4.林くんが外でも話してくれました。
「えっ大丈夫?タロー。」
「ほんとにごめん……。」
ごほんと咳き込むタロー。
慣れない環境から体調を崩したのか、風邪をひいてしまったらしい。今は男子部屋にユーコと様子を見にきている。
「うつるやつじゃないらしいから……。」
「疲れが溜まってたんだよ。ゆっくり休みな。」
「ほらタロー、薬飲みな。姉さんに貰ったから。」
アサコさんに貰ったという薬を渡すユーコ。タローはよろよろと起きて薬を飲んでいた。そんな本人は「まじで俺のこと気にしなくて大丈夫だから、皆は出かけてきて!」と親指を立てている。
「とはいえ心配だから、私一応待機しとくわ。」
「じゃあユーコちゃんと一緒に俺も残っとくよ。だから林と只野さんで行っといで?」
お土産よろしくねとさらりと送り出され、2人で駅まで向かって歩き出した。
私の前を歩く林くんは無言である。特に怒っている表情はないのでそのままにしているが、これは一緒に水族館へ行ってくれるということだろうか。
「林くん。もしあれだったら私1人で行けるから、別行動でも大丈夫だよ。」
「…はぁ?」
眼光が増したので私の言葉は失言だったらしい。林くんは、はぁとため息をついて私を見たあとに手を掴んだ。
「ほら、水族館行くぞ。」
「うん。」
まぁいっか。身を委ねて手を引かれるがままにまた歩き出す。そういえば、林くんと2人で出かけるのは初めてだと思う。なんだな不思議な感じだなぁ。
電車の窓から知らない街並みをぼうっと見ている私を林くんがどういう目で見ていたかなんて全く気が付かなかった。
「あの魚はこの後どこで泳ごうか悩んでる。」
「そんなこと考えながら泳いでんの?」
「妄想。」
水族館は夏休みともあって少し混雑していた。
人に混ざりながら水槽を見ていく私たちは、手を繋いでいるのでカップルの一組にカウントされるんだろうなぁ。林くんは家で2人で過ごす時のように話している。なんだか新鮮。
「水族館、好きなのか。」
ふと水槽を見ながら林くんが話す。
「好きだよ。」
「へぇ…。結構来るの。」
「ぼちぼちかな。しょっちゅうは来ないけど。」
「でも家に海の生き物形置いてある。」
家に?……あ、あれか。我が家にはアザラシのぬいぐるみ、壁には綺麗な海とイルカの葉書に同じくイルカのストラップが飾ってある。林くんはそれを思い出したんだな。
「それ、いつも誰と行ってるの。」
「友達とかな。」
「タローとか?」
心なしか握られた手の力が増した気がした。このバイト中、同じ部屋で寝泊まりする林くんとタローは関わりが増えたからか名前で呼び合うようになっていた。とはいえ林くんからその名前が出てくるのは、まだ少し慣れないなぁと思う。
「タローとは来たことないよ。ユーコとはあるけど。」
「…そっか。そしたらさ、」
これからは俺とだけ行って。
声はどこか震えてたと思う。自信満々に話す彼からは聞いたことがない声。気になって横を見てみると、こちらを見ている林くんと目があった。
友達と過ごす時の林くんの瞳は、きらきら光が当たっている。2人で過ごす時にはどこか。そう、どこか暗くて熱を含んでいるような瞳をしていた。
「おお、ようやく気づいた?」
いつものベンチで新田くんと過ごしていると、そう言われた。今日どうだったか聞かれて、質問されるまま話したら、この反応だ。
「今まで、林のことなんだと思ってた?」
「見た目大型犬、中身は猫。」
「人ですらないじゃん…。」
まぁちゃんと只野さんと向き合わなかったアイツが悪いけど、と新田くんは笑う。
「今更だけど皆の前で睨まれる、舌打ちされるとかは怒っていいことだからね?」
「ああ、そうだよねぇ…。」
「…傷ついたりはなかった?」
「うーん…。最初はなんでだろうって困ったけど…そんなこともあるかなぁって思った。」
周りから「只野さんにだけ態度変えるなんてひどい」「先生に言おうか?」と心配をしてくれる人達はいた。その後は林くんと何故か仲良くなっていたけど。ちなみに毎回「特に生活で支障はないから大丈夫。」と返すと、えっ?と困惑されていた。
「只野さん、ますます不思議な人だわ。完全に林もそれに甘えて生きてたんだなぁ。」
「そう?林くんに関してはわかんないけど…。」
「2人で何してんの?」
噂をすれば本人が登場した。どこかコンビニに行ってきたらしい。片手にはビニール袋がぶら下がっていた。
「喉乾いて買ってきたんだよ。…それよりいつもここで話してたのかよ。」
「拗ねんなよ。俺も最近ここに来るようになったんだって。」
新田くんは眉間に皺を寄せてる林くんを見て苦笑する。そのまま2人が話し始めたので、私はスマホを取り出した。今日撮った水族館の写真をぼんやりと眺めながら。




