●来客者たち『ある囚人の独白』④
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砂場の母親によると、黎明館は砂場が生まれる以前から既にあったという。建物全体が密集した蔦に埋め尽くされ、雨戸付きの窓や煉瓦造りの外壁が、まるでうち捨てられた廃墟のように蔦に覆われていた。管理者はまともに手入れをしているのだろうか。あえてこの景観を維持しているとしたら、美的感覚を疑わざるを得ない。
私は館の外観に圧倒されながら、ドアに設置された時代遅れのドアノッカーを叩いた。漆黒のライオンが輪っかを咥えている定番のものだ。鈍い音が扉の奥に響くのがわかった。
扉が開き、中から出てきたのは青白い顔をした老婆だった。歳は七十代半ばといったところか。
「同窓会参加者の立山です」
私が答えると、老婆はニコリともせず、軽く礼をして招き入れた。扉を開けると、タイル張りの床に長椅子が幾つかあり、診療所の待合室のような玄関があった。奥に目を向けると、すたすたと老婆が振り返りもせず先へ進んで行く。廊下の突き当りにドアがあり、そこから部屋に入るようだ。廊下は昼間だというのに薄暗く、窓が無いので密閉されたような圧迫感があった。
老婆に続き部屋に入ると、六畳ほどの簡素な小部屋があり、ここが本命の待合室らしい。
「参加者の皆さんがお揃いになるまでここでお待ち下さい、との事です」
老婆はそう言うと、待合室の左側のドアから出て行った。
嫌な予感がした。昔読んだ推理小説で、孤島の屋敷に招待された参加者たちが全ての窓や出入り口を塞がれ、閉じ込められる話があった。こんな文明の発達した現代で、まさかとは思いつつも、携帯電話を取り出した。
先程までかろうじて立っていたアンテナマークの線が消え、圏外という小さな文字がアイコンの横に表示されていた。予想した状況とはいえ展開が早過ぎる。私は待合室の入口ドアに手をかけたが、施錠されているのか回らなかった。老婆の出て行ったドアも同様だった。あと二つ。正面のドアと、向かって右側のドア。奥は内部へ続くドア、右はあわよくば別の出口へ続くか。
わずかな希望を抱き右のドアノブを回すと、現れたのは洋式のトイレだった。
私は深呼吸して動悸を抑えた。今、黎明館を脱出したところで何も解決しない。砂場の復讐劇を乗り越える事しか、道は残されていないのだ。
しばらくすると、かすかなエンジン音が止まり、車のドアが閉まる音が聞こえた。館の壁は厚そうだが、完全に外の音を遮断するほどではないのだろう。残りの同窓会参加者たちが到着したようだ。
私はもう一度大きく息を吐き、設置されたソファーに深く腰掛けた。先程入ったドアの向こうから、複数の足音と歓談する声が聞こえた。
落ち着く間もなく腰を上げ、先客として参加者らを出迎える形となったのだ。
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