012:ジャックザリッパー6
美酒佳肴に上機嫌になった所、水を差すようで悪い。
そう言ってきたのは――記憶魔法によって封じていた俺の記憶の一部だ。
今から二人の記憶を共有する。
二人の内一人はこの場合、ニーアさんのことだと思う。
そして俺はキメラシティで跳梁跋扈するジャックザリッパーの真相を知ったのだ。
健康優良児のグレイシアは先に寝ると告げて、二階にある自室に向かった。
俺とニーアさんの二人で見届けると、彼女は爆弾発言を仕掛けて来た。
「グレイシアさんには手を出してない?」
「勘弁してくださいよ、そうでなくとも」
「?」
ニーアさんは小首をかしげていた。
「貴方の登場によって彼女との関係がよりいっそう複雑になりそうです」
「それは悪いことしましたね」
「まぁ、いいですけど。それよりも美味しいお酒を頂きありがとうございました」
「構いません、無料で手に入りましたし」
ニホン酒は非常に美味しく、また久しぶりにほろ酔い気分になれた。
丸テーブルから立ち上がり、酔い覚ましの一環で外気にあたって来よう。
「どちらへ?」
「周辺をぶらりと、一緒に行きます?」
俺の誘いに乗った彼女もまた立ち上がり、玄関扉を開けて一緒に外へと向かう。
彼女に気付かれないように家に結界魔法を張った。
遠目に、夜だろうと光り輝くキメラシティの光景が見えて。
街を背にするように近くの川橋へとやって来た。
橋の高欄に背中を預けると、彼女は隣にやって来てキメラシティを見ていた。
「そう言えば、もうすぐ貴方の依頼は片付きそうです」
「本当ですか?」
彼女は俺たちにジャックザリッパーを捕まえることを依頼していた。
しかし、彼女がことさらジャックザリッパーを追う理由は何だったのだろうか。
「俺なりに調べました、そしたらニーアさんに妹さんがいたことがわかった」
「……そうです、妹はジャックザリッパーに殺害されました」
「その復讐をしようというのですね?」
「妹は私みたく、魔法の才能はなくて、殺される理由なんてなかった」
彼女は橋の下に流れる川にうつむいて、当時のことを思い出して涙を流した。
涙をとおして彼女の魔法が川に流れ込み、ぽつぽつと氷の結晶を浮かべる。
「教えてください、ジャックザリッパーの正体は?」
「その前に一つお聞きしますが、俺には不祥の兄弟子がいまして」
「ゴザ将軍のこと?」
「ええ、ゴザからジャックザリッパーの正体は俺だと教えられていたみたいですね」
指摘すると彼女の涙はぴたりと止まり、一瞬おびただしい殺気を放っていた。
「昼間、俺を襲ったのは貴方ですよね? 俺に言い寄ったのは油断させるためですか」
「……それ以外に何の理由があると思う?」
「まあ、そんなことだろうと思ってました、それよりも昼間の魔法は一体ど――」
彼女はその魔法の正体を口にするよりも早く再現してみせた。
俺に対して右手を向け、目にも止まらぬ光線を照射する。
彼女の周囲に感知魔法を張っていた俺は予備動作を気取って避けてみせる。頭上を走っていった光線は夜の空に突き刺さり、大気中にあった水滴を氷らせて雪となって落ちていた。
「その右手は、一体何です?」
「っ!?」
後ろから彼女を羽交い絞めにするようにして右手を観察すると。
生身の手じゃなく、義手だった。
「この右手は誰かから貰ったものですか?」
「神様からですよ」
「神様? 本気で言ってるんですか?」
「貴方の才能だって、その内の一つじゃない」
彼女は羽交い絞めにしていた右手から魔法を手繰ると、中空に氷の結晶を作る。
彼女の義手を観察するために握りしめていた右の手のひらは凍傷を起こしていた。
彼女の凄さは高火力の氷雪魔法を放てる所じゃない。
彼女の真に凄い所は、全てを凍らせる氷雪魔法を前に自分を凍らせない所だ。
ニーアは二つ名通りの氷雪魔法を持ってなおも俺に攻防を仕掛ける。
彼女は俺がジャックザリッパーだと思い込んでいた。
「どうして俺がジャックザリッパーだと確信してるんですか」
「貴方以外には出来ない芸当だからです!」
俺も事件の真相を知るまでそう思っていた。
今回の犯人は俺や彼女のような名立たる冒険者の一人に違いないと。
「誤解ですよ、俺を殺したら犯人の手がかりがなくなる!」
「じゃあ教えて、ジャックザリッパーは、妹を殺したのは――私の復讐相手は誰なの!」
叫ぶと同時に彼女は右手の義手を通して一際大きな魔法を放った。
極彩色の巨大な光線が枝葉を伸ばし、外に膨らんでは中心に戻る。
あの光に一瞬でも触れれば、恩師のマントをもってしても無事に済みそうにない。
屈辱かもしれないけど、ここは一つ昼間と同じ方法で倒す。
激震の杖を掲げ、柄をコンと地面に突くと、彼女の意識はそこでぷつりと途切れた。
倒れた彼女に近寄り、念のため彼女から右手の義手を剥いだ。
◇ ◇ ◇
数時間後、彼女は俺のベッドで目を覚ました。
「安心して、あの後ジャックザリッパーは言われた通り捕まえておきましたよ」
「……どうして殺さなかったの」
「ジャックザリッパーのことですか?」
「私を、って意味です」
「今でも俺をジャックザリッパーと誤解してる? だとしたら記憶を共有しますよ」
そこで俺は件の通り魔の記憶を彼女に渡した。
この魔法を体験していた彼女だが、犯人の正体を知ってもすぐには信じられない様子だった。
「嘘じゃないんですか?」
「俺に聞くより本人に聞いた方が早いのでは?」
「……本当なの、ガンマ?」
彼女は俺の結界魔法によって捕まっていた子飼いの妖精、ガンマに視線をやる。
「とうとうばれちゃったね」
彼女とガンマは互いに対して嘘をつけないようにしていた。
ニーアさんは口をぎゅっと強く噛みしめると、声を震わせる。
「どうしてなの?」
「ニーアは妹のことすっごく大事にしていたから」
「意味が、わからない」
恐らくガンマは自分のことを一番大事にして欲しかったのだろう。
妖精のおとぎ話で今回の事件に類似したものがある。
その話からもくみ取れるように、妖精は欲深い生き物だ。
妖精は欲の深さが災いして、人に迷惑を掛けたり、稀に殺してしまう。
これが今回キメラシティで騒動を起こしていたジャックザリッパーの正体だ。
「心中お察しします、何でしたらガンマへのお仕置きは俺の方でしておきますよ」
「ごめん、なさい、ごめんなさ、っ」
事件のすべてを知り、彼女は俺にいくどとなく謝っていた。
ガンマを連れて部屋から出て、外へと向かう。
ガンマは愉快そうに笑って事態の重さを理解していないみたいだ。
「今から俺が考える最も苦しいお仕置きしてやるぞ」
「牢屋にでもいれる? 火あぶりかな、または水責め、拷問なんかも考えられるよね」
「察しがいいな、お前は未来永劫抜け出せない牢屋にいれることにした」
そう言うとガンマはけたたましい笑い声を上げて、目の前から姿を消すと。
逆方向に現れ、耳元でささやいた。
「僕の魔法は神童ゆずりの特別製だよ? 時空魔法の一つで、亜空間に――」
どういう訳か、ガンマは俺以外の使用者がいないと思っていた時空魔法を使えた。
その魔法を利用して今回は人々の目を騙していたみたいだ。
だとすればガンマには本格的に苦しんでもらおうか。
自分が発明した魔法を悪用されたのには、俺も憤りを覚える。
「ガンマ、ちなみにその時空魔法を作った神童って、俺だってこと知ってた?」
「え?」
「亜空間を利用して逃げていたみたいだけど、俺も同じ芸当ができるよ」
「う、嘘だ」
「だから、お前を逃げられなくする芸当もできる」
ガンマを連れて亜空間に向かうと、彼は顔を真っ青にしていた。
「ほ、本当だった」
「ということで、お前のためにとっておきの牢屋を用意した、それは『ここ』だ」
ガンマには認知が歪んだ亜空間の牢屋で永久の時を過ごしてもらう。
ここは現実の何万倍の時間で動いているから、十年もすれば大人しくなるだろう。
ガンマは非常事態を気取り、逃げるため魔法を使おうとする。
「えい! えい! えぇ、魔法が使えないや」
「ここは俺たちの住んでいる世界とは違って、魔法の源であるマナはないからな」
「えぇ、そうなんだ、と、とにかく、謝るからさ――待って! ラウル待っ!」
ガンマを亜空間の牢獄に置いて行き、俺は外に戻る。
ガンマには永遠にあそこで孤独に耐えてもらう。
そのまま自室に戻ると、ニーアさんは部屋から消えていた。
「やっべぇ、もっと慎重に動くべきだった」
ある憶測から彼女を探す必要性に駆られ、慌ててまた外に飛び出るのだった。




