16 場所を変えて
「立ち入った話もあるから、場所を変えようか」
荒川は『ある囚人の独白』を東風に手渡すと、席を立った。
「後ろの探偵さん? も、ご一緒にどうぞ」
岸本氏は気まずそうな表情をして顔を出した。
レジで勘定を済ませ、領収書をもらった。支払いは編集部持ちだ。
アルトラパンの後部座席に岸本氏と荒川が乗り、東風が助手席に座る。荒川の指示に従い、徒歩で十分ほどのアパートに車で向かった。
荒川が住むアパートは、二階建ての古ぼけた外観だったが、部屋の中は現代風にリノベーションされ、合理的でまとまりのある部屋だった。
「狭い所だが、まぁ楽にして下さい」
荒川は丸いテーブルに小さな座布団を三つ並べ、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。
「毒入りじゃ無いから、遠慮なくどうぞ」
東風の顔色を読み取って、苦笑いした荒川が言った。
「さて、話は砂場秀樹の死因が自殺ではなく、自宅の階段から落ちた事故だったという所で止まっていたかな?」
荒川の確認に、三人はゆっくりと頷いた。
「私は葬儀場で母親に、砂場の死因をそれとなく訊いた。すると自殺の話が出た。その話をそのまま立山に伝えた。だからその本に書かれている事は本当の話だ。だが、私はその時、違和感を感じた。
風呂に入るのも億劫な奴が、外に出て、自転車に乗り、車道に飛び出して、自分を痛い目に遭わすかと……」
淡々と話す荒川に、三人とも息を呑んで聞き入っていた。
「しばらく経って母親に、花を手向けたいから事故現場を知りたいと問い掛けたが、悲劇を思い出すと言われ拒否された。他人の家の事をコソコソ探るのは気が引けたが、あのノートパソコンのメッセージも気になっていたから、地域周辺の交通事故情報を調べたんだ。案の定、砂場が死んだ月の死亡事故は無かった」
荒川は灰皿と煙草を取り出して勧めた。岸本氏は遠慮して、自分の煙草を咥えた。
「どうして砂場秀樹の本当の死因がわかったんですか?」
東風が質問をすると、荒川は卓上の空気清浄機のスイッチを押した。
「砂場の近所には野田という話好きの老人がいてね、近所を通りがかった時、聞きもしないのに教えてくれたんだ。夜中に怒鳴り声が聞こえて、またいつもの喧嘩騒ぎかと思ったら救急車が止まったので、慌てて見に行ったらしい。体の大きな息子が担架で運ばれていたから隊員に聞くと、階段から落ちて意識不明の重体だ、邪魔だから退いてくれと怒られたと言っていた」
心の中で、先日訪れた砂場邸の向かいに住む、農家の老人を思い出していた。




