Chapter13【罠】
海風に吹かれながら、魔王軍は海岸都市アレッサンドリアの城壁へと近づいていた。
街は静寂に包まれていたが、まるでそれが嵐の前の静けさであるかのように感じられた。
城門の前――巨大な階段状の台座の上には、本陣がまるで祭壇のように設けられていた。
その頂に、まるで玉座にでも座るかのように一人の男がふんぞり返っている。
両翼には約2,000ずつ、計4,000の精鋭兵がずらりと並び、槍と盾を構えてこちらを睨んでいる。
対するは、魔王ハル子率いる影偵軍――その数、1万。
数では敵の倍を超える。魔王軍の兵士たちは士気高く前進する。
だが――玉座の男は、まるで退屈そうに足を組み、頬に拳を当てながらこちらを見ていた。
やがて、その男が手をひらひらと動かし「来い」と合図を送る。
魔王ハル子は鋭い眼差しを向けたまま、一歩前に出る。
その左右には、影偵軍団長ビゼと、黒のロボットが静かに付き従っていた。
男のもとへと近づくと、その装いがはっきりと見えた。
金箔の刺繍が施された豪奢な衣装、白銀の髪、少女漫画から抜け出したような端正な顔立ち。だが、その瞳には狂気と傲慢さが宿っていた。
その男は、まるで舞台俳優のように誇らしげに名乗る。
「我が名は、四聖賢の一人――ラファエルである!」
声に混じる魔力の余韻すら、空気を震わせた。
魔王ハル子は不敵に笑みを浮かべながら応じた。
「ふふっ、まず名乗りとは……騎士道精神か。よかろう。
我が名は――魔王ルシファーである!」
その名が告げられた瞬間、ラファエルの姿勢が変わった。
それまで椅子に沈み込んでいた身体が、前のめりに跳ね起きる。
「貴様が……あの魔王ルシファーだと!?」
ラファエルの顔から余裕が消え、口元が震えた。
「まさか……20万の帝国軍を、たった一つの魔法で葬り去ったという――あの……!」
そして、狂気すら帯びた笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「くくくっ……ふはははははっ! これは想定外の収穫だ!
本来はアーサー王をこの地で陥れるはずだったが……まさか、貴様自身が罠にかかりに来るとはな!!」
魔王ハル子の瞳が鋭く光る。
「……罠、だと? そちらの兵は我が軍の半分以下であろう」
「ふふふ……そう思わせておければ充分だ」
ラファエルがゆっくりと立ち上がると、マントが風に舞い、金の刺繍が朝日を反射して輝く。
その手がすっと上がった――瞬間。
ゴォォォォ――――ッ!
まるで地鳴りのような音と共に、城壁のあちこちから無数の兵士たちが姿を現す!
さらに、街の左右の狭道、背後の山道からも――伏兵の群れが出現した!
兵の数、ざっと見積もって10万超。
一瞬にして、影偵軍は完全に包囲された――!
「な……!?」
周囲を囲まれた影偵軍の兵士たちは、どよめきと共に混乱する。
「まさか……! こんな罠に……!」
ラファエルは勝ち誇ったように笑いながら、手を広げた。
「ふふふ、見ろ! これが知略というものだ。
我が軍の“本当の数”は、貴様らの十倍。さあ、魔王とやらよ――どう出る?」
そのとき、ラファエルの後方に立つ灰色のロボットが低く唸るように言葉を発した。
「……アルバスよ。久しいな……」
その声に反応し、黒のロボットが静かに返した。
「……ルベルスか。生きていたとはな……」
二機のロボットが、互いに宿敵として再会したのだ。
そのやり取りを聞いたラファエルが、ニヤリと笑った。
「ふふっ、よかろう。こういう再会には、余興が必要だな。
貴様ら、逃げ場のない中で屠るより、一騎打ちで無様に倒してやる方が面白かろう」
黒のロボット・アルバスが機械音に交じりながら声を発する。
「望むところだ。受けて立とう」
ラファエルはくるりと背を向け、灰色のロボット・ルベルスの腹部が開く。
ゆっくりとその中に乗り込んでいく。
「……そちらも、操縦士がいるのだろう?」
ラファエルの声がロボットの外部スピーカーを通じて響く。
だがアルバスは――沈黙を保ったまま、そっと膝を曲げ、戦闘態勢に入った。
――そして。
影偵軍と帝国軍の兵士たちが一歩下がり、巨大な円陣をつくる。
その中心で、黒と灰――二体のロボットが対峙する。
風が静まり、空気が凍る。
激突の火蓋は――今、切って落とされた。
漆黒の鋼鉄の塊、ロボ・アルベスが天を突くように咆哮を上げた。背部に装備されたジェットエンジンが高熱を吐き出し、周囲の空気を震わせる。
「────行くぞ!」
両手に握る巨大な双剣が、灼熱の噴煙を纏いながら煌めく。全身に火花をまき散らしながら、アルベスは一直線に灰色の巨体、ルベルスへ突撃。
スキュウウウウウウウーーーーーーーーンッッ!!!
大地がえぐれ、粉塵が竜巻のように巻き上がる。地表に深い爪跡を刻みながら、黒のロボット、アルベスが突進する!
「来たか……!」
灰色の騎士、ルベルス。両肩に構えた重厚な剣を、十字に組んで迎撃態勢。
ガキィィィィィンッッ!!!
瞬間、刃がぶつかり合い、天地が揺れるような衝撃が爆発した。巨大な火花が半径数メートルに降り注ぎ、岩を砕く轟音が辺りに響き渡る。
「フン……ほう、パワーは……互角、か」
ルベルスのコクピットに乗るラファエルは、口元を歪めて笑った。その瞳は鋭く、だがどこか楽しげでさえあった。
「黙れェェッ!!」
黒のロボット・アルベスが力任せに刃を押し込むが、灰色のロボット・ルベルスはそれを受け止め、軽やかにバックステップで距離を取る。
次の瞬間、両者は宙へ跳躍。
空中で旋回しながら、刃と刃が舞い踊る。
ギンッ! ガキン! ギギギギギィン!!
一太刀ごとに空が裂け、爆発音が連なる。衝撃波が空中に円状の波紋を描き、二機の戦闘はまさに超重量級の剣舞。
「ふおおおおおッッ!!!」
「ぬるいッ!!もっと全力で来いッ!!」
剣が、拳が、足がぶつかり合い、戦場が灼熱に染まる。
地上では、黒マントをはためかせる魔王ハル子が戦いを見上げていた。そして、じっと空を睨む。
(始まったか……ロボット大戦争……2体だけだがな‥‥)
ハル子はふと遠くに見える敵軍の10万の兵を思い浮かべた。
(しかし……この戦い、どう収めればいいのか……)
その思考を断ち切るように、空中で再び激突するルベルスとアルベス。
そして、互いに一度大きく跳躍し、静止する。
「ふふ……少々、期待外れだったな」
ラファエルが低く呟く。
アルベスの操縦者が目を細め、呻くように漏らす。
「まさか……」
「お主なら察しておろう。この機体の“真の姿”をな──」
すると、ルベルスの全身に走る紅い光。装甲が開き、内側から新たなパーツがせり上がる。
スキュウウウウウーーーーーン!!!
烈しい風圧と共に、眩い閃光が爆発。光が収まった時、そこに現れたのは深紅の機体《真ルベルス》。
装甲は硬質な赤に染まり、角張ったシルエットは圧倒的な重厚感と殺意を放っていた。
「ははははッ!! これが……ルベルスの真の力よ!!!」
ラファエルが吠えると同時に、真ルベルスが突撃──
「なッ──!? 速い──!」
ドゴオォォォォン!!!
一撃。それはまさに流星のようだった。
衝撃でアルベスが吹き飛ばされ、地面を何十メートルも転がる。その体からは火花が散り、地面が黒く焦げる。
「……ふふふ、もう終わりだ。死ねい!!」
ラファエルが剣を振り上げ、真ルベルスが第二撃を叩き込もうとした瞬間──
ガァキィィィン!!!!
鋭い金属音が響き渡る。
間に割って入ったのは、魔王ハル子。巨大な剣で真ルベルスの剣を受け止めたのだ。
「殺させはせぬ……!」
漆黒のマントが風に翻る。
「貴様ァァ!! 騎士道精神に恥じる行いをッ!! 一騎打ちを愚弄するかァッ!」
「騎士道……? この魔王にあると思ったか!」
そう言い放つと、ハル子の瞳が蒼く輝いた。
「スキル──ソラリス、発動!!」
青白いオーラが一気に放出される。彼女の背後に巨大な剣の幻影が浮かび、風が渦を巻く。
「ハアアアアッ!!」
ハル子が突撃、次々に繰り出される剣閃。まるで流星の雨のように降り注ぐその剣技。
だが──
「見切っているッ!!」
真ルベルスはそれをいなし、たった一撃で魔王を地へ叩きつけた。
ズドォォン!!
地面にクレーターが刻まれ、土煙が天まで立ち上る。
「ぐっ……はぁっ……!」
血を吐き、なお立ち上がろうとするハル子。
ラファエルは静かに見下ろし、口角を吊り上げる。
「その程度か……魔王。がっかりだな……」
しかし、ハル子は立ち上がる。そして、震える声で──
(力差がこれほどとは‥‥しかたが……ない。あれを繰り出すしかない・・・)と思考を張り巡らした。
そして
「──オメガアタックッ!!」と呟いた。
周囲の空気が捩れ、風が逆巻き、ハル子の身体に赤黒いオーラが集中する。
30秒限定。すべての能力が10倍になるチート魔法である。
「行くぞおおおおおッッ!!!!」
赤白い稲光が空気を焦がし、魔王の全身に力が奔る。
オーラが波紋のように広がり、魔剣が共鳴するように輝く。
次の瞬間、魔王ハル子の身体が残像を残して消えた。
「なっ……!」
ルベルスの光学センサーが追いつかない。
ズバッ!
右肩装甲に斬撃!
ガンッ!
左膝を貫通する突き!
ギャリィィン!!
反撃の剣を半身でかわし、喉元に寸止めの一撃!
ラファエルの表情に焦りが走る。
深紅のルベルスがスラスターをふかし、距離を取ろうとする――だが!
「逃がさない!」
ハル子の声と共に、足元の地面が砕けるほどの加速!
連続斬撃を繰り出す
斬ッッ!! 斬ッ!! 斬斬斬斬斬ッ!!!
「くっ、化け物めぇえええええ!!」
とラファエルはさっきまで余裕の表情ではなくなっていた…
鋭利な刃が次々に命中。深紅の装甲が割れ、火花がほとばしる。
「ぐっ……ラファエル様、損傷が──!!」
「まだだッッ……!! 耐えろルベルス!!」
10秒、9秒、8秒──
「うおおおおおおお!!」
ハル子が気力を振り絞り、最後の剣技を叩き込む──!
ガキンッ!!!!!
そして、時間が切れた。
息を切らすハル子。体力は限界。能力は低下。
空気が静まり、魔王ハル子の身体から赤いオーラがすうっと消えていった。
コクピット内のラファエルの視界には、ハル子の数値グラフが映る。
「攻撃力、スピード……低下中‥‥」
「ふはははは……!! どうやら制限時間つきのスキルであったようだな…、貴様の敗因は……“時間切れ”だ……!」
ラファエルはニヤリと笑い、
全身に残るダメージを無視して、剣を高く掲げる。
「あと10秒長ければやられていたが――運が尽きたな、魔王ッ!」
「くたばれええええええ!!」
振り下ろされる斬撃!
ハル子は反射的に剣を構えるが――
ガギィィィィィン!!
防ぎきれず、力負け。
そのまま地面に背中から激突!
ドォン!!
「がはっ……!」
口から血が噴き出し、意識が一瞬飛びかける。
だが、必死に片膝をつき、剣を杖代わりに立ち上がる。
見上げるハル子。
「ふわははははッ!! とどめだ……《ルクスキャノン》ッ!!」
ルベルスの両手首が回転し、内部から光が集束する。
空気が振動し、地面の砂が浮き上がるほどのエネルギーが放たれようとしたその時――
パシャアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
天地を裂くような閃光が走った!
巨大な水面に石を投げ入れたような波紋の音と共に、
戦場に、あの“懐かしい”声が響き渡った。
その光の中、聞こえてきたのは──
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