3.どうやら林くんも参加します。
「短期バイト、林くんと新田くんも参加するから。」
「「えっ。」」
という出来事が1ヶ月前。
寝耳に水といった私とタローだったが、ユーコは「この機会に仲良くなれたらいーんじゃない。」とのことだった。タローには私と林くんの仲を心配されたが、まぁなんとかなる、という私に渋々納得していた。
ちなみにその後、林くんが家に来た時には「そういうことだから。」と言われた。どういうことやねん、と思わず心で突っ込んだ私は悪くないと思う。
そして夏休み前恒例という怒涛の試験週間は終わり、8月。絶賛私たちは海の家でバリバリ働いていた。
「焼きそば2、カレー1です!」
「7番テーブルできました!お願いしまーす!」
夏休みということもあり、最初に聞いていた通りかなり忙しい。最初は慣れない環境に皆四苦八苦していたけど、最近は徐々に掴めてきたのかスムーズに回せるようになってきた。
「お待たせしました。こちらでお間違いないですか?」
「大丈夫です!ありがとうございます!」
「ねぇ、おねーさん!あの男の子達って友達?」
ナイスバディなお姉様方が指を刺すのは、キッチンにいる林くんとホールに立つ新田くん。2人とも系統違えどイケメンなので、周囲は色目に立っていた。最早この質問は何回目だろうか。
ははっと愛想笑いを浮かべて「仕事仲間でーす。」とお決まりになった台詞を言い、サッとその場を離れる。こちらを見てたのかユーコが近寄ってきた。
「もう何回目だろうね、あの質問。」
「1日何回もされるから慣れてくるよね。」
「流れも掴めたよね。あのままあの場にいたら、絶対質問攻めされる。」
「わかる。シフトとか連絡先とかね。」
小学生から一緒だと、林くんを通して女子の面倒くささも学んでる。触らぬ神に祟りなし。
買い出しを終えたタローが帰ってきたのに声をかけて、その後は私とユーコも注文や会計に走り回った。
「今日もお疲れ様!連日ありがとうね。」
「おかげさまで売り上げもいいよ。」
にこりと笑うユーコの従姉妹だというアサコさんに旦那さんの熊さん。1日の業務を終えて、すっかり人のいなくなった店内にて倒れ込む私たちに、2人が笑顔で話す。
「いやー今回はアルバイトが全然見つからなくてどうしようかと思ったけど。皆が来てくれたから逆にラッキーだったねぇ。」
のんびりと笑う熊さんは、苗字の熊谷さんという名前らしく見た目も大きな熊という感じ。だけど話し方も性格もおっとりとしていてとても優しい人だった。熊さんに癒されてると、アサコさんが「はい!良かったら食べて〜。」とかき氷を出してくれる。
「だいぶ締め作業も終わったしね。それ食べたら先に帰っていいよ〜。」
そう言って2人は裏に戻っていった。もうあたりは暗く、帰ったら銭湯に直行したい。海風や汗で毎日べとべと。
「待ってタローくん。それ何のシロップ?」
「全種類がけー」
「最高じゃん、おれもやろーっと。」
「ははっ!ひとくちちょーだい。」
シロップ台の所では男子3人がなにやら盛り上がっているのをユーコとかき氷を食べながら見つめる。最初は私への態度が引っかかっていたらしいタローもすっかり林くんと新田くんと親しくなったようだった。タローは元々人懐っこいし、あんまり心配はしてなかったけど。
今もタローが変な色のかき氷を頬張り、それを見た新田くんが真似ている。あっ林くん、タローのかき氷を横から食べた。
「それにしても明日がお店休みで良かったよね。」
「ねぇ。さすがに毎日は体力が持たないし。」
「明日どうしよっか。」
欲を言えば一日中寝てたい、けどせっかくここまで来てそれは勿体無い気もする。すると戻ってきたタローが「昼くらいに集まって遊びにいこーぜ。」と言った。「そうだね、午前中はさすがに寝てたいし。」と新田くん。皆やっぱり連日の疲れが溜まっているようだった。
「あ、わたし行きたいところある。」
「え、どこ?」
「水族館。」
暑さから解放されたい、と伝えると皆が「ああ…。」と頷く。海の家は空調をつけているとはいえ、外からやキッチンから熱気はくる。日差しもきついし、涼しい室内の水族館に行きたい。
「近くに大きい有名なとこあるよな。俺賛成!」
「わたしも〜。」
「俺も行こっかな〜林は?」
「…行く。」
林くんはバイトが始まってから私の前で舌打ちをしなくなった。さすがに空気を悪くしたくなかったのか、受け答えにも答えてくれる。変わらずぶっきらぼうだが。最初はアサコさん達も戸惑っていたけど、ユーコや新田くんがなにやらフォローしてくれたのか慣れたかで、今となっては海の家の名物にされていた。
食べ終えたかき氷のカップを片付けて、アサコさん達に挨拶をして店を出る。泊まらせてもらってる家は歩いて20分ほどでつく。ついたら速攻皆で徒歩5分の銭湯へ。上がったら全員でコンビニやスーパーに寄って宿へ戻る。これが最近のルーティーン。
「あれ、只野さんなにしてるの?」
「新田くん。」
宿の隣の敷地にはベンチがあり、最近の私はここでアイスを食べたりぼう、と過ごすのがお気に入りである。周囲も住宅街のため、特に変質者もおらず穴場スポット。今日もそこで買ってきたアイスを食べてると、新田くんがやってきた。
「いいね、ここ。静か。」
「でしょ。お気に入りなの。」
「うん。でも暗いし危ないから、気をつけるんだよ?」
はぁい、というと本当に気をつけてね?と念押しされた。新田くんは下に兄弟がいるらしく、面倒見の良いお兄ちゃんのような性格だった。末っ子のタローやひとりっ子の私はどこか危なっかしいらしく、すでに面倒を見ていただいてる。
「そういえば、新田くんとこうやって話すのは初めてだね。」
「バイト始まってからバタバタだったし皆いたしね。」
「もう2週間経つのかぁ。」
「早いよなぁ。」
残り2週間かぁ。何だかあっという間だなぁ。
あんなに歩きづらかった砂浜にも慣れたし、日焼け対策もお手のもの。早く自分の家に帰りたい気持ちもあるけど、何だか名残惜しく感じた。
「只野さんと林も、前より穏やかで良かったよ。」
こちらを見て言われた言葉に思わず目を開いた。
「確かに舌打ちは無くなった。」
「ははっ、そうそう。アイツもなぁ。難儀そうな性格してるよなぁ。」
そういえば。
「……新田くんって、私と林くんのこと仲悪いとかどうしたの、とか言わないよねぇ。」
大体初めて私たちの関わりを見た人は、凝視するし理由を聞きたがる。タローだって最初は顔を顰めてたし、ユーコはきょとんとしていた。最近はそんなこともないけど。新田くんは私と話すようになっても、特には触れずにフォローを入れてくれていた。
何気なく聞いてみると、新田くんはあれ?と首を傾げた。
「只野さんと林って、実はそんな仲悪くないよな?」
えっ。
「だって林って明らかに只野さんのこと気にかけてるし、近くの席に座りたがるし。まぁあの態度は良くないけどなぁ。」
それにさ、と新田くんは言葉を続ける。
「只野さんも意外と林のこと嫌いじゃ無いでしょ。」
さあ、と生ぬるい風が体をすり抜けた。
新田くん、侮れない。この言葉が私の頭にぱっと浮かんだのだった。




