Chapter11【作戦会議】
タリム平原の仮設会議室には、重厚な地図が広げられた円卓を囲むように、ログエル王アーサー、魔王ハル子、そしてその配下たちが静かに着座していた。焚き火の明かりが幕舎の中に揺らめき、緊張を孕んだ空気が流れている。
「我々の諜報によると――」
アーサー王が重々しく口を開くと、場の空気が引き締まった。
「先日、聖ルルイエ帝国は南の砂漠地帯、最東部に位置する都市アレッサンドリアを占領。そこに十万を超える大軍を展開した。さらにジェノバ遺跡にて発掘された、かの“ロボット”と呼ばれる兵器によって、キャドバリー村を壊滅させたのだ。現在、帝国軍は我がログエル王国の南端、都市キングスウッドへと進軍中。だが安心せよ。そこには我が友パーシヴァルと、恩師たる大魔導士マーリン様が防衛線を築いておられる。容易く突破はされまい。」
静かに語るその声には、王としての自信と、仲間への深い信頼がにじんでいた。
すると、リヴァイアが眉をひそめ、問いを投げる。
「ロボット……それは遺跡の中から出てきたってことか?」
「その通りだ」
アーサー王は頷き、視線を地図に落とした。
「数年前の大地震で地殻変動が起こり、地中に眠っていた古代の遺物が姿を現したのだ。そしてキャドバリー村の南部にも同様のロボットが出現し、我がキャメロット城へと運ばせ、国内の技術者たちと共に調査を進めていた。」
魔王ハル子がその言葉に興味を示し、口を挟む。
「それって、ガーラが乗ってるあの黒いロボットみたいに喋るのか?」
「……いや、奴らは無機質だ」
アーサー王は短く否定する。
「だが、内部には人が搭乗できる空間があり、操縦することが可能だ。私自身も試乗したが……驚異的な機構だったぞ。」
アーサー王の口調にわずかな驚きと賞賛が混じる。
その瞬間、円卓の一角に静かに立っていた黒いロボットが、機械音と共に重々しい声を放った。
「喋らないのは当然だ。それらは――我を創る過程における、失敗作に過ぎぬからな」
その一言に、場が一瞬静まりかえった。
「おおっ、黒ロボ!お前、何か知ってるんじゃないか?」
とリヴァイアが乗り出すように問いかける。
だが、黒ロボは冷たく言い放つ。
「今は……お前たちが知るべき時ではない」
その言葉に魔王ハル子は眉をしかめながらも、会議の本題へと戻した。
「まあ、それは後にしよう」
ハル子が気を取り直すように手を打つ。
「それより、聖ルルイエ帝国の侵攻について、さらなる詳細を聞かせてくれ。」
「うむ」アーサー王は頷き、改めて戦況を語り始めた。
「敵軍の兵力は、推定14万4千。アレッサンドリアに本陣を構え、主力部隊14万はキングスウッドに進軍中。そして、発掘された“緑色のロボット兵団”は推定300体。これらを指揮するのは、帝国幹部のカマエル将軍とクシエル将軍。そして、全軍を束ねる総大将は――四聖賢の一人、ラファエル大将軍であることが判明している」
「……ということは、本陣には約四千が残る計算になるな」
リヴァイアが素早く分析を加える。
「そこでだ――」
アーサー王は指で地図をなぞりながら説明を続ける。
「我々はこのタリム平原から、キングスウッドに向けて進軍中の敵軍を、背後から挟撃する。そしてそのために、ドーバーの海岸都市から5万の兵を率いてここへ渡ってきたのだ」
「ふむ……見事な戦略だな、アーサー王」
とハル子は感心したように言った。
「さらに、魔王閣下の軍5万が加わったのは、我が軍にとって何よりの力添えだ!」
アーサー王は力強く言葉を放つ。
「で、作戦の詳細は?」
「うむ、こう考えている。ログエル王国軍5万に加え、魔王軍のうち4万をお借りし、キャドバリー村からキングスウッドへと進軍。敵の14万に対し、後方から挟撃を仕掛け、五分の勝負に持ち込む。そして勝敗を分けるのは、“個の力”だ。カマエル将軍、クシエル将軍――この二名を討ち果たすことが、勝利への鍵となる!」
魔王ハル子は力強く頷くと、自軍の配備を決めた。
「それなら、うちの飛竜軍リヴァイアと、不死騎軍リリスの4万をその挟撃部隊にまわそう。私は影偵軍1万を率いて、アレッサンドリアの本陣――兵4000を討ちに行く」
その瞬間、静かにしていた黒ロボが一歩前へ出た。
「……それでは、わたしもアレッサンドリアに向かうとする…」
「(あ……コイツの配備、忘れてた)」
ハル子は内心で額に汗をにじませた。
だがすぐに気を取り直し、威厳ある声で命じる。
「うむ、共に行動せよ。任せたぞ、黒ロボ!」
「‥‥‥‥‥‥」
と黒のロボットは恭しく無言で頭を下げた。
アーサー王がそのやり取りを見届け、立ち上がる。
「では、日も暮れてまいりました。明朝、夜明けと共に出立といたしましょう!」
静かな決意が、幕舎の空気をさらに引き締めていった。
「晩餐と誓い」
作戦会議が終わる頃には、タリム平原の空は茜色に染まりはじめていた。
遥か地平線まで何も遮るもののない大地は、沈みゆく太陽の光を鏡のように受け止め、世界全体が赤金に輝く幻想の風景となっていた。風は穏やかで、どこか異世界の静けさが心を鎮める。
その中心、軍の陣幕の中に設けられた円卓には、豪勢な料理が次々と運ばれていた。
猪の丸焼き、大地の根菜のグリル、香草の効いた焼き魚。料理の香りが夜の空気に溶け込み、兵士たちの腹を刺激していく。
円卓の上には、金属細工が施された燭台に何本もの蝋燭が灯され、その炎がグラスや器を煌めかせていた。夕日が完全に沈むと、その温かな橙色の光だけが宴席を照らし出す。魔王ハル子は、しばし光景に目を奪われた。
「……まるで絵画のようだな」
思わず漏らしたその言葉は、誰に向けたものでもなかった。
その時、不意にハル子は声を上げた。
「そういえば──あの葡萄酒を」
視線を向けた先、リヴァイアがぱっと顔を輝かせた。
「おおっ、あれですね!」
リヴァイアは勢いよく立ち上がると、軽やかな足取りで陣幕の奥へと姿を消した。しばらくして、両手に数本の黒いボトルを抱えて戻ってくる。そのボトルには、見たこともない蟲の刻印が彫り込まれていた。
「兵たちにも振る舞ってやってくれ」
魔王の言葉に従い、葡萄酒が次々とワイングラスに注がれていく。
やがてアーサー王が静かに立ち上がり、グラスを掲げる。
「明日、我がログエル王国の命運をかけた一戦が始まる。この不穏なる時代に、勇敢にも我らのため援軍として駆けつけてくれた魔王閣下には、我が臣民一同、心から感謝を捧げたい」
その声音は静かでありながら、誰よりも力強かった。
「今宵、我々はここに誓う──魔王ルシファー閣下を、我らの“親愛なる友”としてお迎えし、その絆を永遠のものとせん!」
円卓に歓声が沸き上がる。
魔王ハル子もまた席を立ち、グラスを高く掲げた。
「うむ、アーサー王よ。我らは今より盟友。共に戦い、この大地に平穏と繁栄をもたらさんことを!」
「おうっ!!」「おおおお!!」
ランスロット、リヴァイア、ガウェインらがグラスを掲げ、力強く応じる。
杯がぶつかり合う音が、どこか神聖な鐘のように夜空に響いた。
「うまい……うますぎる……」
アーサー王がワインを口に含み、思わず目を細める。
魔王ハル子は、どこか誇らしげな笑みを浮かべて口を開いた。
「ふふふ、それはな……我が盟友、蟲王ルイ殿より頂いたものだ」
一瞬で場の空気が凍りつく。
「……あの、不入の森の王が……? 数千年もの間、人を拒み続けていたという、あの伝説の蟲王と……?」
誰もが信じられないという表情を浮かべた。
「なんという……心の広さだ……あの方と絆を結ぶとは……」
尊敬の眼差しが、円卓に集まる。
ハル子は肩をすくめて苦笑する。
「いや、まあ……成り行きでな」
(……マジであの時は死ぬかと思った。ルイの親衛隊、三姉妹、あれはもうボスラッシュだったよ。私、リヴァイア、アンドラスが皆フルボッコされ……。あの子蜘蛛を助けてなかったら、確実に詰んでた……な)
ハル子はグラスの中でワインを回しながら、過去の激闘を思い出していた。
テーブルには大皿に盛られた猪の肉が並び、その肉汁が輝くように滴っていた。口に運べば、外は香ばしく、中は驚くほどジューシーだった。
(……この世界、空気は澄んでるし、飯はうまい。……あとは、このオジサンみたいな魔王の姿さえなければなぁ……)
魔王の仮面の裏で、ハル子がぼやくように思う。
酒も回り、やがて場はくだけた雰囲気になっていく。
「あなたほどお美しい女性は、私は初めて見ました」
ランスロットが、酔った勢いで、リヴァイアに歩み寄っていた。
「その黒髪の艶、その気品に満ちた顔立ち……まるで夜空から舞い降りた月のようです」
ハル子はニヤニヤしながら、その様子を見守る。
しかし──
「……あまりそういうことを言われても、嬉しくありませんので」
リヴァイアがぴしゃりと切り返した。
(ええっ!? なんかいい雰囲気だったのにぃ!?)
ハル子の内心は、少しだけ残念そうだった。
「……私が褒められて嬉しいのは、この世に、たった一人だけです!」
その目はまっすぐに、誰かを見つめていた。
(えっ……それって、もしかして私……? いやいやいや、気づかないふりしとこ……)
そう思いながら、ハル子はそっと目を逸らした。
その瞬間、過去の記憶が不意に蘇る。転生前、会社で松中副部長から語られた話──
(……ランスロット。円卓の騎士の一人で、アーサー王の妃との不倫が露見し、王国は真っ二つに割れ……アーサー王はその戦に巻き込まれて命を落とす……)
ちらりとランスロットを見る。
(……やばいやつじゃん……女癖、マジ注意しなきゃ……!)
ふと、頭上を見上げれば、満天の星々が夜空に広がっていた。
まるで天から降り注いでくるかのような輝きだった。
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