009:ジャックザリッパー3
俺はキメラシティの通り魔の犯人、通称ジャックザリッパーの捜査を依頼を受けた。
依頼人はキメラシティ唯一の七つ星冒険者のニーアさんだ。
彼女は俺がこしらえた生ハムのマスカルポーネ添えを口にしつつ高級ワインを飲む。
「美味しいです、ラウルさんは何をやらせてもそつがなさそう」
「あはは、神童のいわれは伊達じゃないでしょ?」
彼女はその美貌からキメラシティの殿方からよく告白される。
俺もその現場を一回だけ見たことがある。
ギルド総合館の二階でさ、冒険者の一人が恥を惜しんでプロポーズしていた。
ニーアさんは丁重にお断りしていたけど、大変そうだった。
通り魔、ジャックザリッパーは女性だけを狙って犯行に及んでいることを考えると。
「気を付けてくださいね? もしかしたら通り魔の次のターゲットは貴方かも」
「だとすれば、望む所です」
「感服したくなるような力強いお返事ですね、はは」
「それでは用件は済んだのでこれで失礼します」
「ええ、もし依頼を達成したら、お伺いしますので」
その時は報酬の金貨三千枚、よろしくお願いします!
さてと、俺も眠いし、明日にそなえて寝よう。
一応、家を覆うように結界魔法をしておいて。
明日も冒険者ギルドでクエストを受けつつ、ニーアさんの依頼も進めるか。
翌朝、グレイシアとお互いに眠気眼でお早うの挨拶を交わした。
「おはようおじさん」
「おはようグレイシア」
「昨日ニーアさんとは会えた?」
「会えたよ、先日の通り魔のことで依頼を受けた」
「頼られてるんだね」
褒めるな褒めるな。
最近は天狗になりがちだし、俺としては一度気を引き締めたい。
「おじさん、私の洗濯物はやってくれた?」
「ああ」
「部屋にホコリ付いてたけど、掃除は?」
「ちゃんとしたさ」
「そう、とりあえず朝食作ってよ」
伸び盛りのグレイシアは食べ盛りでもあるしな。
腕によりをかけて栄養バランスととのった絶品を作ってやろう。
そこに、ひょっこりとニーアさんが飼っている妖精のガンマが顔を出した。
「ねぇおじさん、悲しくないの?」
「どうしてお前がここにいるんだよ」
それと悲しくないのって何だ?
「可愛い子相手だからとは言え、これじゃあまるで使いっぱしりじゃないか」
「ああ、そういうこと? 俺と彼女は家事を公平に割り振ってるからいいんだよ」
「どこが?」
俺とグレイシアは毎週の週始めに、勝負する。
今週で言えばテーブルゲームで勝敗を決し、負けてしまったので俺の担当。
まぁ外部の、それも人間でもない妖精にとやかく言われることじゃない。
俺は手元にあった大粒のブルーベリーの一つをガンマに向けて指で弾いた。
「いいからお前はそれでも食って黙ってろ」
「わーい」
グレイシアはガンマを無表情で見詰めていた。
ブルーベリーを手にしたガンマは彼女の視線に脂汗をかく。
「な、なに?」
「……」
「えっとー、あ、俺、用事思い出したから帰る!」
「?」
この間の亜人の件といい、グレイシアの心情がまるでわからない。
朝食やら、朝の家事をすませて俺とグレイシアはキメラシティに向かった。
大勢の雑踏が昼夜問わず混成都市のおうらいを靴底で踏み鳴らしている。
ある者は標準的な冒険者の出で立ちでとおりの武器防具店で物色していて。
ある者はお洒落で露出度のたかい格好でお友達と楽しく喋りながら散策していた。
その中、卓越した視力を持ったグレイシアは一点を集中して見詰めていた。
「おじさん、あの人怪しい」
グレイシアの視線の先に、覆面姿でぼろ布の外套をはおっていた謎の人物がいた。
彼女の言う通り見るからに怪しいそいつは――ッ! 俺たちに魔法を放った。
奴が向けて右手の手のひらから放たれた光線は、恩師のマント越しに俺の胸を穿つ。
グレイシアが悲鳴染みた声を上げていた。
「おじさんッ!」
「大丈夫、肋骨が折れただけ――それよりも来るぞ!」
グレイシアはとっさに身をひるがえして、横にある家屋の屋根に飛び退いた。
屋根の上から弓を構え、覆面の魔法使いをけん制している。
俺は一旦時間を稼ぐため、ビッグティガーが得意とする不可視の魔法を使う。
周囲にいた群衆が謎の魔法使いの出現に混乱して、騒然としていた。
すると覆面の魔法使いは舌打ちして、俺と同じく不可視の魔法を使って姿を隠した。
奴の反応を見て感知魔法を使うと、街の北西を駆け抜けるようにして逃げていた。
身のこなしといい、正体不明の攻撃魔法といい、手練れだな。
「グレイシア! 奴は北西方面に逃げた! 奴の不可視を解くから一緒に追うぞ!」
このまま奴を逃がすと大変なことになるかもしれない。
奴の不可視の魔法を激震の杖によって強引に解除する。
屋根の上を走って北西方面に走っていたグレイシアが声を張り上げた。
「落ちたよ!」
激震の杖によって奴の脳を揺さぶったからな。
満足に魔法を使えるような状態ではないだろ。
俺は飛空魔法で群衆の上を駆け抜け、奴が落ちた路地裏に急いでむかった。
が、そこに覆面の魔法使いの姿はなかった。
一応感知魔法を使って隠し通路がないか調べた。
下に下水路はあるものの、そこを通っているという訳でもなさそうだ。
続いてグレイシアもやって来て、状況を聞く。
「あいつは?」
「逃げた、というよりも消えた」
文字通り、奴は俺たちの前から神隠しのように消失していた。
奴こそがキメラシティを脅かしている噂のジャックザリッパーかもしれなかった。