011:ジャックザリッパー5
今日はなんて日なんだろう。
謎の覆面から襲撃を受け、また誤認逮捕されそうになったり。
そればかりじゃなく、襲撃の影響でニーアさんから思わぬ告白を受けてしまった。
彼女が強引にして来たキスは耽美的で、とても気持ちよかった。
「幼い頃から貴方に憧れていたので、運命を感じました」
彼女は王国の長い歴史でも数々の逸話を残して来た神童の俺に憧れていた。
だから俺の花嫁に立候補するつもりでいる、本気です、と言うのだ。
近くにいたアンネさんはまなじりを下げてその光景を見詰めていて。
アンネさんの隣にいたグレイシアはガン見している。
「おじさん、結婚するの?」
「――結婚?」
できるのであればしたい。
俺もそこらにいる普通の男と同じで、結婚願望はそれなりにある。
しかしその相手とは、少しずつ距離を縮めていきたい。
例えばグレイシアとか、グレイシアだったり、グレイシアのような感じに。
もしもグレイシアが相手であれば、結婚後の暮らしもイメージ付きそうなものだし。
「ど、どうしようかな」
戸惑いながら口にすると、グレイシアは手にしていたホース口を向ける。
「やめろ馬鹿、濡れるだろ」
「今のおじさん、きもかった」
言うにしても時と場合を考えろ。
今はニーアさんのプロポーズの返答を考えている最中だ。
「け、結婚は、さておき、ニーアさんのお気持ちはわかりました」
「お二人を守らせてください、腕に覚えあります」
「さすがは七つ星冒険者ですね」
言われるがまま、俺とグレイシアは彼女の護衛を受けることになった。
アンネさんの家から離れ、三人でキメラシティを散策している。
絶世の美少女はとにもかくにも、衆目を集めるんだ。
「おい、あれってアイシクルローズのニーアじゃないか?」
「隣にいる冴えないおじさんは?」
「あいつはたしか、ここ最近になって有名になり始めた冒険者だな」
「つまり駆け出しってこと? ニーアさんの隣を歩けるなんて幸運ね」
人の注目を浴びるだけ浴びてしまい、満足にお買い物ができない。
次第にグレイシアは俺と距離を取り始めた。
「どこいくんだよグレイシア」
「その人は今一信用できない」
「またグレイシアの不思議ちゃんが顔を覗かせたな」
「注目を集めるのは苦手だし、二人は前を歩いて」
露骨に背後を取るなよ、背中にまわって何するつもりだっつーの。
なので俺はニーアさんと二人で並んでキメラシティを歩いた。
キメラシティの住人たちのささやきを受けながら、路上で声を掛けられる。
「旦那! 旦那ぁ! ラウルの旦那ってば!」
おお、あそこで俺を呼んでいるのは酒好きの同志のアル店長じゃないか。
「どうした?」
「旦那のためにとっておきの酒を入手したんでね、是非とも見ていってくれよ」
「へぇ、それってどんな?」
「ニホン酒って言うらしい、辛いのから甘いのまであって、口解けは天使にキスしている気分だよ」
天使にキス……そのワードで先ほどのキスを思い出してしまった。
隣にいたニーアさんを見ると、店主も釣られてニーアさんを見やる。
「安くしとくぜ、って、ニーアさん!? なぜ貴方が旦那と一緒にいるんだ?」
「今まで気づいてなかったのか」
「俺はてっきりグレイシア嬢ちゃんだとばかりに」
「グレイシアだったらあそこで弓を構えてるだろ?」
来た道を十歩いった距離でグレイシアは弓を構えていた。
矢をこちらに向けて、今にでも弓弦から手を離したそうにしている。
ニーアさんはグレイシアのことなどお構いなしで、店主に値段を聞いていた。
「いくらですか?」
「ニーアさんも飲める口だったのか!?」
「私だと不相応でしたか?」
「い、いやいやいや、それなら、広告塔になってくれれば五本まとめてタダでいい」
ニーアさんは店主の申し出に二つ返事で了承する。
店主は涙目になりながら、ニホン酒を手にする彼女の写真を撮っていた。
◇ ◇ ◇
「え? いいんですか?」
キメラシティから離れ、家に帰ると彼女は件のお酒を贈呈すると言うのだ。
ラッキーを通り越してこれは天変地異の前触れなんじゃないかとすら思う。
割とガチで。
「無理を押し付けて迷惑を掛けたお詫びです」
「むしろお礼をしなきゃいけないのはこちらの方なのに」
すみませんね、ありがたく頂きます。
頂いたお酒のうち一瓶はその場で開封して、一緒に貰ったトックリとやらに注ぐ。
何でもトクトクとお酒が注がれるオノマトペが語源になっている、雑学の一種だ。
ニーアさんと俺用にオチョコと呼ばれるさかずきを出して、お互いに注ぎ合う。
「では乾杯」
「ええ」
オチョコのお尻をクイっと上げて初めてニホン酒を飲んだ。
店長の言う通り口解けがとてもまろやかで、匂いもフルーティーで良い。
良酒からインスパイアして、食物庫から大きな貝を取り出して。
そいつから貝柱を取ったりして下ごしらえした後。
先ほど口にしたニホン酒や水を注いで蒸し焼きにしてみる。
ニーアさんは期待した眼差しで見ていた。
彼女の後ろから妖精のガンマが出て来て、同じく目を輝かせる。
「いい匂いだ!」
「そうだろ、自信あるぞ」
「おじさんはお料理上手でいいなー、俺の奥さんになってよ!」
「妖精と結婚する趣味はないからな」
それにお前性別で言ったら雄だろ?
「それもそうだ、とりあえずグレイシアちゃんと遊んで来ようかな」
「グレイシアはお風呂の最中だから、大人しくそこに座っておけよ」
許さんぞ、家のグレイシアにラッキースケベ働こうとするな。
貝の酒蒸しに、苦味ととろみのハーモニーのような肉野菜炒めを作る。
料理が出来上がった頃にグレイシアもやって来て、馥郁をただよらせていた。
「美味しそう」
インスパイア料理からする香ばしい匂いに、三人と一匹は同じテーブルを囲んだ。
オチョコに日本酒を注いで、一緒に頂くとしよう。
「ああ、上手く出来てるな」
自画自賛ではあるが、美味しい。
グレイシアも箸の手が止まらないみたいだ。
そのままお皿はあっという間に底をつかせ。
唯一の酒友であるニーアさんがニホン酒を俺に注いでいた。
絶品のお酒を混成都市たっての美少女と飲み合える。
今はそういったご褒美の時間だった。
「ありがとうございます」
「大したことないです、用意してくださったご馳走は宮廷料理にも負けないと思いますよ」
おまけに七つ星冒険者の彼女からこのようなお褒めのお言葉を頂いてしまった。
今日はなんて日なんだろうか。
本当に。




