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032:神鳥5

 深夜零時前のこと、双子は俺の部屋を訪ねグレイシアを救出しに行くと言った。

 二人は決死の覚悟で行動を起こしたようだ。


 ジャガーさんはグレイシアについて行って不死の草を採取しに行くというし。


 冷静を装って臆病風に吹かれていたのは俺だけだった。


 恩師から譲り受けた三つの神器を素早く装備して、グレイシアの下へと向かった。


 アリアドネ公国の神殿に彼女はいて、祖母のシスターに見送られ出発する。人形族にふんしたジャガーさんも同行し、二人は暗い森の中を歩いて西方にある山を目指し始めた。


 俺たち三人もグレイシアの後をつけて追う。


 フェニックスが出るという山は険しい崖ばかりだった。

 三十分ほどで森を抜けて二人が山に踏み入れると、一帯に神威の波動が走った。


「総団長、山の上が明るいですね」

「フェニックスだろうな」


 フェニックスは遠方からでも直視していれば網膜が焼き付きそうな光度をまとっている。それだけでも戦闘においては優位性が強く、俺たちはこれからフェニックスと対峙するわけだが、緊張からのどをごくりと鳴らして固唾を呑む。


 先を行く二人を監視していたアンデルセンはグレイシアが山の中腹にある洞窟に入ったことを知らせる。


「総団長、グレイシアさんが目的の場所に着いたみたいです」

「わかった、じゃあ合流しよう」


 ここまで来れば生贄となる巫女以外は誰も立ち入らないはずだ。

 魔法で飛翔して二人が入っていった洞窟に入ると、中は真っ暗だった。


 ジャガーさんが魔法で明かりをつけようとすると、グレイシアが止める。


「フェニックスが現れるまで明かりはつけちゃ駄目」

「わかった、じゃあ俺は不死の草を確実に採取できるように入口で待ってる」

「……はぁ、おじさん、私はこれで」

「――俺のこと呼んだかグレイシア」


 グレイシアが俺のことを呼んだ時に三人も洞窟内に到着し。

 俺や双子が同行して来たことに彼女はちょっと怒った様子だった。


「何しに来たの」

「君を助けに来た」

「ありがとう、でもどうやって助けるつもりなの?」

「方法は色々あるけど、グレイシアはどうしたいんだ」


 今、彼女の手を取ってここから立ち去るだけでは駄目なのか?


 グレイシアは一心不乱に洞窟の中央の天井を見ていた。


「私はフェニックスを射殺す気でいる」

「いいのか?」

「フェニックスがいる限り、犠牲者は出続けるだけだから」


 彼女はそれに、と過去を振り返ったかのように言葉を続ける。


「それに、これは亡き母との約束だから。おじさん、私は赤ん坊の時にエイシェントモンスターって呼ばれる古代種のモンスターに預けられて育ったんだ。野生児ってやつだと思う」


「今日は饒舌に自分のこと語ってくれるな」


「嫌だった?」


「嫌じゃないよ、俺は知りたい、グレイシアの今までの人生を」


「赤ん坊だった私は、狂暴なタイラントタイガーと呼ばれるビッグティガーの上位種のようなモンスターに拾われたの。それが私の母。彼女は私に生きる知恵を授けてくれて、大勢の子供同様に私を家族として引き受けてくれた。命を拾ってくれただけじゃなく、彼女は私に家族と、愛と、眼を与えてくれた」


 眼? それってグレイシアの眼のことでいいのか?


「私の眼は神様からの授かりものなの。母から譲り受けた。私が物心ついた時、母は眼が見えなくなっていた。家族と一緒に母に代わって狩りをして、その日その日を暮らしていた」


 ある日、十歳になった私の下にアリアドネ公国の人たちが迎えにやって来た。

 彼らは無理やり私を連れて行こうとして、家族や母が抵抗して犠牲になった。


 でも私の眼には公国の人間の悪意は映ってなかった。

 だから知っていた、彼らは私を悪いようにはしないだろうってこと。


 グレイシアは淡々と過去を述べていると、不意に頭上が眩く光った。


 フェニックスが山の頂上部から下に降りて来たみたいだ。

 極彩色の火の翼を羽ばたかせると、暗かった洞窟内の地面に謎の草が生え始めた。


 草は急激な勢いで成長し、フェニックスが美味しそうについばんでいる。


「おじさん、力を貸して、私は母の意志を引き継ぎ、フェニックスを射殺す!」


 彼女は神弓のレプリカの弦を引き、弓術魔法でフェニックスに一矢放った。


「竜ノドラゴンアロー!」


 矢じりを竜の頭に変化させ、フェニックスの体に竜の牙をめり込ませる。


「――ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」


 グレイシアは目にもとまらぬ神速連射で大量の竜の矢をフェニックスに向けて放った。フェニックスは波濤のように押し寄せる矢の嵐に左翼を払って緑色の炎で燃やし尽くしていた。


「おじさんに双子兄弟も今持てる最大の魔法を使って! このまま押し切る!」


 グレイシアに感化された双子は二人の融合魔法を発動させる。


「一つは闇の術法」

「一つは雷の術法」

「「暗黒の雷撃ブラックライトニングストライク」」


 黒い稲妻がフェニックスの四方八方から激しい音と共に襲い掛かる。

 フェニックスは甲高い悲鳴を上げ、瀕死の状況に追い込まれていた。


 グレイシアはその隙を見逃さず、今放てる最大級威力の魔法矢を放った。


「これで終わらせる――終焉ノ矢!」


 グレイシアは神速の一矢を放つと、矢は音を置いていき亜光速でフェニックスの胸を貫いた。胸、おそらく心臓を貫かれたフェニックスは弱弱しく地面に落下してしまう。


 これで終わったのか……?

 入口に隠れていたジャガーさんが顔をひょっこり覗かせて不死の草を採取し始めた。


「ふふふ、これが不死の草か、これさえあれば不老長寿とはいかなくても、長生きできるよラウルくん」


「ジャガーさん、フェニックスは?」


「一回死んだみたいだね、でもフェニックスの逸話が本当であればこれは」


「ああ、みんな! 戦闘はまだ終わってないぞ!」


 フェニックス、つまりは不死の鳥。

 フェニックスにまつわる逸話は数多くあれど。

 中でも特筆すべきはフェニックスは殺しても殺しても死なないという噂だ。


 グレイシアの手によって一度絶命したはずのフェニックスは、その体を大きく輝かせた。

 フェニックスの体にあった傷は一瞬で再生し、グレイシアの方を見ていた。


「……二回目、やるよおじさん」

「グレイシア、こいつはいくら倒しても無駄だ」

「じゃあどうすればいいの?」

「俺が奴の不死の特性をどうにかしてみせる」


 そのあとのことは任せるぞ。

 依然としてフェニックスはグレイシアを見定めるように睨んでいる。


 両者の視線をさえぎるように間に割って入り、深くまぶたを閉じた。


 脳裏に眠っていた神童の魔法を呼び覚ますよう瞑想しているとジャガーさんの声がした。


「まさかフェニックスの不死の因果を書き換えるつもりなのか? 以前僕に使った奴とは訳が違うんだぞ」


 彼がお察しの通り、俺は今から因果律改変魔法によってフェニックスの不死の特性を書き換える。


 因果律変換魔法とは、時空魔法の一種で対象の因果を変化させる。この前、俺の魔法を避けるというジャガーさんの因果を改変し、そこに威力を抑えた雷撃魔法を放った。


 結果的にジャガーさんの魔法回避は改変され、雷撃は彼に命中したのだ。


 小範囲の因果律であれば、今の俺の魔力でも改変することが可能。しかし長久の歳月を経たフェニックスの不死の因果を改変するともあれば、上手くいったとしてもただではすまないかもしれない。


「止せラウルくん、例え成功したとしても君の身体がもたないぞ」

「聞きますけど! ジャガーさんには大切なものってないんですか!」

「……」

「自分の全てに代えてでも、守りたいものってないんですか!」


 今この一瞬で言えば、俺にとってそれは背中にいる子のことだ。


 やることは単純だ。


 恩師から貰った短剣で魔力を増幅し、ニーベルングの指輪を覚醒させ。

 神話にある無限の魔力を使ってフェニックスの因果律を改変すればいい。


 俺の中で爆発的に増える魔力に気取ったのか、フェニックスは大きくいなないた。


「――ッ――ッッッ!」


 そして彼の神鳥は俺に向けて高密度の火炎のブレスを放った。

 俺の眼前で双子がフェニックスの火炎を受け止める。


「総団長、早く!」

「もってあと十秒です!」


 因果を改変するには相手の魔力を上回ることが大前提だ。

 フェニックスという魔力の塊に打ち勝つには、指輪の力に頼るしかない。


 頼む、指輪よ、ニーベルングの指輪よ。


「俺たちの願いに耳を貸してくれッ――――――!!」


 その時、フェニックスの火炎を受け止めていたアンデルセンの魔力が切れた。

 グリムが倒れた弟の名前を必死の形相で叫ぶ。


「アルッッッ!!」


 グリムは一人でフェニックスの火炎を防いでいるものの、じりじりと後退させられる。

 全滅を覚悟したその瞬間、俺たちを救ってくれた人がいた。


「ラウルくん、君はやっぱり変わったよね」


 人間嫌いが酷かったジャガーさんだ。

 人形族の変装を解き、自分が最も苦手とする人間の姿になって。


 彼は双子に代わって俺たちの周囲に結界を張ってくれたのだ。


「昔の君であれば、その指輪も簡単に使いこなしていた。今の君を見たらレイヴンさんも落胆すると思うんだ。君は情けない大人だ。さっき僕に大見栄切ったのに、その啖呵をすぐに台無しにするような情けない人間だ……これ以上、君を嫌いにさせないでくれないか」


 ――君の願いは君自身で叶えてみせろ。


「それでこそだろ、神童、ラウル・マクスウェル」


 ジャガーさんはそう言い俺に謎の液体を浴びせると。

 人差し指に嵌めていたニーベルングの指輪が共鳴し、無限の魔力を供給し始める。


 急に視界が澄み渡っていく覚醒感がした、今なら、いけるッ!


 フェニックスの不死の因果律を時空魔法によって改変する。

 フェニックスが纏っていた黄金色の光は解け、力を失くすように消えゆく。


 それと同時に俺も限界を迎えた、冷や汗を全身から大量に吹きだしていた。


「グレイシア……後は、任せたぞ」


 薄闇に意識が呑まれるなか、フェニックスの最期のいななきが耳朶に触れていた。




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