Chapter14【再会】
パシャアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
炸裂音と共に、深紅の機体――ルベルスが誇る最強砲撃「ルクスキャノン」が解き放たれた。真紅の閃光が空気を裂き、戦場に焦げ臭さを撒き散らしながら魔王軍の前線に突き進む。
だが――
ズガァァァァン!!
大気が弾ける音と共に、砲撃は突如として見えない壁に激突し、激しく反射された。閃光がまるで逆流する奔流のように空間を巻き戻り、撃ち手へと返される。
「な・・・なにィィ!!?」
ラファエルの絶叫が轟く間もなく、反射された砲撃が深紅の機体へと襲い掛かる。
ドゴォーーーーーン!!
凄まじい爆発。火球が弾け、地鳴りと衝撃が大地を揺るがせる。黒煙の中からルベルスが火花を散らしながら吹き飛ばされ、巨体がもんどり打って地面に叩きつけられる。その腕は衝撃で吹き飛び、装甲のあちこちが裂けていた。
「うがあああああああああっ!!」
金属が軋むような雄叫び。それは操縦者ラファエルの声ではなく、機体そのものが苦悶に呻くかのようであった。
魔王ハル子は、その光景の中に立つ少女の姿を見つけた。
黄色いフード付きローブに身を包んだ少女――メロが、にっこりと笑っていた。
「ルシファーちゃん!またボコられてるの?」
その無邪気な口調の奥に宿るのは、異常なまでの自信。
そしてメロの向こうに女性が腕を組んで立っている。
彼女の背には、赤く逆立つ髪と、まばゆい光を放つ反射魔法の
魔法陣が煌めいていた。
さらにその背後から――
風にたなびく緑の長髪、美しき長身の女戦士メルが、静かに佇み、戦場を見渡していた。
「お前たち……!」
脇腹を押さえ、痛みに耐える魔王ハル子の目に、懐かしい仲間の姿が映る。
「そう、助けに来たよん! 間一髪だったね!」
メロが無邪気に笑い、そして次々と仲間たちが姿を現す。
「おやおや……また私の出番が遅れてしまいましたか」
低く知的な声と共に現れたのは、漆黒の外套に身を包み、煌めく眼鏡をかけた優雅なる美丈夫――蟲王ルイ・ド・ヴァロワ。
(あーーーこれが本当の白馬の王子様!!)
ハル子の心に、花が咲いた。まるで乙女漫画のワンシーンのように。
「ぐうう……まだ終わらん……!」
砕けた装甲の中から、ルベルスが軋む音と共に声を発した。
「ふふっ……まだ動けるのですか?」
蟲王ルイが静かに問いかけたその瞬間、
ギギ……ギィーーーー……
金属が悲鳴を上げながらも、ルベルスの機体はピクリとも動けなかった。
「拘束済みです。もう暴れられませんよ」
ルイが手を一振りすると、空中に舞う無数の蜘蛛糸が深紅のロボット・ルベルスをがんじがらめにしていた。
プシューッ……
空気圧が漏れ、ルベルスの胸部装甲が開く。その中から現れたのは、顔中に血を滲ませたラファエルであった。ふらつきながらも、彼は睨みつける。
「貴様……何者だ!」
「あなたが帝国四聖賢ラファエル殿ですね。私は蟲王ルイ・ド・ヴァロアと申します」
ルイは優雅に一礼した。
「な……なんと、あの蟲王の森の王か……なぜ、ここに……?」
「我が親愛なる友人――ルシファー殿の危機とあらば、いかなる戦場でも馳せ参じましょう」
その言葉に、ハル子の胸は再びドクンと跳ねた。
「ぐぬぬ……全軍!! 魔王とこやつを討てェェェ!!」
ラファエルの怒声が戦場に響く。
だが――
ピィーーーーーーーーーー!!
ルイが指笛を吹いた瞬間、大地が震え、無数の羽音が空気を震わせる。
無数の羽音と共に、戦場の四方八方から蟲たちがうねりを上げて出現した。地を這い、空を飛び、地下からも出現する虫たち。
地中を割って現れる巨大な甲虫、木々を揺らして降り立つ羽根の煌めく蛾、空を旋回する無数の蜂――それらが戦場に洪水のように溢れ出す。
「うわーーーやめろーーーー!!」
「ぎゃあああ! やめてくれぇぇ!!」
虫の大群が帝国軍を包囲し、悲鳴と混乱が入り乱れた地獄の交響曲が奏でられる。兵士の瞳には絶望が映り、剣を捨てて泣き叫ぶ者もいた。
(うわー、きもーーー……敵に回ったら最後だわ……)
その光景を見て飛び立つラファエル。
「逃がしませんよ」
羽ばたいて逃走を試みたラファエルを、ルイの糸が絡め取った。
「ぐあっ!」
空中で足を取られ、地面に叩きつけられる。
「……ぐぐぐ……こうなれば、致し方ない‥‥召喚魔法『ヒュドラ―』召喚!」
大地が唸りを上げ、空気が凍った。
地面がひび割れ、灼熱の風と共に現れたのは――
九つの首を持つ伝説の怪獣、ヒュドラ―だった。
その姿は巨体にして禍々しく、咆哮一つで空を震わせる。九つの首は互いに絡み合いながらうねり、口からは蒸気のような熱が漏れ出していた。空気が震え、大地が悲鳴を上げる。
帝国兵は歓喜し、魔王軍は一瞬ひるむ。
「ヒュドラ―よ、あとは任せた……」
ラファエルが呟き、風に乗って逃げ去る。
魔王ハル子はあっけにとられ
眺めるだけであった・・・
(なに‥‥これって、もはや怪獣じゃない‥‥)
そう心で思っていると、ビゼがそばに来た‥‥
「あの‥‥・ぼくの召喚魔法なら、対処できるかも……」
影偵軍軍団長ビゼが口を開き、古びれた革の巻物を開いた。
「闇の化身、召喚!」
古の呪文が巻物から迸る光と共に紡がれ、次の瞬間、異形の巨人が降臨した。
牙を持つ細長い顔、ぐるりと撒かれた角、蝙蝠のような翼――
その姿はまさしく悪魔そのもの。
出現と共に空が曇り、戦場全体を包むように影が落ちる。闇の帳が風に揺らぎ、兵士たちが一歩後ずさる。
「ビゼ……元気にしていたか……」
「うん、お願い、ヒュドラ―を……!」
「ふむ、相性は良い……皆、下がっておれ」
ヒュプノスが深く息を吸い込み、
プハアアアアアアアアアッ!!
黒い霧を吐き出した。
腐敗臭と毒のような瘴気が渦を巻き、地面にいた虫ですら逃げ出すほどの圧倒的な臭気が辺りを包んだ。兵士たちは鼻を押さえて倒れ込み、目を潤ませてうめく。
(くっさ!! これこの世の匂いじゃない!!)
ヒュドラ―は九つの首を狂ったように振り回し、もがき、そして――次々と倒れていく。
首が地面へ煙を立てながら崩れ落ち、ヒュドラ―は気を失ったようであった。
そして、空には薄らと光が戻りつつある。
「今だ、首を落とせ!!」
ルイの号令に、モイラ三姉妹が鎌を手に飛び出した。
ずばっ、ずばっ――次々と首を落とし、ヒュドラ―は黒煙となって消滅した。
「うわああああっ!!」
希望のヒュドラ―を倒され、帝国兵たちは一斉に逃げ出した。
「退却だ!! 全軍退却――!!」
四散する帝国兵。彼らの目にはもはや戦意の炎はなく、ただ命を惜しむ者の顔があるのみだった。地には倒れた兵士と、砕けた魔導兵器の残骸が散らばり、戦場は静寂と共に黄昏に包まれていった。
「魔王ルシファー殿! 我らの勝利です! 宣言を!」
ルイの声に、ハル子は剣を支えに立ち上がる。
「こたびの戦! 蟲王ルイ殿の多大なる功績により、我らが勝利を得た! 喜べ、魔王軍よ! 平和の夜明けを祝うのだ!!」
「うおおおおおおおおお!!」
影偵軍の咆哮と、虫たちの狂騒が戦場を震わせる。
「さあ、海洋都市アレッサンドリアへ……手当てを受けましょう」
ルイに肩を貸され、ハル子は赤くなりながら歩き出す。
夕日が海面を照らし、波間に光がきらめいていた。風は潮の香りを運び、遠くで鐘の音が微かに響いている。
(近い……めっちゃいい匂いするし、イケメンだし……)
城門が開かれ、貴族風の人物たちが並んでいた。
「新しい支配者に歓迎の意を」
「え、支配者? なになに……?」
ハル子は思わず呟いた。空の色が夜に染まりゆく中、都市の灯がともる。新たなる支配の幕が、静かに――しかし確かに――上がろうとしていた。
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