【前編】只野のことを手に入れたい。
「只野美和です。よろしくお願いします。」
皆の前で挨拶をする姿を見て、ああこの子は俺のものだって思った。
***
俺ってどんな子?と周囲に聞けば、「爽やかスポーツ少年。」「男女問わず人気者。」「友達多い。」と言われるだろう。現に面談の時によく言われた言葉だとと母が言っていた。
小さい頃からやっている野球は大好きだし、父や母に全うに愛されて大事にしてもらった。あとどこに行っても幸運なことに友達は出来る。俺は毎日を楽しんでいたし、不満も不平もなかった。今までは。
只野美和。
小学5年生の時に転校してきた女の子。さらさらの髪の毛に大きい瞳な可愛らしい子だった。興味津々な周囲に質問され、端的に答えながらもぶっきらぼうには感じない姿。彼女を見た瞬間、小さいながらも俺の気持ちは『この子は自分のものだ。』と言った。
最初は周囲に混ざり、挨拶をした。こちらに瞳を向けられた時、声を聞けた時、胸がどうしようもなくドキドキしてはち切れそうだった。
只野は可愛い。それは贔屓目なく周囲からの評価だった。
特別可愛いと言うわけではないけど、清潔感のある容姿に小柄な体。性格もさっぱりしていて話しやすい。時々見せる笑顔が可愛い。面倒くさがりでマイペースなところがあるけど、そこもまた一つの魅力だった。
「只野さんって可愛いよな。」
クラスの友達が会話の中でぽつりと言った。
そう、只野がモテるなんて分かっていたことだ。俺の腹の中はジリジリとした焦りが生まれた。息が浅くなる。どうしよう、只野のことを皆が見るようになったら。どうしよう、只野のことを誰かに奪われてしまったら。だめだ、そんなの。俺以外が只野のことを見つけるなんて許したくない。
「おまえってかわいくない。」
ぽかん、と口を開ける只野の姿に後悔した。
なんて最低なことを言ってしまったんだ、俺。人に向かって傷つけることを言ってしまった。しかも、クラスの皆がいる場所で。さーっと血が引く音がした。
俺は俺の影響力を甘く見ていた。周囲の只野への評価は可愛くないに変化した。やってしまった、只野ごめん。せめていじめに繋がらないようになんとか根回しした。だけど俺の最低な言葉は消えない。只野に嫌われたくない。そして只野のことを知りたい。
そんな気持ちと、謝罪しなくては、という考えも持ちながら、下校途中の只野に着いていく。家だけ把握して、肝心のごめんは言えなかったが。
只野の姿を見るたびに、素直になれなくて舌打ちや無愛想な態度をとってしまう。そんな俺が嫌で受け入れられなくて。でもそんな俺に動じない、どうでも良さそうに過ごす只野が勝手だけど許さなくて。
意地になってしまったのもあり、学校ではそんな態度を取り続けてしまった。
でも、嫌われたくなくて。只野の瞳に少しでも映りたくて。知りたくて。
クラブチームの練習や友達との予定がない限りはできるだけ只野の側にいた。家にまで押しかけても、只野は不思議そうな顔をするだけで、俺の横で昼寝しだした。只野の母親は「あらまぁ。」と笑っていた。
きっと、この頃の只野は俺のことはもちろん、周囲のことはどうでも良かったんだと思う。多分睡眠の方が優先順位は上。あと考えても分からない、どうにもならないことは放っておく癖がある。
中学校も、高校も。全部只野の側にいたくて選んだ。スポーツ推薦の話も来てたけど、野球をそこまで力入れてやろうとは思えなかったし、なにより只野と離れたくなかったから断った。
只野は歳を重ねるごとにまた可愛くなって、周囲からモテだした。その度に相手を特定して、仲良くなって、さりげなく他の女の子を紹介した。一時俺の名前は『キューピッド』になった。自分の恋心をどうすることもできないのになんでだ。
ずっと戸惑っていた。
恋ってもっと穏やかでキラキラしてるものじゃなかったっけ?友達や親戚のねーちゃんがそう言ってたはず。俺の心にあるのは、それよりももっとドス黒くて重くて、どろりとしている。それが執着心や独占欲と名前がつくものと、気がつくのには時間がかかったと思う。自分にとって初めての感情だった。
予定を把握したくて、只野の友人と仲良くなった。周囲が教師に話して只野と離れさせられるという可能性を考えたら嫌だったから、根回しした。ちなみに周囲の目を盗んで、只野の家にも通い詰めてたからいつのまにか親公認を頂いてた。これ幸いに受け取っておいた自分はちゃっかりしている。
只野は時々俺を不思議な、そして呆れた様子で見た。でもすぐにふい、と違う方を見る。そっちじゃないってば。こっちを見ろって。必死な俺の姿に気づいた奴は、肩を叩いてほどほどにな、という。新田はその1人だった。
大学で急に進路を変更されたのには焦った。俺は只野ほど頭が良いわけではないので、レベルの高い所を志望されて少し絶望した。必死に勉強した。
一緒に上京し、入学式で会えた只野のスーツ姿はとても可愛かった。薄めのピンクシャツが色白の只野に似合ってて、可愛すぎた。
気づいてもらえるかな、と受け入れた新入生代表挨拶をしたけど、只野は入学式でもぼーっとしていてこちらに気づいてる様子は全くなかった。気づけよ。その後も様子見をしたが、気づかれることはなかったので、こっちから近づくことにした。渡したプリントを手にして目をまん丸にした姿が可愛かったので、許すことにした。
なんとか頑張って只野を言いくるめ、家に通えるようにした。バイト先も把握した。俺もすぐに友達が出来たけど、只野にももちろん出来た。そこに男が混ざったのは予想外で悔しい。共通の趣味があるらしく、かなり仲良くなったそうでよく3人でお泊まりなんてしている、と聞いた時には苛立ちでどうにかなりそうだった。タロー、ごめん。今思うとかなり睨んだ。
こんなに身勝手に動くなら、早く告白のひとつでもしろって言うのは分かってた。というかそれも出来ない俺に、只野を縛る資格はない。
***
「ねぇ、俺も参加して良いかな?」
只野が夏休みは泊まり込みのバイトするって言うから。仲がいいユーコ、という女の子に初めて話しかけた。彼女は驚いた表情からすぐに何やら納得した顔になり、「只野が心配?」と聞いてきた。この子はきっと勘がいい子だと思う。
「うん。海の家って危ないし、男もいるし…。」
「なにより只野を自分の知らない場所に置いておきたくないからでしょ。」
思う、じゃない。勘が鋭い。「おっしゃる通りです…。」と白旗をあげると、やっぱりと言って笑った。
「人手は多い方がいいって言われたから、聞いてみてもいいけど……。参加するなら、只野への態度改めてね。」
皆の前で舌打ちや無視なんて論外だから、と言ってスマホを出す彼女は、俺の只野への態度を見て大分腹に据えていたのだろう。それは俺が全面的に悪い。じゃあ詳細決まったら連絡するから、と言って彼女は去っていった。
海の家で働く只野はいつにも増して可愛かった。日焼けをするのが嫌なのか、UVパーカーを羽織った姿に安心したのも束の間、下は働きやすいように短パンで焦った。真っ白くてふわふわな足を曝け出してるのだ。不躾な視線を送る客を警戒しつつ働けば、1日はあっという間に過ぎた。新田からは「必死すぎ。」とのことだし、ユーコからは「見ててもはや面白い。」とまで言われた。タローは俺の様子を見て徐々に気付いたのかなにやら唸っていた。
水族館では、初めて俺の気持ちを少しだけど伝えることができた。初めて只野と出かけられたし、きらきらした瞳で水槽を見る彼女がすごく綺麗だった。そんなこの子をやっぱり誰にも譲りたくない、と気持ちを再確認して、思わず口に出た言葉だった。少し目を開いた只野だったけど断られなかった。から、可能性はまだあると思いたい。
「…予定が合えばね。」
そう言って微笑む彼女は本当に可愛い。俺は只野の優しさに甘えて好き勝手させてもらってるよな、と思う。
ちなみに新田と夜密会してたのには遅れて気付いた。新田が頻繁に夜いなくなるな、と思ってたけど、まさか只野と話してたとは。油断大敵。思わず新田を見る目が鋭くなると、「お前はまだそういう目をする立場じゃないだろ。」と苦笑された。正論すぎて落ち込んだ。ちなみに翌日からは3人でベンチに座り、過ごすことが増えた。徐々に新田は来なくなったけど。




