021:トレンディドラマ
アスターは俺のクランハウスを顔としたキメラシティの新しい区画を作った。
街中央にある巨大魔石アポロンを要とし、ゆくゆくは国として独立させるつもりでいる。
もしも三国から文句を言われた際、アスターはレイヴンズチルドレンを引き合いに出すつもりなのが今から目に見えていた。え? こっちにはあなた達の軍事力以上の実力を持った冒険者クランがいますが何か? って。
アスターの顔を見ると、まだ何か言いたそうにしていた。
「これ以上何かあるっていうのか?」
「さすがは兄さんだね、実はこの区画には他にはない地下街を取り入れたんだ」
「地下街?」
アスターは手招いて俺たちを地下街へとつうじる入口の一つに通した。
クランメンバーの中で最も感情豊かなジェーンがすごーいと声を上げる。
地下街は鏡面仕立ての白い石で敷き詰められていた。
巨大魔石アポロンと共鳴する小さな魔石片が地面や壁に埋め込まれている。
そのため連れてこられた地下街は煌びやかな光景だった。
アスターは誇らしげな表情で手を広げていた。
「思い付きで作ったけど、どうかな?」
「いいとは思うけど、主に何の施設になる予定なんだ?」
「ごめん、思い付きで作ったから予定も何もないんだ」
「じゃあどうするんだ?」
「兄さんが運用を決めるんだよ」
急に異次元レベルの地下街を用意されても、俺の中に案はない。
メンバーの顔を見ると、グレイシアが口を開いた。
「お店を作ろう、例えば香水店とか、ランジェリーショップとか」
「必要か?」
「魔石屋さんでもいいと思う、香木を扱う店とか、色々あるはず」
「その感じだったらアンティーク喫茶とかもあってもいいな」
骨董品に包まれた高級志向の喫茶店や、ホテルなんかもいいよな。
そう言うとグレイシアは俺にサムズアップしていた。
「私に任せて」
「……いいよ、グレイシアにやらせてみても」
彼女の打診を許可したのには、彼女に感謝の気持ちがあったからだ。
どん底人生だった俺を冒険者に誘ってくれたのは彼女だし。
その借りを返すつもりで彼女にやらせてみることにした。
地下街がグレイシアの働きかけによってどんな風に変貌するのか、楽しみにしておこう。
時間が押したのか、アスターはそろそろ離れるそうだ。
家に帰って山積みの書類を片付けないといけないらしい。
「ありがとうアスター」
「かまわないよ、それじゃあ兄さん、またね」
「またなー、お前の嫁さんとお子さんによろしく」
アスターを見送ったワードにニーアが反応していた。
「ラウルは妻子を持つ予定はないの?」
「結婚願望は少しある、けど俺は」
「俺は?」
「愛とか、結婚後の資産とかよりも、重要だと思っていることがある」
「一応聞かせてくれない? それって何?」
俺が思うに、結婚にも様々な形がある。
愛のない結婚もあれば、貧しい結婚もあり。
それらは一見不幸だけど、幸せに転じる可能性がありそうだ。
どうせ結婚するのなら幸せな家庭を築きたいし。
家族と過ごす時間が幸せそのものでありたい。
そのために必要なのは幸せの共感だと思えた。
夫婦それぞれ違った幸せを望むのではなく、一つの幸せを持ちたい。
「それが子供の成長かもしれないし、別のことでもいいんだけど」
「同じヴィジョンの幸せを探せればいいんだね?」
「難しいだろ?」
「ラウルのこと、もっとよく知りたい。この後一緒にお茶でもどうかな」
俺に積極的になるニーアに、意外なライバルが現れた。
それは十二歳の頃の俺の相貌をした機械仕掛けの人間、マキナティアだ。
「わしも二人に同行しようかの」
「え?」
「駄目だったかの?」
ニーアは俺と二人で過ごす予定ででもいたのだろう。
しかし今の彼女にマキナティアの打診を断ることができる理由がなかった。
だから今は三人で地上に出て、新しい区画を散策している。
「広いな、迷子とか出そうで嫌だな」
マキナティアも俺の杞憂に同意していた。
「治安を守る面や、迷子に対応するための警備隊が必要そうじゃの」
「ぽんっと任されたけど、無計画すぎて何も思い浮かばないな」
「アスターは神童だった頃の主を特に神格化していたからの、頼られているのじゃ」
「すっかり落ちぶれたけどな」
「お主が落ちぶれたというのなら、他の冒険者は何だというのじゃ」
「語弊がある、これはあくまで俺の自己評価で、他は関係ない」
地上部は地下街とは違い、地面の舗装は固められた土でできている。
所々にアポロンと共鳴する魔石片が埋め込まれ、それは街灯にもなる。
夕日も沈んだ頃に、俺たち三人は新しい区画が煌めき始める瞬間を見届けた。
地面に埋め込まれていた魔石片が中空に浮かんで優しい光で周囲をてらす。
幻想的な光景だけど、キメラシティでは当たり前の光景。
「綺麗だよな」
そう独り言つと、ずっと黙っていたニーアが口を開いた。
「ラウルは私のことどう思う?」
「ニーアのことは、嫌いではない」
「それって恋愛対象として見れないってこと?」
「違う、って断言するのもおかしいけど、要は俺自信がないんだ」
神童だった十二歳の俺がその後そつのない人生を歩んでいたら。
結婚観も違っただろうし、人生観も違っただろう。
しかし現実の俺には暗い過去があって、悟ったんだ。
俺はアスターのようにはもうなれない。
「例えば誰かと結婚して、その後また魔法が使えなくなる可能性も全然あって」
人生またどん底に逆戻り。
そうなったら今度は結婚して築いた家庭が離散する未来も考えられる。
「だからニーアも、今の俺に盲目にならない方がいい」
「……でも――」
我ながら情けないこと言っている自覚はあった。
でもそれは将来本当に起こるかもしれない。
だから俺は結婚に前向きになれないんだ、って思っていると。
ニーアは俺の言葉を押し切るように強引なキスをしてきた。
傍らにいたマキナティアが「おお」と反応している。
「それでもラウルのこと好きになっちゃったから……――」
彼女はその台詞だけ言い残し、淡く光る街中に小走りで去っていった。
呆然と立ち尽くす俺の横で、マキナティアが一連の流れをこう評していた。
「トレンディドラマのようじゃ」




