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キリ山さんとキレ山さん


 教室の扉がガラッと開き、ウザ川くんが入ってきた。


「うお、ホントに人いる」


 うわ。ホントにウザ川くん来ちゃったよ。


 藤宮さんと武藤くんは少しだけ顔を上げて反応したけど、すぐに黙々と自分の勉強に集中する。


 ウザ川くんと目が合ってしまった。


 どうしよう。あんまり教室で他の人がいるときに親しげに話しかけられてきても困るんだけど……。


 そんな私の心配をよそに、ウザ川くんは声を出さずに口の形だけで「うっす」と挨拶をしてきただけで、あとは黙って自分の持ってきた宿題を始めた。


 ……学校でのウザ川くん、全然ウザくない件。


 静かだった。


 文字を書く音。ページをめくる音だけが教室に響く。


 他の人が集中して勉強する気配のお陰で、すごく勉強が進む。


 だけど――。


「ちょっと待ってよ。君たちどんだけガリ勉ですか」 


 そんな心地の良い静寂をウザ川くんが破壊した。


「ちょ、何なの宇佐川。突然ひとりごとやめれし」


 藤宮さんがウザ川くんを睨んだ。


「ホントに一言もしゃべらんのね君たち。休み時間的な感じで1時間毎に10分トークタイムとかないの? せっかくなら女子と親睦深めたいよなー武藤」


 なんと! 武藤くんがもらい事故だ。

 あまり話している姿を見ない武藤くんがしゃべりそう。これはレアだ。


「ぅえっ? あ……ぼぼぼ僕は決してそんな気持ちでここで勉強しに来ているわけでは……!」


 あんまり動揺している武藤くんが可哀想で、私は思わず助け舟を出した。


「勉強しに来てるわけだし、邪魔しちゃダメだよ。ウザ……宇佐川くん」


 私にかぶせてきたのは藤宮さんだ。


「ほら宇佐川! 桐山さんが怒ってんじゃん! 心の声が出るほど怒ってるよ! ウザいって思われてるよ! 静かにしてな!」


 しまった! ついクセでウザ川くんって呼んじゃった! とっさに修正を試みたけどごまかせなかった! ごめんウザ川くん!


「ぶっちゃけ君ら何時までここいんの?」


 おっとウザ川くん、まさかのスルーだ!


 ウザ川くん、今までの流れを全てスルーして自分の聞きたいことしか聞かない。メンタル強し。実はツヨ川くんだったんだねウザ川くん。


「ぼぼぼ僕はこのページが終わったら帰るよ。ぼぼ僕は別に女子と同じ空間にいたいからここにいるわけじゃないからね!」


 ほら、武藤くんが気にしちゃってるじゃん。まだ動揺したまんまじゃん。フォローしてあげてよウザ川くん。


「私はバスの時間に合わせて帰る。それで満足? ウ・ザ・カ・ワくん?」


 ほらほら藤宮さんがイライラしてるよ。フォローしとこうよウザ川くん。


「キリ山さんは? いつまでいる?」


 そこは私への質問じゃな――いっ! 二人へのフォローが先でしょーが! このボケ川――っ!


「私もバスだから……藤宮さん、次のバスの時間分かる?」


 藤宮さんは時刻表も見ないで答えてくれた。


「43分、次は12分」


 だいたい藤宮さんはこのくらいの時間で帰る時間だ。時間が頭に入っているのかもしれない。


「えー、キリ山さんチャリじゃないの?」


 ウザ川くんが不満そうな声を出すが、冷たく突き放した。


「はいバスですけど」


 またしてもウザ川くんが武藤くんを標的にする。


「武藤は? チャリ?」


「ぼぼ僕は自転車ですけどそれが何か?」


「じゃあ俺武藤と帰ろー。帰るとき声かけてよ武藤」


「カマチョかウザ川、ウザすぎ帰れし」


 ああもう、ウザ川呼びが藤宮さんにも移っちゃったよ。それでいいの? ウザ川くん。



 そんなこんなで、ぐだぐたな解散となったのであった。



・・・



「やあキリ山さん、さっきぶり。まあ座りなよ。よぉB、今日もあっついな〜」


 ウザ川くん IN 砂浜。


「ウザ川くんは家帰ってからすぐここ来てるの?」


「いや、シャワー浴びてちょっとダラダラして、いい感じの夕陽が見れそうな時間に合わせて出てくる感じ」


「海が好きなんじゃなくて夕陽が好きなんだ」


「んー……どっちもかなー」


 隣で座って海を眺める。

 とろけた夕陽が雲の中へと沈んでいく。

 金色に輝く水平線。

 心地よい波の音。

 無邪気に穴を掘るヴィシュヌ様。


 なんか……平和だなあ……。


「あ、そうだ。ウザ川くんのお陰なのかどうか分からないんだけど、私今日帰りのバス待ってるとき、藤宮さんと結構話ができた。ちょっと仲良くなれた気がする」


「へー、そりゃ良かったね。二人は1学期全然接点なし?」


「うん、なんていうか藤宮さんってクールっていうか、一人でいること多いし……近寄りがたい感じで……実はちょっと緊張してたんだ」


「そう? 俺からしたらキリッとしたキリ山さんとバシッとした藤宮さんって属性近そうに見えるけどなー」


「今日もバシッと言われちゃったもんね、ウザ川くん」


「実は俺も武藤と帰り超話した。あいつすげー話面白い。語ると熱い」


 意外だ。武藤くんが熱く語る姿を全く想像できない。


「え、それどういう話?」


「教えない。男同士の話だから」


 ウザ川くんは意地悪な顔をして笑う。


「どうせエッチな話なんでしょ」


「男の話がいつも下ネタばっかってのは偏見でーす」


 ウザ川くんが心外だという顔で物申してきた。

 

「それはどうも失礼。あ、それでね、昨日のパペコのお礼と、ちょっと緊張する藤宮さんと仲良くなれたお礼に、ジュースおごるから。そこの自販機でいい?」


「あ。じゃあそこのコンビニがいい。アイスカフェラテ飲みたい。

 Bはコンビニの外で留守番できる?」


「コンビニの買い物くらいならお行儀良く待てるよ。ね? ビーちゃん」


 ヴィシュヌ様は『当然!』と言わんばかりに返事をしてくれた。


 コンビニでコーヒーを買うのは、実は初めてだった。


 ウザ川くんに教えてもらいながら、氷の入ったカップのお会計を済まし、初めてコンビニのコーヒーマシンを操作する。


 大きな音がなったり、泡だてミルクが吹き出したり、忙しくて目が離せなかった。最後にようやくコーヒーがちょろちょろと出てくる。これで完成らしい。


「めっちゃガン見してんね」


「コンビニコーヒー初体験だから私」


 慣れた手つきでガムシロップを入れて、フタをセットするウザ川くんを、思わず尊敬の眼差しで見つめてしまう。


「キリ山さんはコーヒー飲めない人?」


「飲んだことない人」


「一口飲んでみる? ガムシロ入れたからそこまで苦くないと思うけど」


 一口だけならちょっと味見したいような気がしないでもない。

 だがしかし、これは……。


「……か……間接……っになるじゃん」


「あ。俺全然そういうの気にしない人だから」


 全く意に介さない通常モードのウザ川くんに、少々の殺意を覚えた。


「気にしてよ!」


「大丈夫だよ、俺まだ口つけてないから。キリ山さんは間接キッスにならないよ」


 言うな! キッス言うなバカ!


「コーヒーは飲めないのでいらないです!」


 ウザ川くんは「あ、そう?」と、全然なんてことないふうにスタスタとコンビニを出ていく。


 なに? なんなの? なんかすっごいイライラするんだけど……!


 おかしくない?


 だってウザ川くんさぁ! なんか前に私に気があります的なアピールしてたよねぇ!?


 ……。


 …………。


 ちょっと待った。今のナシ。


 何だこの自意識過剰女は。

 ありえない。こんなありえない私即退場だって。


 やばい私、今すごい情緒不安定かも!

 落ち着け。落ち着け私。


「あれ? どうしたのキリ山さん。さっきからイライラしたりどん底みたいな顔したり。もしかして女子のそういう日?」


 このウザ川くんの無神経な言葉がとどめだった。


「あんたのせいじゃぁあっ! わりゃぁぁぁぁあっ!!」




 この夜。


 私はブチ切れて叫んでしまった口汚い暴言を死ぬほど後悔して、恥ずかしさのあまり一睡もできなかった。

 

 そしてしかも本当に翌日、女子のそういう日になったのであった。


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