Chapter17【クリスタル】
あの激戦から、数日が経過した。
魔王ハル子一行は、都市キングスウッドでの短い休息を終え、ログエル王国の首都キャメロットへ向かっていた。アーサー王自らが、勝利の宴を催すと招待してくれたのだ。
整備された街道を進む馬車の中、心地よい揺れに身を任せながら、ハル子は車窓から流れる景色を眺めていた。緑豊かな丘陵地帯がどこまでも広がり、道沿いには春の訪れを告げる野花が咲き乱れている。鳥のさえずりが風に乗って届き、戦いの記憶を一時忘れさせるような、穏やかな空気が漂っていた。
そして、やがて――。
丘を越えたその先に、荘厳な都市が姿を現した。
赤い屋根のレンガ造りの家々が立ち並び、その中心には、ひときわ高くそびえる純白の城。まるで天に届かんばかりの塔が、太陽の光を受けて輝いている。幻想的でいて、どこか威厳を感じさせるその姿は、正に中世ヨーロッパの騎士物語に登場する王都そのものであった。
「おおお……凄い迫力だな……」
ハル子は思わず感嘆の声を漏らす。
「いえ……我らが魔王城も、荘厳さでは決して劣ってはおりません」
傍らに控える飛竜リヴァイアが、誇らしげに言った。
街を覆う城壁の城門の前に差し掛かると、王国の紋章が描かれた巨大な旗が、風にはためいていた。重厚な扉が軋む音と共に開かれ、整然と並ぶ衛兵たちが姿勢を正す。
「ルシファー様……!」
その門をくぐると、城下町の人々が押し寄せていた。
歓声と共に花が舞い、道沿いには人々が列をなして頭を下げる。子供たちは手を振りながら「ありがとう!」と叫び、大人たちは感極まった面持ちでひざまずき、両手を胸に当てて祈るような仕草を見せていた。
「……あれが、我が国を救った英雄、ルシファー様だ……!」
「ルシファー様ぁーっ!!ありがとう!!」
「救世主!ルシファー様ーーーッ!!」
ハル子は少し戸惑いながらも、右手を静かに上げて応える。微笑を浮かべるその姿に、民衆の熱気はさらに高まっていった。
(こんな……大勢の人に感謝されるなんて……ちょっと、照れるな)
キャメロット城が近づいてきた。その城門前には、黄金と白銀の甲冑に身を包んだ12人の騎士たちが並び、彼らの中心に立つのは、威風堂々としたアーサー王だった。
その顔には深い安堵と喜びが浮かんでいる。
「さあ、我が城へ! 親愛なる我が友、ルシファー殿!」
両腕を広げて出迎えるアーサー王の姿に、ハル子は自然と笑みを返した。
案内されたのは、金と白を基調とした、絢爛豪華な大広間。壁面には金の装飾が施され、天井からは巨大な水晶のシャンデリアが幾つも吊るされている。燭台の炎が揺れ、その灯りはまるで宝石のように煌めいていた。
その中心に鎮座するのは、伝説の「円卓」。
全員が対等であることを象徴する円形の大机が、堂々とその存在を示している。
円卓には、魔王ハル子、飛竜のリヴァイア、不死騎団の氷結のリリス、影偵軍の闇のビゼ、修道女のガーラ、料理貴族アレッサンドロ伯爵、アーサー王、そして老賢なる大魔導士マーリン、不敗の騎士ランスロット、太陽の騎士ガウェイン、炎帝パーシヴァルらが並んでいた。
アーサー王が立ち上がり、ワイングラスを掲げる。
「今宵は存分に楽しんでくれ。ここに座るのは友である。上下も主従もなく、ただ対等なる心をもって――永遠の絆を結ぶ者たちとして!」
その言葉に応えるように、ハル子も立ち上がり、堂々とした口調で言葉を返す。
「その言葉、嬉しく思う。我もまた、ここにいる12人の騎士たちとアーサー王に、永遠の友情を誓おう!」
その言葉に、場が一気に湧き上がる。
太陽の騎士ガウェインが、感極まって涙を流しながら叫ぶ。
「おうっ!!」
誰もがワイングラスを掲げ、一斉に乾杯した。
(……すごいな、このノリ。完全に王道ファンタジーじゃん……)
ワインを口に含んだハル子は、ふとその味に気づく。
「……え? これ、美味しい」
「ふははは、これは蟲王ルイ殿からの差し入れじゃ。歓迎式典をすると伝えたら、巨大な虫に運ばせてくれてな……」
アーサー王が笑いながら答える。
(ルイ殿にはお礼しなきゃね……)
食事と談笑が続くなか、アーサー王がふと真剣な顔になる。
「ルシファー殿の配下は全員、召喚魔法が使えるのか?」
(召喚魔法? 確かにリヴァイアはバハムートを呼び出してたし、ビゼは悪魔っぽいのを……あれ?リリスも氷の魔人で帝国兵を撃退したって言ってたな・・・?)
答えあぐねるハル子の代わりに、リヴァイアが静かに口を開く。
「はい。我ら幹部は高位魔力者。全員、召喚魔法を修めております」
「……え?」
ハル子が思わず声を漏らす。
「さすが魔王軍、感服いたしまする」
そう言って、アーサー王はハル子の何か察したかのように、にこやかに話題を終えた。
そして…ハル子は本題を切り出した。
「……実は、我が忠臣ラ・ムウが帝国の罠にかかり、氷の石板に封印されてしまったのだ。調査の結果、古代魔法による封印で、解くには古代文字を解読し、特別な魔力が必要と判明したのだ……古代魔術に詳しいマーリン殿に力添え願いたいのだが…」
そのとき、アルバスが胸部を開いて立体映像を投影する。
「こちらです!」
(おおお!場違いにも程がある技術!!)
とハル子は思わず口を押さえた…
会場がざわつき、マーリンは興味深そうに目を細めた。
「ほほう……これは難儀じゃのう……」
古びた書物を開き、ページの隙間から漂う埃を指先で払いつつ、マーリンは渋い顔で呟いた。その目には、知識を紐解く者特有の深い光が宿っている。
「これは――伝説のクリスタルが使われておる……」
重々しい口調で放たれたその言葉に、部屋の空気が一変した。まるで空間全体が魔力に反応したかのように、微かに光が揺らいだ。
ハル子は思わず眉をひそめた。
「伝説のクリスタルとは?」
静かに問いかけるハル子に、マーリンは頷きながら、遠くを見つめるような目つきで語り始めた。
「これは……古の伝説じゃ。この世界に散らばる『七つのクリスタル』。誰が創ったのかすら分からぬが、太古の時代より存在し、一つ一つに莫大な魔力が込められておる。
そして、高位魔力者の中には、特定の…そうアルティメット魔法というものがある。それを発動するために、この『クリスタル』を媒介として使わねばならぬ。その魔法――封印術も、その類いであろうな」
語る声は徐々に低く、重みを増していく。
「余談ではあるが……ある古文書には、こんなことが書かれておった。『七つのクリスタル』は、一つ使用するたびに消滅し、最後の一つ――七つ目を使用したとき、この世にすべての『願い』を叶える“創造神”が現れる……まるでおとぎ話のような話じゃがな」
「……七つのクリスタル……すべての願い……」
ハル子の脳裏に、地球で見た某アニメの神龍が浮かぶ。
(……出たよ、願い叶える系……もうこの世界で何が起きても驚かないわ!)
心の中で叫びつつも、彼女の表情は凛としていた。
「ふむ……ということは、マーリン殿でも、この封印術は解けぬのか?」
場の空気を読み、リヴァイアが静かに問いかける。
「いや……これもまた運命かもしれぬ。ずっと気になっておった魔法があるのじゃ。
“レクルーデル”と呼ばれる術でな……。これは私のアルティメット魔法であり、あらゆる封印を解くと…」
マーリンの声に一縷の希望が混じる。
「しかし……?」
リヴァイアがその先を促すと、マーリンは眉を寄せて言った。
「クリスタルが『3つ』、必要なのじゃ」
「……なんと……3つも……。しかも、それがどこにあるかも分からない……」
リヴァイアは天を仰ぎ、重く息を吐いた。
ハル子も静かに続ける。
「さらに、すでに何個使われてるかも分からないのであろう……それでは……」
「そうじゃ」
とマーリンは頷いた。
その瞬間、場の空気がどこか沈んだものになる。
「魔王様! 諦めてはいけません! 諦めたらそこで試合終了ですよ!」
突然、快活な声が響き、皆が振り返ると、アレッサンドロ伯爵が拳を握りしめていた。
(そのセリフ……嫌ってほど聞いたわ……安西先生……)
思わず心の中でツッコミを入れたハル子だったが、口元にはわずかな笑みが戻っていた。
「うむ、行動あるのみじゃ。やるだけやってみよう!」
気を取り直し、前を向くハル子。その目には、迷いのない強さが宿っていた。
「そう落ち込むことはない……この世の探し物を見通せる“レペリオの水晶”というものがある」
と、マーリンが再び口を開く。
「おお! それを今すぐ見せてくれ!」
食いつくように言ったリヴァイアだったが――
「……いや、ここにはないのじゃ」
その瞬間、リヴァイアは膝から崩れ落ちた。
「……トスカーナ大公国の、トスカーナ殿下が所持しておると聞いた」
「うむ……よかろう。それならば、まずはトスカーナ大公に会いに行こう。そして、三つのクリスタルを見つける……それで封印が解けるのならば!」
ハル子がそう言うと、マーリンはゆっくりと頷いた。
その時だった。
「うわーーーーーんっ!」
突然、リリスが大声で泣きながらハル子に飛びついてきた。
「お師匠様が……お師匠様がぁっ……!」
泣きじゃくるリリスの頭を、ハル子は優しく撫でた。
「明日、ルシファー殿には特別に渡したいものがある。朝になったら使用人が案内するゆえ、今宵はこの城の貴賓室にて、ゆっくり休むがよい」
マーリンの言葉で、重くなった空気が少しだけ和らいだ。
皆がそれぞれの思いを胸に、広間を後にする。
(クリスタル探しか……まるでFFね……でも、一歩は進んだ。よし、ここからが正念場だわ)
ハル子は胸の奥で、静かに闘志を燃やした。
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