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●発端『ある囚人の独白』①

 『ある囚人の独白』は、立山紘一(たてやまこういち)の一人称でストーリーが展開されている。読者が公正な判断を仰げるような努力が見受けられた。

 文脈からは自分の身の潔白を証明すべく、独りよがりな思考を排除し、冷静かつ客観的な視点で事件を描写していた。


――――――――――――

 ●発端


 さて、まずは私がどのようにして黎明館(れいめいかん)へ向かう事になったのか。それが正に私の故意(こい)では無かった、という事を述べておきたい。

 2000年6月23日、その日私は、交通事故で急死した旧友の通夜に向かっていた。亡くなった人間を悪く言うのは(いささ)か気が引けるのだが、はっきり言えば私はこの旧友を少なからず(うと)ましく思っていた。


 彼の名前は砂場秀樹(すなばひでき)。高等学校の三年間、ずっと同じクラスだった。長身で()せ形。何事も消極的な性格で、表情に感情の起伏がなく、日頃から何を考えているのかわからない。かと思えば些細な事で激昂(げきこう)し、所構わず暴れ出す。クラスのみんなは彼の事を『マッチ棒』とか『ニトロ』と渾名(あだな)し、陰でからかっていた。


 その砂場が、どういう訳か私を(した)い、まるで金魚の(ふん)のように行動するので、しばしば根も葉もない噂が流れたりしたものだ。

「あの二人、ちょっと怪しいんじゃない?」「仲が良すぎるよな」等々。二年間同じクラスだった事もあり、ある時期まで当たり障りない友人関係を続けていた私だったが、そのくだらない噂を払拭(ふっしょく)すべく、いつしか彼に冷たく当たるようになっていった。


 その後、砂場秀樹は不登校になった。クラスのみんなは何事も無かったかのように彼を忘れていったが、私の心の中には、高校を卒業しても拭いきれない罪悪感が残った。


 卒業してからかれこれ十数年()ったこの日の前日に、当時の担任から彼の死の知らせを聞いた。忘れかけていた罪悪感を胸に秘め、私は故郷の地を再び踏む事になったのである。


 葬儀場には同級生の弔問(ちょうもん)を見越しての事だろうが、百席あまりのパイプ椅子が整然と並べられていた。しかし最前列の数人を除いて、すべてが空席のままだった。私は見覚えのある後ろ姿を見つけて声をかけた。

荒川(あらかわ)先生、ご無沙汰しています。立山です」

「おぉ、君か。この空席の数を見てくれ。これじゃ砂場のヤツも浮かばれないな。薄情な級友たちを持ったもんだ」

高校三年生当時の恩師である荒川先生は、ため息をついて言った。


「あいつはちょっと取っつきにくいところがあったし、途中でやめちゃいましたからね」

私は後ろめたい気持ちを抱えながら答えた。

「まぁ、君が来たんで砂場も喜んでいるだろう。さ、焼香(しょうこう)してやってくれ」

先生に(うなが)され、遺影の前に足を運んだ。砂場は(うつむ)き加減でひねくれた表情をしていた。視線は()らせていたが、心の目はこちらを凝視しているような、不気味な遺影だった。もっとマシな写真が無かったのだろうか。私はどこか自分が責められているような気がした。


 焼香を済ませると、しばらくの間読経(どきょう)が続いていたが、私の後に続く参列は一人もおらず、抑揚のない読経が静まり返った会場に(むな)しく響いていた。


「聞くところによると、どうも砂場のヤツは自殺したらしいぞ。車道に自転車で飛び込んだらしい」

休憩室で、荒川先生が煙草を吹かしながら深刻な表情をして言った。

「自殺、ですか?」

「そうだ。不登校になって以来、部屋に引き(こも)って十数年外出する事がなかったんだ。俺も散々足を運んで説得したもんだ。学校を転勤してからも何度か見に来たんだが、無駄足だった。

ところが先日、突然部屋を飛び出したと思ったら、こんな状況になっちまった。全く、どこまで人騒がせなヤツなんだか」


荒川先生は煙を吐き出して、続けた。

「あいつが学校を休み始めた頃、君に尋ねた事があったよな。何か原因でもあるんじゃないかと」

「……ええ、よく覚えています。放課後に放送があって、先生に学習相談室に呼び出されました」

「あの時、君は答えたな。よくわからない。砂場とはそれほど付き合いは無いと」

荒川先生は(さぐ)るような目つきで確認した。

「ひょっとして心当たりがあったんじゃないのか? だから君はここへ来たんだろ?」

一瞬言葉が詰まった。すべてお見通しのようだった。


「あの頃、砂場はクラスの鼻つまみ者にされていました。彼は三年間同じクラスだった僕に助けを求めていたんだと思います。だけどあの頃、それがどうしようもなく(わずら)わしかった。徐々に彼を避けるようになったんです」

私は溜め込んでいた思いを今更ながら告白した。しかしそれが引き籠りの原因になったとは思いたくなかった。ましてや自殺の原因でない事を祈るばかりだった。


「よく話してくれたな。まぁ今となってはどうこう言うもんでもないが」

荒川先生は、私の肩をぽんと叩いて促した。

「さ、そろそろお(いとま)するか」


 私と先生が両親に別れの挨拶(あいさつ)へ向かうと、母親が深く頭を下げて引き留めた。

「今日はわざわざ遠い所へ、秀樹のために来て下さってありがとうございました。もしよろしければ、秀樹の部屋へ来てもらえないでしょうか。無理なお願いだとは思うのですが、どうしても見せたいものがあるんです。荒川先生と立山君に……」


 砂場秀樹の自宅は、葬儀場から車で十五分ほどの所にあった。三年間同じクラスではあったが彼の方から誘う事も無く、私も進んで行くような仲では無かったので、今回初めて知る事となった。

町並みは私が住んでいた頃とさほど変化はなく、ちらほらと畑や田んぼが点在しているのも昔のままだった。


 砂場の自宅は昔ながらの地主らしく、庭付きの立派な日本家屋で、堅牢(けんろう)門構(もんがま)えをしていた。この裕福そうに見える家で、彼はどのような暮らしをしていたのだろうか。

私は砂場の面影と、この邸宅がどう考えてもミスマッチに思えてならなかった。


 タクシーを降り、私たちは砂場の母親に先導されて門の中へ入った。一体何を見せようと言うのだろうか。母親の様子からは私を責めるような感じには見えなかったのだが、私の心には不安が渦巻いていた。砂場が日記のようなものを残していたとしたら。そこに私を責めるような文面が記されているとしたら……。


「秀樹の部屋はそのままにしてあります。本当に恥ずかしい限りですが、十数年間、私はあの子の部屋に入れてもらえませんでした」

母親はそう言いながら私たちを二階の部屋へ案内した。一段一段上るごとに、鼻を突く悪臭が漂ってきた。母親の話によると、砂場はトイレへ行く時以外は一切この部屋を出なかったらしい。風呂にも入らず、食事は欲しいものを紙に書いてドアの前に置いておくという念の入れようだった。

母親は息子と顔を会わさないように、びくびくしながらドアの前に食事を置くという、ある種異常な生活をずっと続けていたのだと言った。


 ドアを開けると、(むせ)るような異臭が鼻を襲った。私は思わず咳込んだ。部屋の中は衣類が散乱し、カーテンは閉め切ったまま。埃のかぶった蛍光灯は室内を薄暗く照らしていた。

床には食べ散らかしたカップラーメンやお菓子の残骸が無造作にばらまかれ、それが悪臭の発生源と思われた。部屋全体が(よど)んだ空気に包まれているような気がした。


「あの子が部屋を飛び出した後、この部屋に入ったんです。少しでもあの子の事がわかったらと思って。でも何もできませんでした。もしあの子が帰ってきて、私が部屋に入った事がわかったら何をされるかわからないから……」

母親は(うつむ)いたまま鼻声混じりで言った。


「ご主人とはいろいろと相談されていたんですよね?」

荒川先生は部屋と母親を交互に見ながら、困惑した表情で尋ねた。

「私たち夫婦は無力でした。あの子の暴力が怖かった。何を考えているのか全く理解できないし、この十数年間、顔を合わせる事すら恐怖で出来なかったんです」


「お母さんは、さっき見せたいものがあると言いましたよね? 秀樹君は何か残していたんですか?」

殺伐とした雰囲気にうんざりしていた私は母親に尋ねた。


「すみません。すっかり取り乱してしまって。机の上に、先生と立山君宛の手紙が置かれてあったので。あの子、死を決意して書いたんだと思います。中を読ませてもらおうと思ったんですが、必死に我慢して、まだ読んでいません。

よろしければここで読んでもらえませんか? どうしても内容が知りたいんです」

そう言って砂場の母親は、二通の手紙を私たちに差し出した。封筒は二通ともに厳重に糊付けされてあり、赤い文字で『親どもは絶対に読むな!』と記されていた。

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