035:その昔神童だった落ちぶれ魔法使いは冒険者に転職して返り咲き
思えば魔法が使えなくなってからも、なぜ俺は王都に居続けたのだろうか。
王都での暮らしが安定していたから? もちろんそれもあるだろう。
しかし最も大きな理由は、俺の恩師にあると思えた。
恩師が病床に伏せて急逝した時、その現実を受け止めきれなかった。
あの時覚えた絶望の味は今でも思い出すと苦い記憶だ。
王都には俺のクランの名前にも拝借した恩師レイヴンの墓がある。
今度クランのみんなと一緒に彼の墓前に報告しに行こうと思う。
貴方の下で天才の名を欲しいままにしていた生意気な小僧は冒険者になり。
その後、返り咲くにように世界でも指折りの存在になりましたと伝えよう。
兄弟子の策略が起因していたからとはいえ、結果的に王都を出てよかった。
結果論なのかもしれないけどさ。
八つ星のスターエンブレムを襟首につけ、街を歩くと注目を集めるようになった。
冒険者をやる切っ掛けを与えてくれたグレイシアが普段通り隣を歩く。
「みんなおじさんのこと見てるね」
「気にするな、気にしたら負けだ」
「照れてるの?」
「グレイシアは今いくつだっけ」
「十七歳になったけど、それが何か?」
「もしお前に同世代の友達ができたら今の発言はアウトよりだからな?」
思春期に隠したい本音を掘り下げるダイレクトアタックはやめてあげて。
これは神童として調子に乗っていた俺からの忠告だ。
一緒に歩いていたマキナティアが通りにいた子鳥の群れを見つつ口を開く。
「つまりわしは主が調子に乗っていた時の姿というわけじゃな」
「おいやめろ」
今日は恩師の旧友である老婦人のアンネさんの定期依頼を受けに行く。
八つ星冒険者になってから初めての依頼だ。
キメラシティの繁華街を通り過ぎ、街中央にある巨大魔石アポロンを横目にし。
入り組んだ路地から下がっていく長い階段の途中にある素敵なお宅だ。
今日は日よりもいいし、アンネさんも庭先でひじ掛け椅子に座ってまったりしている。
「来たのね、八つ星のスターエンブレムが様になってる」
「すでにご存じだったんですね」
「貴方を見ていると、若い頃のレイヴンを思い出すわね」
「光栄ですね、師匠は天才の中の天才でしたから、光栄とおり越して恐縮です」
文字通りの平穏な光景を、踏み荒らすように乗り込んで来た人がいた。
それは将軍の座を度重なる失態で追われたゴザだった。
兄弟子の燃え盛る炎のような赤髪姿が目に付く。
「ここへは何用ですか兄弟子」
「ラウル、貴様のせいで俺はすべてを失った」
「仰られる意味がわかりません、俺は兄弟子に何もしてない」
俺のクランにいる巨人族のハーフであるキーツは兄弟子の軍にいたらしい。
が、兄弟子の横柄なやり口に嫌気を差して抜けたようだった。
兄弟子は目を血眼にさせて、怒声を荒げていた。
「黙れ黙れ黙れッ! かくなるうえは、貴様をここで始末させてもらうぞ!」
グレイシアは上を見上げ、俺の服のすそを引っ張る。
「おじさん」
「わかってる」
キメラシティの空を悠々自適に旋回していたそれは、ゴザの合図と共に降りた。
地響きを上げて、黒い巨躯で虎威を示し、どう猛な蛇目で俺たちを睨む。
ドラゴンだ、それも最も気性が激しいとされるバーサーカー種。
「ッッッ……ッ、ッッ――ッッッッ!!」
ドラゴンは喉を鳴らし、咆えた。
キメラシティの中央区画に突然現れたドラゴンに、近隣から悲鳴があがった。
兄弟子のゴザはもはや自分の進退など気にも留めてなくて。
「はぁ! はっはっはっは、これで俺もお前もお終いといこうかぁッ!」
一緒にいたグレイシアやマキナティアがドラゴンを討とうとしていた。
俺は二人を制止して、ふと、兄弟子の視界から消える。
「っ!? どこへいったラウル!!」
「――動かないでください、動いたら殺ります」
亜空間魔法で兄弟子の背後を取って、背中を激震の杖の穂先で突く。
兄弟子は一瞬の出来事に恐怖したようすだ
「いいのか? 俺を相手にするよりも先ずドラゴンを」
「もうろくしたんですか? ドラゴンならすでに処理しました」
俺の台詞にゴザは子飼いのドラゴンを見やるも、首から先はなく。
兄弟子の前に中空に舞っていたドラゴンの頭が落ちる。
「ひっ!」
「怖がっている暇なんてないでしょ、誰の御前だと思っているんです」
「な、何の話だ」
「右手に兄弟子もよっく知っている御仁がいるでしょうに」
俺が示唆した方向にはアンネさんがいる。
兄弟子は彼女の姿を見て放心したようだ。
「じょ、女王陛下ぁ? どうして貴方がここに」
「不敬するにしたって、相手が悪い」
それまで平和的な姿勢だったカサンドラ王国の女王アンネは臣下だったゴザの謀反とも呼べる襲撃に冷徹な眼差しを送っている。彼女は開口一番、これまでゴザが将軍の座にいた理由を述べることから始めた。
「ゴザ、偉大なる魔法使いの一人、ヴェノマスの弟子である貴方に少しは期待していたのですがね」
「ち、ちが、違うんだ、師匠は、あのお方は今回の件に関与していない」
「怖いの? 仮にも自分の面倒を長年見てくれた恩師でしょ?」
「貴様らはあの人のことを何も知らないから、好き勝手言えるのだ!」
「弁明ならこの後いくらでも話すといいです、牢屋の中でね」
「……――ッ」
ゴザ、俺の兄弟子が終わった決定的な原因は、女王陛下に魔法を使おうとしたからだ。
「死ねえッ!」
ゴザが放った火球魔法はマキナティアが吸収していた。
ため息を吐きつつ、激震の杖でゴザに脳震とうを起こさせると。
ゴザは倒れ、その後は反逆罪の容疑でキメラシティの牢獄塔に入れられていた。
街の代表であるアスターが駆け付けた頃にはアンネさんの家には人だかりが出来ていた。
「さすがは八つ星だな、あのドラゴンを瞬殺かよ」
「猛将ゴザの魔手から街を守ったらしいぞ」
アスターは人垣の上の中空を魔法で歩いてみせると、衆目はぽかんとしていた。
「今回も派手にやらかしたね兄さん」
「俺じゃないよ、犯人はゴザだ」
「やったじゃないか、自らの手で彼を見返すことが出来たんだから」
「それよりも、キメラシティの警備システムはどうなってるんだ?」
簡単にドラゴンの侵入を許したりして。
「その問題もあるけどね、今はアンネ様への謝罪の方が先決なんだ。だから兄さんには出来る限り目立って欲しい。そしてそのまま衆目を遠ざけてくれないかな。俺はアンネ様とお茶しつつ今回の件について説明しておくから」
まぁ、それは恩師の旧友でもある彼女のためか。
アンネ様がここにいるのはお忍びの行為だったりするので。
あまり騒ぎ立てない方がよかった。
と言うことで皆さん俺にご注目!!
「改めまして、自己紹介を。皆さんは俺の名前をご存じですか」
さっきアスターが使った魔法で中空に舞いあがりそう言うと。
眼下にいた群衆から反応があった。
「ラウルだろ! 王国の稀代の神童!」
「そう、俺の名はラウル、ラウル・マクスウェル」
家名を潰されたしがない魔法使いの一人。
あの後はなんやかんやあって冒険者になったけど。
今の気分は最高。
そう謳っても文句の付けようがないほど冒険者として活躍している。
俺の半生を簡単に言うのなら。
その昔神童だった落ちぶれ魔法使いは冒険者に転職して返り咲き。
ということで終幕。
第一幕 返り咲き編 《了》