26 三度目の通報
黒いフードを被った人物は、観念したのか腕の力を緩めた。
岸本氏が背後から、目と腕を養生テープでグルグル巻きにした。更に俯せにして、両足首もグルグルと巻いた。
「危なかったな。怪我はないか?」
岸本氏は一仕事終えたように、煙草に火を着け一服した。
腹に巻き付けた雑誌を外してみると、穴は裏表紙まで貫通し、皮膚が少し赤くなっていた。
「も、問題ないです」
時間差で震えが来て、そう答えるのがやっとだった。
床に俯せにされた人物は、無言で項垂れていた。
岸本氏がフードを外すと、白髪交じりのボブカットが見えた。
「誰だと思う?」
岸本氏は疲れた顔で、試すように訊いた。
「砂場信子さん、ですよね」
さっき見つけた白骨死体が日雇いの婆さんだとしたら、首無し死体は替玉ではなく、福本郁実本人である可能性が高い。また、仲達夫は白骨死体となって既に死亡していたが、恐らく砂場重三により、黎明館の光熱費や固定資産税は支払われ続けていた。
砂場信子は砂場邸を離れ、黎明館に身を潜めて生活していたと考えると辻褄が合いそうだ。
「で、どうする? このまま取材を続けて、館の二階を確かめるか?」
岸本氏は、縛り付けた人物を眺めて言った。
「いえ。所有者の権利はこの人に移動するでしょうから、本人の許可を得ないとダメでしょう。
……二階の写真を撮ってもいいですかね?」
縛られた人物に恐る恐る尋ねた。
「嫌だ」
押し殺したような声で、その人物は答えた。
編集長に簡単な状況説明をしたあと、砂場邸と仲達夫宅の死体発見でお馴染みとなった刑事に連絡を入れ、白骨死体とフードの人物を引き受けてもらった。現場検証と事情聴取で、またもや日が暮れてしまった。
「いや、今日はほんとに色々ありましたねぇ」
牛丼と味噌汁を三つずつ買って、岸本氏と一緒に市営団地に戻ると、既に東風がドアの前で待ち構えていた。
編集長への詳しい報告は、明日以降にレポートをまとめてから提出する予定だ。
「智子ちゃん、はやる気持ちはわかるが、腹が減っては戦は出来ぬってな。
冷めないうちに食べよう。領収書は、編集部で切ってあるからな」
岸本氏の言葉を聞き、東風は麦茶を取りに行った。
「内勤の仕事はどうだった?」
麦茶をもらって礼を言い質問すると、東風はため息を吐き出して言った。
「わたしも取材に行きたかったなぁ。チヤホヤされ過ぎて、マジでウザかったです」
それ以上会話する事が出来なくなって、黙々と食べ続けるしかなかった。




