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骨は隣に埋めてくれ  作者: 黒月水羽
第一章 出会い
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告白

 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙が綺麗だと思った。

 大声をあげて泣きたいだろうに、泣いてはいけないと耐える姿に悲しくなった。

 素直に泣ける姿が羨ましく、愛おしく思えた。

 慰めることもできない自分は、どうしようもなく無力だと感じた。


 胸の奥からこみ上げてくる感情は無視するには大きすぎて、飲み込むには苦すぎる。だからといって、一緒に泣くにはあまりにも、私は彼らと共に過ごした時間が短かった。

 いや、本当は短いわけではない。出会ってからの期間を考えれば、それなりに長いだろう。これから先、同じくらい長く付き合う人間は両手の数にも満たない気がする。けれど、それは関わった期間が長かっただけで、別段親しかった。そういうわけでもなかった。

 嫌いだったわけではない。今にして思えば羨ましかった。好きなものは好きだと胸を張る姿は眩しいほどに輝いていた。だからこそ、素直じゃなかった私は目をそらして、見なかったフリをしたのだ。


 もっと早く気づいていれば何か変わったのかもしれない。

 少なくとも今、声を押し殺して泣いているラルスと気持ちを共有できたに違いない。どうしようもない事だと分かっている。それでも一緒に泣くことができたならば、少しぐらいは気持ちを軽くしてあげられたのかもしれない。


「……ラルス……」


 声をかけてもラルスは泣き続けた。膝を抱え震える体。聞いているだけで辛くなる嗚咽交じりの声。出会った頃はともかく、私の背を抜いた頃には涙など見せなくなっていたというのに、今は人目をはばかることなく泣いている。

 泣いているラルスを見るのがつらいのか。彼らの事を思うとつらいのか。私にはもう分からない。両方が混ざり合って複雑に絡み合い、何から吐き出していいのかすらも。


「……ラルス」


 王都に比べて暖かい日差しが、春を迎え芽吹いた木々が、ラルスを孤独にさせているようで辛かった。もうすぐ新しい季節がやってくるというのに、ラルスだけが冷たい冬に取り残されている。このまま放っておいたら、一生ラルスに春はやってこないのではないか。そんな恐怖にかられて、私は泣き続けるラルスの前に膝をつく。


 私が目の前に移動してもラルスは変わらず泣き続けた。きっと涙の止め方が分からないのだ。私と過ごした時間よりも、ラルスは彼らと過ごした時間の方が長かった。私がラルスと距離をとっている間も、彼らはラルスの隣でラルスの相談に乗っていてくれたのだろう。

 それを羨ましいと思う資格も私はなくて、嫉妬するには遅すぎた。

 もっと早く、彼らの話を聞いていたら。そんな後悔が私ですら浮かぶのだから、ラルスは私より一層胸が締め付けられるような気持なのだろう。そう思ったら、いっそう一人で泣かせるわけにはいかなかった。


「ラルス」


 私よりも背が高いのに、小さく縮こまった体。顔が見たいのに膝を抱えてしまったラルスの表情はまるで見えない。それでも飛び出した狼の耳がぺたんと下がり、しっぽも可哀想なくらいに丸くなっている。膝を抱えた手は力が入りすぎて白くなり、人間に比べて丈夫で長い爪が膝に食い込んで、布の下の肌が無事なのか心配になった。


 小さく震える手を撫でて、力の入った指を少しずつ伸ばしていく。心に痛々しい傷が出来ているに違いないのに、体まで傷つけるのを見るのは辛すぎた。少し力が抜けた手を撫でてから、今度は頭を撫でる。親が幼い子供にするように丁寧に。大丈夫だといい聞かせるように。

 それから少しずつ手を下に下げ、驚かせないよう優しく頬を両手で包む。強引にならないよう、ゆっくりと顔を持ち上げて、やっとラルスの顔をみることができた。


 下を向いた眉に泣いて真っ赤になった目元。ぼたぼたと零れ落ちる涙。泣くのを必死にこらえようとして眉間にしわがより、口元も力が入りすぎて歪んでいる。ぐしゃぐしゃになった顔はお世辞にも綺麗とは言い難いのに、どうしようもなく愛おしく見えた。


「私は、お前のことを愛してる」


 じっと顔をのぞき込んで告げれば、真っ赤になった瞳が揺れた。

 何で今、この状況で。そう語る表情に私は苦笑する。ラルスの反応はもっともだと思う。それでも、今言わなければいけないと思ったのだ。今言わなければ、ラルスは一生私を受けいれてはくれない気がした。これが最後のチャンスですよと、もう聞こえるはずのない声が頭に響いた気がしたのだ。


 それはただの願望で、都合のいい妄想だったのかもしれない。それでも、たとえそうだったとしても、ここで伝えられなければ彼らに顔向けが出来ないと思った。

 ずいぶん恵まれた環境に気づかなかった。彼らからすれば歯がゆかったに違いない。きっと怒りすらあっただろう。同い年とは思えないほど落ち着いて穏やかだった彼らが、時折ひどく呆れた顔で私たちを見ていたことには気づいていた。それでも見守り、助けてくれた。後悔をしないようにとずっと背を押してくれていた。


「私にお前の一生をくれないか?」


 遅すぎた。間違いすぎた。しなくてもいい遠回りをして、たくさん傷つけた。

 だから、もう間違わない。見誤らないと彼らに誓うから。だからどうか、見守ってほしい。


「もう私はお前から目をそらしたりしないから」


 ずっと一緒にいられるわけではないのだと、今の私は泣きたくなるほど知っていた。

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