、ビゼのヒュプノス……あれらも召喚魔法だったのか。やっと腑に落ちた)
ハル子は目を細め、頷いた。
するとアーサー王が一枚の革布の巻物を取り出した。
「ちなみに召喚魔法は、相手の承諾を得る事が条件じゃが、召喚契約を結べば使えるようになる。たとえ、この現世バレイシア同士でもじゃ。」
とマーリンが話し
「ここに、我が名と円卓の12人の騎士の名を記した召喚契約書がある。ルシファー殿がここに血判を記せば、我らはあなたの召喚に応じよう!」
とアーサー王はニコリとしてハル子に革布の巻物を手渡した。
「……おお、それはありがたい」
ハル子は感激の面持ちで巻物を受け取り、親指を軽く噛んで血を滲ませた。
滴る鮮血が革布に染み込んだ瞬間――巻物が金色に輝き、彼女のコンソールに新たな魔法が追加された。
召喚魔法:ナイツ・オブ・ラウンド
効果:アーサー王と名前を記した円卓の12騎士を召喚する
制限:召喚体は攻撃力80%及びダメージ50%で消滅
消費魔力:全魔力の90%
召喚期間は10年に一度
(おおお……これは……強力だが、魔力消費『90%』はキツいな。それに『10年に一度』って‥‥使いどころは慎重に選ばねば……)
ハル子はその力の大きさに興奮しながらも、冷静に見定めようとしていた。
「ありがとう、アーサー王」
ハル子は両手で王の手を握り、深く感謝の意を示した。
「そこでだ、わしからも一つ渡したいものがあるのじゃが……」
重々しく切り出したマーリンは、どこからか取り出した古びた宝箱をハル子の前に差し出した。それは手のひらに収まるほどのサイズで、時の風雨に晒されたような黒ずんだ木目と、淡く鈍い銀の金具が付いていた。
「我が師匠より授かったものなのじゃが……結局、開けること叶わず今日まで持っておったのじゃ。このまま、お主に託したい。師匠曰く、途轍もなく貴重な魔道具らしいのじゃが……」
魔王ハル子は眉をひそめ、宝箱を手に取った。確かに、ただならぬ魔力の気配が漂っている。だが、それ以上に――
(え、開かない宝箱って……正直もらっても微妙なんだが……)
ハル子はそう内心で呟きながらも、手に取ったその宝箱から、ほのかにただならぬ魔力の気配を感じ取った。見た目に反して、中には何かが眠っているような気配が確かにある。
「……ディストラクション」
小声でそう唱えると、宝箱の表面に刻まれていた不可視の封印が光を放ち、パキパキと音を立てながら外郭が崩壊し、やがて微細な粒子となって空気に溶けた。
室内の空気が一変する。まるで空間そのものが息を呑んだかのように、しんと静まり返った。
「おおお……!」
アーサー王とマーリンが声を上げる。中から現れたのは、きらめく宝石をはめ込んだ三つの指輪。それぞれ異なる光を放っており、赤、青、そして黒。まるで意思を持つかのように微かに脈動している。
ハル子は一つずつ指輪を手に取り、まず黒い宝石の指輪をそっと薬指にはめてみた。
――瞬間、魔王の姿が変わった。
長身の魔王の身体が、すっと縮み、次第に細身の優美な青年の姿へと変化する。長い黒髪が肩にかかり、切れ長の瞳は穏やかな輝きを宿し、まるで少女漫画の王子様のような美貌だった。鏡に映る自分を見て、思わずハル子は目を見開いた。
(……誰これ、めちゃくちゃイケメンじゃん!でも、全ステータス半減かぁ……それは痛い……)
それでも、擬人化魔法を持たぬハル子にとって、この指輪は願ってもない戦略の幅を広げる道具だった。
■黒い宝石の指輪
効果:人族(男)に変身可能。
装着中は全ステータスが半減。
変化後の姿は、装着者がこれまで「美しい」と感じた人物に似る。
「しかし、人の姿といえども……ルシファー殿から放たれる強い覇気は隠せぬのだな。一目で正体がわかってしまうぞ」
アーサー王が言うと、マーリンも頷いた。
「ふむ……魔力が漏れ出ているのか……それは困ったな」
ハル子は渋い顔をして、次の指輪――赤い宝石の指輪を手に取る。はめた瞬間、空気がスッと軽くなるのを感じた。
■赤い宝石の指輪
効果:外に漏れ出す魔力のオーラを打ち消す。
ただし、魔力自体には影響しない。
「おお、これは……見た目は完全に一般人ですな。まさか魔王とは誰も思うまい」
アーサー王が感心して言った。
(……いや、マーリン殿の師匠が残した“秘蔵の宝”にしては地味すぎじゃない……?)
内心ではそうツッコミつつ、最後の指輪――青い宝石の指輪をはめた。
その瞬間、まるで身体の奥底に眠っていた泉が湧き上がるような感覚に包まれた。魔力の流れが滑らかになり、軽やかに動き出す。
■青い宝石の指輪
効果:すべての魔法の消費魔力を50%軽減。
魔法の効果は変わらず。
「こ……これはすごい!」
ハル子は思わず声を上げ、コンソールに表示された魔法リストを確認した。
▼コンソール表示
オメガアタック:魔力消費量 55% → 27.5%
ナイツ・オブ・ラウンド:魔力消費量 90% → 45%
(オメガアタックが3回も撃てる……! ナイツ・オブ・ラウンドとの併用も可能……これは……マジでチートだ!)
喜びを隠せず、ハル子はガッツポーズを取り、
「ありがとう!マーリン殿! これは本当にありがたい!!」
と心からの感謝を告げた。
その時――。
コンコン、と執務室の扉がノックされ、入ってきたのはアレッサンドロ伯爵だった。彼は相変わらずの柔和な笑みを浮かべていた。
「その姿は…魔王様!?」
と姿が違えど場の空気を読む伯爵。
「おお、そうだ!擬人化指輪をしておるのだ」
と微笑みながら魔王ハル子は答えた。
「なにか良いことがあったようですね、魔王様。それで……次はトスカーナ大公国に向かわれるのでしたら、私の領地、アレッサンドリアの港から定期便が出ております。それにご乗船なされば、便利かと」
「そうだな。それは良い!」
少しはしゃいだようにハル子が答えると、アーサー王が立ち上がって言った。
「ならば、我らも盛大に見送りをせねばな!」
とアーサー王が笑顔で言った。
「い、いや……恥ずかしいので控えめに頼む……」
とハル子は頬をかすかに赤らめながら謙遜した。
だがその頬には、これから始まる新たな冒険への高揚と期待が確かに宿っていた。
朝靄に包まれたキャメロットの中央広場に、魔王ハル子の一行が集結していた。頭上には雲ひとつない空が広がり、かすかな風が旗をなびかせている。街の人々や兵士たちが名残惜しげに見守るなか、魔王軍の精鋭たちが整然と並ぶ姿は圧巻だった。
そこへ、黄金の装飾をまとったアーサー王が騎士たちを従えて現れた。その数、十二人。名高き「円卓の騎士」たちである。
「ルシファー殿、出発の前に、我ら騎士一同より感謝を申し上げます」
アーサー王の高らかな声に、騎士たちが一斉に膝をつき、剣を掲げて敬意を示す。静まり返った広場に、その儀礼の響きが荘厳に鳴り響いた。
そんな中、金髪の美丈夫――ランスロットがリヴァイアの前にそっと歩み寄る。
「ああ、リヴァイア様……もうしばらくお会いできぬと思うと、私の心は裂けるばかりでございます」
甘く低い声に、リヴァイアは眉をひそめた。。
(またか、この男……)
ハル子の脳裏に、過去の記憶が閃いた。そう――かつて聞いたアーサー王伝説。そこに登場したランスロットの逸話。
ハル子は一歩前に出ると、ランスロットの前に立ちはだかった。
「ランスロットよ」
ハル子の声は鋭く、空気を切り裂くようだった。
「我が国の預言者がこう告げておった。『ランスロット、その女癖の悪さが災いとなり、王国に内乱を呼び、やがてアーサー王を滅ぼすであろう』と。だからこそ、忠告しておく。今この瞬間より女癖を改めよ。そして……くれぐれも、王妃アン・グィネヴィア殿には絶対に手を出してはならぬぞ!」
一瞬、広場が静まり返る。
ランスロットは苦笑しながら、
「よ……預言者ですか……?」
と口元を歪めた。
ハル子は一歩踏み出し、真っ直ぐに彼を見据えて言った。
「その預言者のおかげで、我々はこの国の危機を知り、駆けつけることができたのだ。この勝利も、すべてはその導きがあってこそ」
その言葉は嘘だったが、表情には一片の曇りもなかった。
「おお……それは……! 偉大なる導きですね。その預言者様の言葉、胸に刻みましょう!」
ランスロットはようやく納得したように頷き、手を胸に当てて誓った。
「ルシファー殿の忠告、必ずや守り抜きましょうぞ!」
(よし……これでログエル王国の未来は、少しはマシになるだろう)
ハル子は心の中でガッツポーズを決めた。
そのとき、修道女ガーラと大魔導士マーリンが近づいてきた。ガーラははにかむように顔を上げると、ハル子に向かって声を発した。
「魔王様……私、大魔導士マーリン殿に弟子入りすることにいたしました。修行を受けさせていただくことに……!」
「おお、それはよかったのう。良き師のもとであれば、必ずや大成するであろう」
ハル子が柔らかく応じると、ガーラは瞳を輝かせ、さらに言葉を続けた。
「修行を終えた暁には……ぜひ、魔王様の配下として仕えさせていただきたく存じます!」
その目には決意の光が宿っていた。
「どうしてだ? そちはこのログエル王国が故郷ではなかったか?」
問いかけると、ガーラは頬を染めて、言葉を絞り出した。
「あの……お慕いする方が、私にはおります。そして……その方をお守りしたくて……!」
(なるほどな……これは私に『恋』しているということか?)
ハル子は静かに微笑みながら、ふと昔の自分を思い出した。
(恋の始まりは、変わりやすい四月の天気のようなもの……いつかは変わるだろうが、今は無碍にできぬな)
「うむ、期待しておるぞ。お主の成長、楽しみにしておる!」
ガーラは感激の面持ちで深く頭を下げた。
すると、後ろから黒い鋼鉄の巨体――アルバスが一歩前に出て、低く響く機械声で応えた。
「もちろんのこと……彼女は、必ず守り抜きます」
ハル子は微笑みながら、頷いた。
そして、見送りの時が来た。アーサー王をはじめ、円卓の騎士たちや市民たちが広場に集まり、盛大な見送りが始まった。色とりどりの花びらが空を舞い、魔法による花火が青空を彩る。
「よし、魔王軍全軍は一度魔王城へ帰還せよ!」
「ははっ!」
リヴァイア、リリス、ビゼが敬礼し、それぞれ軍に指令を飛ばす。空を飛ぶ飛竜たちがその命を受けて動き出す。
ハル子は続けて言った。
「今から私はアレッサンドロ伯爵を送り届けに都市アレッサンドリアへ向かう。そこから船でトスカーナ大公国に渡る予定だ」
「お供いたします!」
即座にリヴァイアが声を上げる。
(……また即答か。まあ、断ってもしょんぼりするしな……)
「よし、リヴァイアよ! 共に参るぞ!」
「はいっ!」
リヴァイアは満面の笑みを浮かべ、胸を張って答えた。
そして、リリスとビゼは魔王軍を率いて魔王領へと向かい、ハル子、リヴァイア、そしてアレッサンドロ伯爵は新たな目的地――都市アレッサンドリアへと旅立った。
空は高く、どこまでも晴れ渡っていた。
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