010:ジャックザリッパー4
騒ぎを聞きつけ、すぐに警備兵が駆け付けた。
キメラシティの警備兵を束ねているのは先日俺を誤認逮捕したワトソン。
ハンティング帽をかぶったちょっと小太りな魔法使いだ。
「では、二人はその謎の覆面に襲われたものの、心当たりはないのですね?」
「ええ、俺の推測だとあいつがジャックザリッパーの線が濃厚ですね」
説明してもワトソンは俺たちへの怨恨によるものだと言い張っていた。
なぜですか? って聞くと。
「だってそうでしょう、ジャックザリッパーはいつも女性だけを狙っている」
「ああ、それもそうですね」
彼の推理も中々に的を射ている。
だとすると、本当に俺への怨恨によるものだったのかな。
誰かに恨まれるような真似は控えていたつもりだったけどな。
ワトソンはそれよりも、と感心した表情で俺を見ていた。
「よく無事でしたね、今回の襲撃犯も相当だったのでしょ?」
「恩師のマントがなければ危なかったですね」
と、紫雲柄のマントをひらひらとワトソンの前でひるがえす。
「そのマントは特別製なのですか?」
「あらゆる魔法を無効化することができます」
聞いた話だと、マントの表面にはドラゴンの鱗で作った繊維が織り交ぜられている。
ワトソンは眉を開いてドラゴンのですかと、さらに感心していた。
謎の覆面による襲撃事件はワトソンの方で捜査してくれるそうだ。
その場を任せて俺たちは定期的に指名依頼をくれる人のお宅へと向かった。
キメラシティの中央から少しいりくんだ裏路地にある。
魔石アポロンの影響によって冬だろうと温かい地熱をしていて。
その一帯は一年中、平均気温が二十三度だった。
それを理由に、訪れた家宅の庭には珍しい魔法植物が花を咲かせている。薬草師を自称するグレイシアがこの家の庭で魔法植物を無断で採集したのが切っ掛けとなり、俺たちは赤い屋根が特徴的な家の主である老婦人のアンネから定期的に依頼を受けるようになった。
「今日はいつもよりも遅かったね」
アンネさんは庭で魔法植物に水をやっていた。
グレイシアは彼女に代わるようにホースを手に持ち、水やりをする。
「今日は魔法使いから襲撃を受けた」
「あらあら、大丈夫だった?」
よけいな心配させたくなかったので、ひょうひょうとした態度で受け答える。
「見ての通り、ぴんぴんしてますよ」
アンネさんの依頼の報酬は少額だし、内容も庭の水撒きや、キメラシティのお友達に手荷物を届けることだったりと平和な内容が多く、危険を求める冒険者としてはやりがいを見いだせない。
それでもアンネさんは恩師の旧友だった人だ。
彼女に良くするのは、恩師への恩返しみたいなものだと思っている。
奇遇なことに、そこにニーアさんが通りかかった。
彼女は俺たちを見つけると、素直に近寄って来る。
「探していました、ジャックザリッパーに襲撃されたと聞いて」
「平気ですよ、襲撃はされましたがなんとかしのげました」
「気をつけて、ジャックザリッパーの襲撃を、貴方はこれで二度阻止した」
――口封じのための次なる襲撃も予想されます。
と言っても、今回の奴は白昼の最中で犯行に及んでいた。
他人の目を気にするのなら、さきほどの襲撃は論外だ。
とするとワトソンさんの言うように襲撃犯はジャックザリッパーじゃない?
断定するには早いけど、その可能性は強そうだ。
ニーアさんは心配になったのか、俺の服のすそを掴む。
「どうしました?」
「……これ以降、私はお二人と一緒に行動することに決めました」
「えっと」
いいのか? というのは、俺自身に投げかけた疑問だ。
街で唯一の七つ星冒険者で、数多の男性を虜にして来た彼女と一緒に行動する。それって、恨み持たれそうなんだが。だから俺はきちんと説明したんだ、ニーアさんがどういう人で、下手したら第二第三の襲撃犯を生むことになると。
そしたら彼女は何を思ったのか、俺のうなじに手を掛けて。
「っ!?」
春のように温かい庭先で、氷のように冷たい唇で俺と口づけをしていた。




