003:弟分
ビッグティガーを討伐した俺たちは地元の冒険者ギルドで有名になった。
ギルドの建物内にいる冒険者は、あの二人が例の? とささやく。
それと同時に向けられるのは嫌な嘲笑だった。
地元の冒険者ギルドは全体的に兄弟子の息が掛かっていたようで。
今日も冒険者の仕事を引き受けに来たものの、二束三文の仕事しかくれなかった。
今日のクエストは地元農家で畑のお手伝い。
薬草師を自称するグレイシアと夕暮れまで頑張って土仕事。
土汚れをその昔俺が開発した生活魔法の洗浄で落として切り上げた。
「今回の報酬は銅貨五枚になります」
「せめて銅貨二十枚ぐらいになりませんか?」
「なりませんね、またのお仕事の受注お待ちしております、それでは失礼します」
銅貨五枚がどのくらいのお値打ちかといえば。
俺やグレイシアが宿屋代わりに利用している酒場のエーテル一杯程度だ。
木の杯に注がれた黄金色の液体を見て、これが俺たちの今日の稼ぎの全てだと言うと。グレイシアはお休みと言い、糸が切れたかのようにテーブルに突っ伏してしまった。
こういった日が今日で七日目を迎える。
そろそろなんとかしないと死んじゃうな。
ちびちびと一人で酒盛りしていると、仕事を終えたギルドの所長がやって来た。
「何を睨んでいるんです?」
「睨む? 誰が?」
「貴方ですがラウル」
所長は許可なく俺の隣に座り、人目を気遣って俺に耳打ちする。
「無駄なあがきはそろそろやめてくれないか?」
「無駄だったかな」
「ゴザ様の後ろ盾を知らないわけじゃないだろ?」
嫌ってほど知ってるよ。
恩師を失くした俺を引き取った悪の枢軸みたいな魔法使い。
俺が魔法を使えなくなったと知った時、大声で嗤っていた。
嫌味な所長のせいで、嫌な記憶を思い出してしまった。
その場面に新しい顔ぶれが加わる。
「失礼、俺も相席させてもらうよ」
その人は白を基調とした衣装から、一見にして貴族だとわかった。
細い筋肉質の高身長で、顔立ちも凛々しく、長い青毛を後頭部でお団子にしている。
エーテル一つを頼む振る舞いもお綺麗で、何故そんな男が相席したんだ?
俺も所長も疑問の顔つきでいる辺り、不思議だな。
「所長のお知り合いですか?」
「は? ラウルの知り合いなのでは?」
所長の知り合いでもないし、俺の知り合いでもない。
そのことを確認すると、彼は物悲しそうな表情を取った。
「俺のことを忘れたんですか、兄さん」
――兄さん、との声が俺に向けられ、急に記憶がよみがえる。
王立魔法研究所の研究員だった頃、俺の他にも神童と呼ばれていた子供がいた。
彼は俺よりも少し年下で、周囲の大人にあまり溶け込めていなかった。
なのでその子は同じ年頃の俺に引っ付き、親族でもないのに兄さんと呼んでいた。
俺とは別の師に掛かり、その後大成したと聞いている。
「もしかしてアスター?」
「そうですよ、やっぱり覚えていてくれたんだ」
「久しぶり、元気にしてたか?」
「ええ、お互いに元気そうで何よりですね」
俺は元気と言うより、現状は人生吹っ切れたって感じでしかない。
「兄さんに改まってお願いがあったんです――是非、俺の領に来てくれませんか」
「アスターは領地を任されるようになったんだな、俺とは大違いだ」
「とても厄介な場所です、兄さんの力を借りたい、だから」
かつての弟分と話しに興が乗っていると、一緒にいた所長が口をはさんだ。
「駄目です、ラウルさんとそこの少女さんは我がギルドの大事な冒険者です」
どこがだよ! 毎日その日の生活費にもならないクエストばかり斡旋してたじゃないか。
アスターは事前に調査した限りだと、と言い始め、所長に反論していた。
「君たちは二人を雑に扱っていると聞いてるよ?」
「一体……誰からそのような戯言をお聞きになられたのでしょうか」
所長はことさらアスターに情報を与えた人物を聞き出そうとしている。
聞き出した後は俺同様に締め上げるつもりだろうな。
アスターは知ってか知らずか、その人物の名前を口に出した。
「国切っての猛将のゴザ様からだけど、それが何か?」
「ぐ、ゴザ様ですか、失礼ですが貴方とはどのようなご関係なのでしょうか」
「自己紹介が遅れました、俺の名はアスター、今はキメラシティの責任者やっています」
キメラシティ? それって確か、王国と他二つの国が支援している混成中立地帯。周辺地域では珍しい、三つの国の人が行き交っており。その様相が魔獣キメラのようだという風に言われ、キメラシティと呼ばれるようになった。
アスターはにっこにこの笑顔で所長に向けて言い放った。
「君は用済みだってさ所長さん」
「よ、用済みぃ!? ゴザ様がそう言ったのですか!?」
「他にいるわけがないだろ? と言うことで、さっさと退席してくれないか」
アスターのトドメのような台詞に、所長は逆上して剣で襲っていた。アスターは左手を天井に向けて少し上げると、所長の体は浮き上がり天井に強く叩きつけられる。
次にアスターは左手をひるがえして下げると、所長は地面に急降下して再び叩きつけられていた。
「馬鹿だなぁ、魔法使いである俺たちに君如きが敵う道理がない」
「その辺にしておけよ、白目むいているぞ所長」
「時間が惜しいし、彼女を連れて外においでよ兄さん」
「わかった、起きれるかグレイシア」
呼びかけてもグレイシアは起きる気配がなかったので、彼女を背負って外に向かった。酒場の前の通りにはアスターが用意したキメラシティに向かうための立派な馬車が若い御者と共に待っていた。
「アスター様、そっちの人が噂の人ですか?」
「そうだよ、この人が僕が言っていた兄さん、稀代の天才だ」
「外見は普通のおじさんですけどね! 人は見かけに寄らないなー」
ほっとけ。
とりあえず背負っていたグレイシアを馬車に押し込み。
俺も乗り込んで、最後にアスターが乗って馬車は発進した。
アスターは忙しいことを示すように書類を読み始めた。
「そちらの女性は兄さんの恋人?」
「彼女とは一緒にパーティー組んでいただけだよ」
「ふーん、キメラシティまで三日ぐらい掛かりそうだし、色々と聞かせて欲しいな」
仕事の片手間に昔話でもしようっていうのか、忙しない奴だ。
所で、どうして今のタイミングになって俺を探し始めたんだ?
「アスターは何故俺を探してたんだ」
「魔法を取り戻した兄さんの話を偶然知ってね、ゴザの口から」
兄さんの力は他の誰よりも知っていたから、頼りたくなった。
アスターは昔のように俺を頼るつもりらしい。
懐かしいよ、研究所にいた頃、アスターの未完成の論文を手伝ってやったこと。
「兄さんの力であれば、キメラシティでもすぐに有名になるよ」
「だといいんだけど」