031:神鳥4
グレイシアと別れてから二日が経った。
その頃になると禁断症状が出始めた。
体が震える。
天然気質なグレイシアの反応が欲しくなる。
宿泊先の部屋の虚空に視線をさまよわせ、グレイシアの影を追っているみたいだ。
それが大体深夜一時のことで、朝になると双子が迎えにやって来る。
「おはようございます、何してるんですか総団長」
「ちょっとな……」
喪失感が半端なくて、人生について考え込んでしまっていたらもう朝だった。
「なぁ、グレイシアが不死の草を摘みに行くのっていつかな」
「聞いた話によると、今夜零時に出立するらしいですね」
グリムは公国の獲れたての新鮮なフルーツを調理して持ってきてくれた。
ありがたく頂き、再び宿泊部屋のベッドにもぐりこんだ。
「総団長……?」
「今日の予定はすべてキャンセルしたい」
「グレイシアさんが原因ですか?」
「まるで愛娘を失った気分だよ、早々立ち直れない」
羽毛の掛布団に包まっていると、グリムのあからさまなため息が聞こえた。
「しょうがないですね、俺の方でエイミーに伝えておきます」
「すまない」
「埋め合わせはちゃんとしてくださいよ、それじゃあお大事に」
部屋に一人になり、大の大人がしくしくと泣いている。
しかし一日中泣くのも体力的に無理なので、気を取り持つために散歩に出かけた。
見慣れた母国やキメラシティと違った異国の空。
自然との融合を目指して作られた街並み。
そこに住むのは古代種のエルフをルーツに持つ人々。
グレイシアを失ったショックは癒えないけど、気分は少しまぎれたかな。
一人でアリアドネ公国の首都を散策し、クランメンバーへのお土産を見繕っていた。
「その像はよした方がいいと思うよ」
「どうして? この置物は中々エスパニックでいいと思うんだ」
「呪術師の道具だし、持ってるだけで呪われるかもしれないよ」
「じゃあお土産には何がいいんだ」
「私だったら、ニーアさんには多少高価でも宝石箱を贈ると思う」
えー、それはさすがに高値過ぎないか?
まぁでもこの間の誕生日会ではすっごい値打ちの品々貰ったし、悩ましいな。
……というか、俺はさっきから誰と喋ってるんだ。
会話があまりにもいつも通りの光景だったので、違和感がなかった。
隣にいた声の主を恐る恐る見ると、白い簡素なワンピース姿のグレイシアがいた。
「はぇあっ!」
「どうして奇声あげたの?」
「まさかグレイシアがここにいるとは思ってなくてびっくりしたんだよ」
「……お土産選び手伝うよ、おじさん」
「いいのか? 今夜は不死の草を摘みに向かうんだろ?」
「うん、ここからも見えるあの茶色い山に向かう」
グレイシアが示唆した方向には崖が際立った山が見えた。
なんでも不死鳥を召喚するための儀式場があるらしい。
俺は、彼女に思い切った提案をしてみた。
「グレイシア、俺と一緒にこのままキメラシティに帰らない?」
アリアドネ公国の君主ファードランド様や、国のみんなに迷惑掛けるかもしれないけど、そんな悩みはどこぞへ追いやって、もしかしたらこれ以降二度と会えなくなるかもしれないグレイシアを連れて帰りたかった。
彼女を強引に連れて帰れば公国とは永遠に疎遠になるだろう、けど。
グレイシアの存在と引き換えにできないんだよ。
グレイシアは俺の提案に少し口をつぐんだ後、悠然と微笑んだ。
「今回の件が終わったら、おじさんの所に帰るつもりだったから」
「相手はフェニックスだぞ? 世界的にも神聖視されているが、それってつまり」
人間にとって畏怖の象徴ってことなんだ。
遥か昔から脅威の存在とされ。
不死鳥がもたらす被害は神格化することで無理やり民に納得させた。
グレイシアが対峙しようとしているのは人智の及ばぬ怪物なのだ。
◇ ◇ ◇
深夜零時前、俺は暗闇が目立つ宿泊先の部屋で肩を震わせていた。
このまま行けばグレイシアは死ぬ。
恩師を失った時も覚えた虫の知らせのようなわびしさに恐怖していた。
怖くて、泣くこともはばかられる。
その時、扉がコンコンと頼りなくノックされた。
「どうぞ」
扉をノックしてきたのはグリムとアンデルセン兄弟だ。
またアリアドネ公国の果物でも持ってきてくれたのだろうか。
「総団長、あの後、弟と話し合ったんですが、俺たちはグレイシアさんを助けに行くことにしました」
え? でも、その行為はアリアドネ公国に敵対するのと同じだぞ。
双子の弟の方、アンデルセンはいつになく目を鋭くさせて物怖じせず言うんだ。
「兄さんと話し合って決めました、俺たちにグレイシアさんを救出させてください」
「これを受け取ってください、何かあった時の俺たちの声明文です」
「グレイシアさんは必ず救ってみせます」
そう言って、双子はそれぞれ封蝋された手紙を差し出してくる。
双子の決意表明に俺も吹っ切れた。
亜空間倉庫につなぎ、恩師から貰った三つの神器を装備する。
念のためニーアから貰ったニーベルングの指輪も人差し指に嵌めてっと。
「相手は手ごわいぞ、お前たちが倒したゲイルドラゴンよりはるかに凶悪だ」
怖いものなしの双子は俺の台詞に余裕の笑みを見せる。
二人は「総団長の方がよっぽどですよ」なんて言うが。
はっきり言って今回ばかりは自信がない。
けど、俺は彼らの勇気に今は静かに感謝するしかなかった。




