008:ジャックザリッパー2
通り魔と間違われて捕まった。
そのことで一時、定期で来ていた俺への指名依頼がなくなりそうだった。
兄弟子のゴザが仕向けた嫌がらせだったようだ。
誤認逮捕から解放された五日後、グレイシアを連れてギルド総合館に向かった。
男勝りな性格をしている冒険者ギルドの受付嬢からクエストを受けて帰宅。
夜通しネオンサインが煌めくキメラシティの外れにある家には恩人がいた。
「お帰りなさい」
キメラシティ唯一の七つ星冒険者として重宝されている超絶美少女のニーアさんだ。
彼女は家の一階にある吹き抜けの応接室のソファにそそたる姿勢で座っていた。
「ニーアさんじゃないですか、昇級の時はお世話になりました」
「神童としての貴方のお噂はかねがね聞かされていたので」
「今はうだつの上がらない中年冒険者ですよ」
所で、何故貴方がここに?
疑問に思っていると、彼女の背中からちんまい生き物が顔を出した。
「僕の名前はガンマ! ニーアの親友!」
その生き物は俗に妖精と呼ばれる小人族だった。
悪戯好きで人にちょっかいを掛けては成敗されるおとぎ話が多数ある。
ガンマは白く長いインナーの上に半袖短パンの黒い上下を着た小人だった。
屈託のない笑顔で、俺の肩の上にちょこんと座り。
「よ! ろ! し! くっ!!」
魔法で音量を上げて俺の鼓膜を破壊しようとしていた。
予期せぬ突然の攻撃に耳がキーンとする。
彼の行動を予測して両耳をふさいでいたニーアさんが説教していた。
「初対面の人への悪戯は禁止にしていたはずだよ?」
「怒らないでニーア、僕たちは初対面じゃないし」
「そう」
耳がキンキンして二人の会話がよく聞こえなかった。
気を取り直してさっきの話に戻ろう。
「どうしてニーアさんがここにいるんです?」
「最近も活躍している貴方に依頼したいことがあって」
「へぇ、内容にもよりますが前向きに検討しますよ」
と言いつつ、応接室から離れてキッチンへと向かった。亜空間倉庫を応用して作った食物庫から生ハムのマスカルポーネ添えした一皿を即興で作り、他にも先日油揚げして作ったフライドポテトに香味料で味付けしたものを差し出す。
「ニーアさんはお酒飲める? キメラシティに来てからお酒は豊富にそろえてて」
「軽めのものなら」
「よかった、いつも一緒にいるグレイシアはお酒飲めないから嬉しいです」
「グレイシアさんは自室で寝ていますね、さっきお会いしました」
ニーアさんを応接室に通したのはグレイシアだったようだ。
俺が差し出した香味料の利いたフライドポテトに妖精がかじり付く。
「かっら! 何これ、舌が焼けちゃう」
妖精は無邪気な感じでお水お水ぅと言って室内を忙しなく飛び回る。
ニーアが彼に落ち着くよう言い、水袋を差し出した。
「そんなに辛かった?」
「気を付けてニーア、このおっさんはニーアを殺すつもりだよ!」
お前は一人でサーカスしててくれ。
彼女と対面席のソファに座り、視線の高さを合わせる。
怖気をもよおすほどの美貌だ。
「俺に依頼したいことってなんです?」
「先日、貴方が目撃したかもしれない通り魔を探し出して捕まえて欲しい」
「目撃はしてませんよ、俺の推察だと犯人は相当な手練れです」
俺は彼女に先日の記憶を魔法で共有した。
彼女は俺の魔法に少し驚いた様子だったものの、すぐに理解してくれた。
「記憶を共有する魔法なんて聞いたことない」
「俺の恩師が得意としていた魔法で、彼の一門だけが使えます」
と言っても恩師は俺以外に弟子を取らなかった。
この魔法も俺以外に使える魔法使いはいなくなってしまったんだな。
彼女は先日の通り魔事件の一部始終を見終えると、ある推理を話した。
「もしかしたら犯人はキメラシティの外部の者かもしれない」
「だとすると犯人は亡国の残兵の線もありそうですね」
世界はまだまだ戦乱の最中だ。
この間も国が一つ陥落したとの報道がギルド総合館の掲示板に張り出されていたし。
先進都市とはいえ治安は不安定。
キメラシティは便利なだけじゃなく、そういった側面も抱えている。
で、依頼にある通り魔には俺も恨みや興味があった。
彼女の依頼を引き受けるのはいいとして、報酬面はどうなるのだろう。
「報酬についてはどのようにお考えですか?」
「これは三国の指名手配犯に関わる案件ですし……金貨三千枚でどうでしょう?」
その上報酬も別格ともあれば、受けるだけ受けておいても損はないだろう。