001:プロローグ
第8回アース・スターノベル大賞への応募作となります。
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十二歳の頃が俺ことラウル・マクスウェルのピークだった。
「ラウル――君が生み出した新しい魔法は評議会でも承認されたよ」
何故、十二歳の頃が俺のピークだったかと言えば。
俺の恩師とも呼べる魔法使いの先生のせいだ。
俺は恩師の庇護下でそれまでになかった新しい魔法を生みだし。
才能や力を評価されていて、魔法においては右に並ぶものはなき神童とまで呼ばれた。
十二歳の頃、恩師は病気で急逝されてしまった。
あれから二十年後――三十二歳となった俺は魔法を使えなくなり。
今はかつての実績から、王立魔法研究所の整備科であせくせと働かさせてもらっている。
今の職場はパラダイスだよ。
税金を天引きされているとはいえ薄給で、規定時間外労働などもはや暗黙の了解。
国が定めた祝日にも緊急で呼び出される連続だった。
今の職場は本当にパラダイス。という皮肉がよく似合っている。
今日もたまの祝日なのに整備科が管理している倉庫で魔法具の備品チェック。
最近やたらと納品リストと実際に倉庫にある備品の数が合ってない報告があがっていた。今日はその事後処理を務め先の先輩から頼まれての休日出社だ。当の本人は親戚の法事だと言っていたが、本当か?
魔石を加工されて作られた魔法具を一つ一つ手に取って納品リストにレ点を入れていく。誰にでもできる仕事とはいえ、大事な作業だ。王国が直轄で管理している魔法研究所の備品倉庫ともあれば、置かれている魔法具も高級品だ。
祝日なので倉庫には俺以外誰もいない。
いないはずだったのに、なぜか俺の会いたくないリスト上位の赤毛クソ野郎がいた。
「ご苦労なことだなラウル、建国記念日でも仕事とは、笑えるな」
赤毛のクソ野郎は、その昔の俺の兄弟子にあたる不貞な野郎だった。
と言ってもこいつは病気で急逝した恩師の弟子ではない。
ややこしい回想はあとにして、今はこの場を上手く立ち回ることに集中しよう。
「お久しぶりですね兄弟子、その後のご活躍のお噂は俺の耳にも届いてますよ」
「ああ、この間も戦場で大暴れしてきたぜ、その武勲を先日王に讃えられた」
それはそれは、世も末だな。
この人は昔から権力をかさに他人を顎でつかう。
上げたという戦果も他の連中の成果を自分のもののように言い張っただけだろう。
「所で本日は倉庫へ何のご用事で?」
「前線の補給物資をみつくろいに来た、使えそうな魔法具はねーのか?」
「と言われましても、ここにあるものは全て国の備品です」
「それで?」
「備品を持ち出すのなら正式な許可をお取りになってください」
兄弟子の目に俺の態度は生意気に映ったのだろうか。
握り拳で急に殴りつけられた。
「馬鹿が、調子にのるなよ、期待外れのお荷物」
これだから、赤毛クソ野郎には会いたくなかったんだ。
兄弟子は俺を殴るだけ殴って、さっさと倉庫から出て行った。
頼りない照明の侘しい倉庫の中で、兄弟子が言い放った台詞がずっと頭の中をぐるぐるとめぐっている――期待外れのお荷物、と魔法が使えなくなった俺に最初に言ったのは誰だったっけ。
俺のピークは十二歳の頃だった。
その年に恩師を病気で亡くし、俺は新しい師の下についた。
それがどん底人生の不幸の始まり。新しくついた師は俺のことを毛嫌いしていて、さっきの兄弟子どうよう、他の弟子に俺への嫌がらせを毎日のように仕向けさせていた。本人は本人で俺の研究成果を頭ごなしに否定して、評議会に掛け合おうともしなかった。
いじめって奴だ、最終的に俺はいつからか魔法が使えなくなって。
かつて神童とまでうたわれた俺は今や、期待外れのどん底人生を生き抜いていた。
◇ ◇ ◇
翌日、俺のどん底人生に追い打ちをかけるような出来事があった。
「昨日チェックした時にはたしかにありました。これがチェックしたリストです」
昨日チェックした備品がさらに数が合わなくなっていると上司の部屋に呼びだされる。
俺がチェックした時も数が合わなかったが、その報告よりもさらに数が足りない。
上司は俺の話に耳を貸さず、机の上を両手で勢いよく叩いていた。
「黙ってろ! お前のミスのせいで俺は減給になるかもしれないんだぞ!」
「俺のせいなんですか?」
「当たり前だろ! 昨日はお前以外に倉庫に出入りした奴はいないんだぞ!」
「えっと、昨日は」
俺以外にも国の武将になった兄弟子がいました。
その報告をしようと口を開けば、上司は――魔法を行使して俺の首を締めあげた。
「言い訳なんか聞きたくないぞラウル」
「い、いいわけ、なんかじゃ――っ」
首の動脈は完全に締め付けられ、俺の両足は地面から離れていた。
このままだと落ちる――。
顔を真っ青にすると、上司は魔法を解いてくれたようだ。
「お前本当に期待外れだったな、明日からもう来なくていいぞ」
クビを通達され、俺はおぼつかない足取りで上司の部屋を出て行った。
今はもう何も考えられない、そんな状態で一時の発散を求めて酒場に向かうと。
武官の格好をした連中がいてさ、兄弟子のことを話しているみたいだったんだ。
「聞いたか? またゴザ様の犠牲が出たらしいぞ」
「へぇ、どんな話?」
「今回は昔からいびっていた兄弟弟子を辞職に追い込んだらしい」
「どんな手口だよ、参考までに聞かせてくれよ」
気分が悪くなって来た、退席しよう。
彼らの話を聞くまでもない。
兄弟子は権力を使って上司を囲い、俺をクビにしたんだ。
心に冷たい風が吹き込み、言いようのない悲しみを覚えた。
嗚咽が口から湧き出て、小路地の横にあった建物の壁に手をついてうなだれる。
とにかく、ここにはもういたくない。
このまま実家に帰って、今後のことを考えよう。
王都から実家の方面へと離れる荷馬車に乗せてもらい、地方にある実家に向かった。馬車を乗り継いで地元につくと、俺の生家だった建物はなく、代わりに見たことのない新築が建っていた。
恐る恐るその家の門戸を叩いて、住人を呼び出すも、それは両親じゃなかった。
「どちらさま?」
「ここにはマクスウェル家の邸宅があったと思うのですが、貴方は?」
「マクスウェル家……ああ、ゴザ様が追い出した悪徳貴族のこと?」
兄弟子は俺を退職に追い込むばかりではなく。
どうやら俺の実家も潰してくれていたようだった。
失意のどん底にあった俺に、その事実はこれ以上ないほど効いた。
酒場に向かって、エーテルをしこたま飲み干し、ワイシャツの黒パン姿で酷い酒気を放っている。酒に酔い過ぎて走馬灯が見えて来た、かつて神童として周囲から持て囃されていた頃の俺の記憶。
記憶の中の恩師が、どうして諦めるんだと俺を諭している。
どうしてと言われれば、どうしてなんだろうな。
「貴方がいない世界は救いがないからです」
神童だった頃の幼い姿の俺がそう言うと、恩師は口端を少しつり上げて微笑む。
恩師はさらに言葉を続け、ラウルは魔法が好きだったんじゃないのかと問う。
「魔法は俺にあらゆることを教えてくれました、希望もそのまた逆の絶望も」
今の俺は原因不明の失魔法症をわずらっている。
魔法は魔法使いだった俺にとって全てで、身命を捧げていた。
前言すればこの世は魔法の有無で人間の優劣が決まる傾向にある。
魔法を使えない人間は徹底的に淘汰され、その人生に唾を吐きかけられる。
記憶の中の師匠は俺の心情を読んだかのように、もう一度問うと語り掛けた。
「ラウルは魔法をこのまま諦め、世界の真髄を何一つ知ることなく終わるつもりなのか? 諦め、匙を投げることが魔法なのではない、諦めず、立ち上がることがお前の魔法なのだ」
師匠の言葉にふと、意識が覚める。
目の前に灰色の癖毛をした謎の少女が向かい合うように同じテーブルで寝ていた。
「……諦めず、立ち上がることが俺の魔法か」
記憶の中の亡き恩師の言葉に希望が湧いて来て。
いける、と思って昔の要領で魔法の呪文を静かに唱えた。
「――ウィンドブレス」
爽快な一陣の優しい風が俺を中心にふわっと辺りを撫でていく。
目の前にいた灰色した少女の毛髪が風によって揺られていた。
魔法を取り戻せたのに気づいた俺は、瞳の輝きすらも取り戻したようだった。